第25話 初めての地下3層①


リンとリエルはターニャと初めて地下2層を探検して以来、何度も2人で地下2層まで探検に潜って行き、特に危なげなく地下2層の経験を積み重ねていた。

また一度だけ、リンとリエルも寺本にお願いをして『寺本屋』をやってもらっていたが、「リンちゃんの術はいつ見てもほれぼれするわね。威力も範囲もコントロールも全く問題なしだわ」という大きな賛辞を送られてしまい、リエルとしては恐縮しっぱなしのレッスンとなった。実際のところ、杖を構えたときのエーテルコントロールのイメージの仕方等は、コアを持たない人間がエーテルを効率良く扱うための方法として非常に洗練されており、コアを持つリエルにとっても非常に役に立ったと感じていたのだが、寺本に「私がエーテル操作法を教えてほしいくらいだわ」とまで言われてしまったので、どう反応をしていいのか割と困ってしまった。

またリンの剣技については、既に剣道を一通り習得しており、日々の洞窟探検をエーテルコントロールに意識を向けて技をふるっていたため、「リンちゃんについても特に言うことはないわね」とのことで、非常にあっさりと『寺本屋』は終了してしまった。


そうして地下2層を何度も探検するうちに、安定して『宗谷温室』に辿り着けるようになっていった。

この『宗谷温室』に辿り着ければ、地下2層の帰り道を『温室』内の魔法陣による転移でショートカットが出来るため、帰路が非常に楽になる。そして、その帰り道をショートカット出来れば、『リエルの小部屋』からリン達が発見した天然温泉に寄る時間も出来るため、疲れた体を癒すことが出来るのであった。

そうしてリン達の探検ルートとしては、地下1層から地下2層を通って、『宗谷温室』に到着すると、魔法陣を使って直接『小部屋』まで転移して戻り、そのまま『小部屋』内の魔法陣から地下天然温泉に転移して、軽く水着で泳いで帰るというのんびりした行程が、リン達の間で定番化していった。


このようなルートを安定して通れるのは、やはりリンとリエルの卓越した技量のおかげである。特に魔法陣による転移はやはりエーテル操作が安定しないと難しく、地下3層の未踏地区に飛ばされる等の事故の危険が常にあることから、エーテル操作の技量に自信のある術士でないと使えないのである。さらに隊員を連れての転移ともなると、隊員から正に『命を預かって』転移をしなければならず、そういった意味でも実用レベルで転移術を行うのはなかなか難しいのであった。


現在のところ、魔法陣による転移を積極的に用いているのは、転移術の第一人者である寺元と筑紫、その他にはリエルと地下3層に頻繁に潜る数少ない隊の補助術士数人程度であった。


 ***


「今日は地下3層に行きましょう!」

唐突にそうリンがリエルに宣言した。何度も定番の温泉巡りコースをこなし、地下2層にも十分に慣れてきたと言うリンの判断だった。

そしてその側にはなぜかターニャもいた。

前回地下2層で天然温泉を発見して以来、ターニャも予定があえばリンとリエルに同行するようになっていた。

「いいですネ! 遂にリンちゃん達も!」

「頑張ります!」

そう気合を入れて、3人で『大洞窟』に探検に入っていった。


まずは地下1層。

ここは流石に毎回通っているだけはあり、特に危なげなくリエルが幻惑術イリュージョンによってモンスターを適宜排除しつつ、モンスターと戦闘することなく進んでいった。

そうして『リエルの小部屋』に到着すると、探検家組合が設置した時計が青いゾーンを示したことを見計らって、魔法陣を使用し、『宗谷温室』へと転移をした。

この転移によって、通常地下2層を探検するよりも1時間近く時間を短縮することが出来る。


そうして洞窟の中とは思えない高温多湿の『温室』を移動し、新しく設置されたドアを開いた。

このドアはモンスターには開くことが出来ないように、手をドアに開けられた穴に入れて、内側で特定のボタンを押さなければロックが解除されないという仕組みになっていた。

そして『温室』のドアを抜けて地下2層を3人で探検していった。


この『温室』から地下3層の入口までの道のりは、リンとリエルにとっては初めての道であった。地下2層は色々と探検してきたリンとリエルであったが、この道は地下3層に行く時のためにとって置いたのだった。

さすがに地下2層の最深部ということもあり、モンスターも強力なものが出現しやすいようで、唐突にリエルが静かに緊張感のある声を出した。


「……ちょっと止まって光を隠しましょう。この先に厄介なのがいますね……、向こうへ誘導してみますが……」

「何がいるノ?」

ターニャがあまり見せない真剣な顔でリエルに尋ねた。

「多分、エレキ系の四つ足、ボアかウルフかですね。ほぼ目撃例は無かったはずですが……運が良いというか悪いというか……」

「あー……、エレキ系は確かに厄介ネ。下手に剣で攻撃出来ないし……」

「どうやって倒すんですか?」

リンは経験豊富なターニャに尋ねた。目撃・討伐されたモンスターは整理の上モンスター図鑑に掲載されており、もちろんリンも図鑑をダウンロードしていたはずだが、エレキ系のボアやウルフは目撃例が少なくあまり情報が載っておらず、リンもその内容を把握していなかった。


「パーティーに攻撃術師がいれば、ひたすら遠距離攻撃をしてもらって、気絶したところを剣士が切ることになるわネ。もし攻撃術師が居ない場合は、投げナイフとかで対処をすることになるけど、これが結構難しくて……、下手に切り掛かって、剣を通してもろに電撃を喰らうと、動けなくなってヤバいのよ。これで命を落とした探検家も複数いるくらいには普通にヤバいネ」

「なるほど……」

「まぁうちらの場合は、リエルちゃんに攻撃して貰えばあまり問題は無いと思うけど、普通はエレキ系とは出会わないように補助術師が幻惑術イリュージョンで事前に対処するのがベストなのヨ……、どうリエルちゃん?」


リエルはエーテルを繊細に操作しつつ、小声でターニャに答えた。

「こっちには近寄って来てないですが……。もう一押しって感じですね、ちょっと待って下さい」

「ダイジョーブよ、時間はいくらでも掛けて良いから慎重にネ」

「はい、わかりました」

リエルはそう言うと、改めて杖を胸の前に構え直して、エーテル操作に集中するために目を閉じた。手元の杖のすべすべした木の感触を通して、エーテルの繊細な感覚が伝わってくるようだった。


――寺本さんの言っていたイメージをしてみよう。自分のコアにあるエーテルだけでなく、この空気中のエーテルも集めて濃度を上げて、そのままエーテルの質感をモンスター内のエーテルの質感に近づけるようにイメージする。幻惑術イリュージョンは自然な形で幻惑を見せるから、自然な形にするのが重要……、そのままモンスターに違和感を与えないように、そのエーテルを注入する……、よし良い感じですね……。


リエルはゆっくりと目を開くと、瞳の中に漂っていた緊張感はかなり薄れていた。

「なんとか向こう側に誘導できました……」

「ナイス! リエルちゃん、やるねー!」

「ありがと! リエル!」

ターニャとリンはモンスターがこちらに気づかないような小声で、リエルを褒め称えた。

「ありがとうございます。もう少し待って完全に向こうに行ったら進みましょう」

そうリエルは2人に言った。


リン、リエル、ターニャはそのまま真っ直ぐに地下3層の入口へと歩みを進めていった。

その後の道のりは、リエルがモンスターを誘導して通り道から排除するか、または誘導できないモンスターは十分に地下2層の経験を積んでいたリンが1人で対処可能なものばかりであった。ターニャは「本当に心強いネ」と言って、念のため剣を構えつつも、モンスターへの対応をリンに全て任せていた。

ターニャ曰く「リンちゃんを信頼しているんだヨ! サボりじゃないヨ」と言っていたが、リンとしてはもう少し手伝って欲しいなぁと感じていた。


そうして『温室』から約35分後、リンとリエルは『大洞窟』に似つかわしくないものを発見した。

それは重厚そうな金属製の両開きのドアだった。

ターニャはそれを指し示しつつ、こう言った。

「さ、着いたヨ。ここが地下2層の終わりで、地下3層の入口。雰囲気を味わうためにも、ランタンは消してね。それじゃ、準備はいいかい?」

リンとリエルは好奇心半分、緊張半分の表情で、お互いに顔を見合わせてから「大丈夫です」と2人で言った。

すると、ターニャは力を込めて、両開きのドアをゆっくりとゆっくりと開いた。

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