第9話 初めてのモンスター
地下3層B地区
大洞窟の入口から約3時間かけて、サラリーマン風剣士の奥薗が率いる奥薗隊の3人がここまでやってきた。
道中は、補助術士である寺本の安定した
攻撃術士の石井は、途中で索敵を寺本と交代することで、寺本を休憩させるくらいしかやることはなかった。
「ようやくここまで来られたな……、ここから先は少し休憩してから出発しよう」
と隊長の奥薗が提案すると、「はーい」と返事をして、寺本と石井は荷物を下ろして休憩を始めた。
地下3層は地下2層の白っぽい岩壁とは違い、エーテルを吸収した岩が薄緑色に光る壁と天井を形成しており、ヘッドライトがなくとも周囲が薄ぼんやりと見えるほどだった。
「それにしてもリエルちゃんの術士適性は凄かったなぁ……、この前の初探検で、あの筑紫が知っている術をほとんど全て一発でコピーし切っていて、本当に驚いたよ」
奥薗が寺本にリエルの話題を振った。
「本当にね。だってあの筑紫のマリコ様が、帰ってきた途端に興奮した口調で私に相談してきてたわよ。リエルちゃんを弟子にしたいって。よっぽど気に入られたのねぇ」
「そんなに凄かったんですか?」と、まだ実物のリエルを見たことのない石井も興味を示してきた。
「凄いなんてもんじゃなかったな。筑紫が言うには100メートル先まで索敵をし続けられるらしいぞ」
「あら、それは25メートルしか索敵出来ない私への嫌味かしら?」
リエルと同じ術士の寺本がいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「そ、そんなことはないぞ!」と奥薗は焦った様子になり、赤面をした。
実際に寺本の補助術の安定性と正確性は抜群で、その技術を買って奥薗は自分の隊を結成する際に頭を下げて入ってもらったのだ。
ただ、実のところ奥薗にとって、頭を下げて寺本に入ってもらったのは、それだけが理由では無かった。
奥薗は、さらに内に秘めた特別な思いを寺本に対して持っていることも自覚していた。
しかし、それ故に、自身の隊に誘ったとは周囲に決して悟られてはならず、また寺本本人にも絶対に悟られてはならないと決心していた。
探検はあくまで自分にとっては仕事であり、そこに下手に私情を持ち込んではいけないと考えていた。
これまで真面目に生きてきた奥薗の、小さなプライドであり、変えられない不器用な生き方だった。
「と、とにかく、もう休憩はいいな。行くぞ」
「はーい」「へいへい」
と言って、奥薗隊の3人はさらに大洞窟の奥へと歩みを進めた。
地下3層の未踏地区の地形をカメラに収めつつ歩みを進めると、唐突に索敵中の寺本が緊張した声を発した。
「この奥、少し曲がったとこに大きいモンスターが。……、なんだこれ、見たことないわ……」
攻撃術士の石井と剣士の奥薗が臨戦態勢を取る。
「2メートル以上の……、二足歩行。もうすぐ見えるはず……」
すると曲がり角からぬっと顔を出したのは大きなギョロっとした一つ目に凶暴そうな口元、頭には1本のツノが生えて、筋肉質の体で1メートルを超える棍棒を持ち、二足歩行をしているモンスターだった。
「こ……、これは初めて見るけど……、サイクロプスって感じのモンスターね……」と寺本が小声で呟く。
「これは一旦戻った方がいいな」と奥薗は隊長としての判断を下す。洞窟内では自分の命の安全を確保するのが第一である。
奥薗と石井はサイクロプスが動き出したらすぐにでも攻撃出来るように、攻撃の構えを続けつつ、ここまで来た道をにじり戻っていく。
サイクロプスもこちらに気付いているようだったが、距離を一定に保ったまま、ついてきていた。
「どうしてこっちについてくるのよ……」と寺本は呟く。
「
奥薗隊は少しずつ後退しながらも、ジリジリとした時間が経過していた。
唐突に息を呑む音が寺本から聞こえた。
「え……、嘘……。どうして……」
そう寺本が呟くと、戻っていく方向へと振り向いた。
するとその先に、淡く光る洞窟壁に照らされた2体目のサイクロプスが、獰猛な光を目に湛えて立っていた。
1体目のサイクロプスが2体目と共に奥薗隊を挟み撃ちをした形だった。
「これは……」「どうします、隊長」
奥薗と石井も2体目のサイクロプスに気づいたようだった。
「どうするもこうするも……、ここは一本道。後ろの奴を倒さないと……」
「コアは胸の中央ですね。ただ、皮がとても分厚そうです……」
何も言わなくとも、寺本が初見モンスターのコアの位置を教えてくれた。手慣れた剣士へのフォローだった。
「それじゃ、援護を頼む」と言うと、メガネの位置を直しつつ剣を鞘から抜き出して、奥薗は駆け出した。
サイクロプスは獲物が自分の方にやってきたことで、1つしかない目が歓喜に歪んだように見えた。獰猛で狡猾な笑顔だった。
「
石井は杖を軽く振りつつ叫んだ。エーテルを薄く圧縮してカミソリのようにモンスターに飛ばす術だ。
しかしサイクロプスは羽虫でも叩くかのように手を払うのみで、全く傷が付いていないようだった。
「
石井は今度はエーテルを丸く圧縮して、弾丸のようにぶつける術をサイクロプスに放った。
衝撃はあったようだったが、これもサイクロプスはぶつかった箇所をさするのみで、ダメージにはなっていないようだった。
「ダメです! 全く効いていません……!」
石井は悲鳴のような叫びを上げた。
「石井も寺本と一緒にあいつの動きを止めてくれ!」
と奥薗が叫ぶと同時に奥薗はオークの懐に飛び込もうとした。
するとその動きを待ち構えていたように、サイクロプスが棍棒を上から振りかぶる。
約1メートルの棍棒が降り落とされる瞬間、
「
との石井と寺本の叫びが洞窟内にシンクロして反響した。
一瞬だけサイクロプスの右腕の動きが止まり、棍棒がすっぽ抜けていき、奥薗への直撃は免れた。
そのまま奥薗は剣にエーテルを流して、淡く光る剣をサイクロプスの胸元に突き立てようとしたが、胸板が骨のように硬くなっていたため、サイクロプスの皮膚の表面しか傷をつけることが出来なかった。
「なんだあいつ、全然剣が入らないぞ。どうなってんだ」
「スキャンする限り特に何も無いっぽいんですが……、多分エーテルで皮膚そのものを強化してるんでしょう……」
剣にエーテルを込めれば切れ味は鋭くなるなら、同じように皮膚にエーテルを集めれば硬くなるだろうという推測だった。
実際にサイクロプス以外にも同じような防御方法をとっているモンスターはこれまでに見つかっている。
「それにしても硬すぎるだろう……!」
「私に言わないで下さい……、それよりどうしますか。反対側のサイクロプスも近づいてきます」
「何とかあれを突破するぞ。コアの破壊よりも、動きを何とか止めて脇を走り抜けるぞ。2人はどうにかして俺が守るから一気に行くぞ」
奥薗の素早い決断だった。
サイクロプスはすっぽ抜けた棍棒を再度に掴み直すと、再度奥薗達に向かって獰猛な笑みを向けてきた。
口元を見ると、端からヨダレが汚らしく垂れていた。
「走れ!」と奥薗が寺本と石井に叫んだ。
奥薗、寺本、石井の3人はサイクロプスの脇を抜けようと走った。
それを見たサイクロプスが棍棒を横殴りに振りかぶってきた。
「
一瞬右手の動きが遅くなったが、しかし今度は棍棒を取り落とさなかった。
そのまま棍棒はサイクロプスの脇を走り抜けようとする3人の方へと一直線に振り抜かれていった。
奥薗は唐突に時間が引き延ばされるのを感じた。
――あぁ……、これが走馬灯ってやつか……。なるほど……、こうなるのか。最初で最後の経験だな。きっとこのまま、こっちにゆっくりと向かって来ている棍棒が、逃げようとする俺たち3人をまとめて吹き飛ばす。誰かが踏ん張って一瞬でもサイクロプスの動きを止めれば、他の2人は逃げられるだろう。それは誰か。……、まぁ当然、剣士である俺しかいないだろう。それが隊長としての俺の役目だ。しかしそれをすれば俺は死ぬ。あんなデカくてぶっとくて重そうな棍棒で思いっきり殴られるのだから。死ぬのか。死ぬのは怖いのか? 良くわからない。死んだらどうなるのか? それも良くわからない。死ぬ前に何かに祈っておくか? それも正直なところ良くわからない。でも。それでも。本心で思う。
寺本を守って死ぬのは本望だ。
ちっぽけなプライドを守って死ぬのは本望だ。彼女には何も自分のことを伝えられなかったが、それもまぁ俺らしいだろう。口下手な俺が自分の隊に入るように口説いて、実際にそれで一年以上一緒に探検ができたのだから、それで俺の人生としては十分過ぎる結果だろう。
刹那の内に決断をした奥薗が走るのを止め、サイクロプスの方を振り返り、横殴りに振られている棍棒の軌道上で剣を構えた。
それを必死に走りながら、横目で見ていた石井と寺本は叫んだ。
「やめろ!!」
「やめて!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます