第18話 初めての地下2層


地下2層の2箇所の転移先のうちの1つには、神林の推薦を受けて、リンとリエルとターニャが向かうこととなった。

リンとリエルにとって地下2層は初めてだったが、実力的には問題ないだろうという神林のお墨付きだったし、地下2層の経験の面ではターニャがバックアップをしてくれるから問題ない、とのことだった。


「リンちゃん! リエルちゃん! 久しぶりネ〜!」

「ターニャさん、宜しくです!」

「宜しくお願いします」

「はーい! 宜しくしてあげるネ!」


ターニャの先導で地下1層を順調に下りていき、『紺碧の祭壇』に約50分かけて到着した。

そして以前間違えてリエルがやってしまったように、ターニャが祭壇に軽く触れると、祭壇がゆっくりと音もなく滑らかに下降していった。

「さ、リンちゃん、リエルちゃん、ここに乗って!」


リンとリエルがターニャを真似して祭壇に飛び乗っても、祭壇はびくともせずに、一定のスピードでスムーズに下降を続けていった。

そうして祭壇が地面よりも下がっていき、3人の周囲が地下1層の黒い岩盤に囲まれ、エレベーターのようにさらに下降を続けていくと――


――唐突に足元で視界が開けた。

地下2層A地区。通称『白い小部屋』。

その名の通り、地下2層の特徴である白い岩盤を、人工的に直方体にくり抜いて作られた小部屋であった。そこにエーテル鉱石のライトが設置されており、洞窟内部とは思えないような白い壁を明るく照らしていた。

「さ、早く降りて。これ、暫くしたら勝手に上昇しちゃうからネ」

「はーい!」「はい」


「あれ、これ帰るときはどうするんですか?」

とリンがターニャに尋ねた。

「そこのエーテル鉱石に触れば祭壇が下りてくるから、それで帰れるヨ! 心配ナッシン!」

ターニャが指し示す先には、白い壁に埋め込まれた青いエーテル鉱石が埋め込まれていた。『紺碧の祭壇』を照らし出しているものと同じものと推測された。

「なるほど……、それにしても本当に凄い技術ですね……」とリエルも感心した様子で言った。どうやら異世界の目から見ても発展した技術らしい。


「リエルちゃん、このマリコ様が作ったこのアプリケーションによれば、転移先はあっちの方向らしいんだけど、どう行けばいいかわかる?」

そうターニャが尋ねてきたので、リエルは自分の中のエーテルも放出しつつ、広範囲を索敵術ソナーで一気に探索した。

すると、リエルはそっちの方角に続くと思われる道を発見した。少々回り込む形になる道だった。

「多分こっちですね、ついてきて下さい」

そう言うと、リエルは索敵術ソナーで道とモンスターを確認しつつ、リンとターニャを先導していった。


暫くの間、リエルを先頭にして、地下2層を探検していった。

地下2層は以前に聞いていたように、白っぽい地層の内部に形成されたもののようで、ヘッドライトとランタンの光を受けて白く輝いていた。

道としては、平坦なところが多く、地下1層よりも歩きやすいといえたが、時折水が流れる音が聞こえてくることもあり、近くに地下水の川があるようだった。


「ターニャさん、今日向かっている方向って、あまり探検されてこなかったんですか?」

リンはリエルに付いていきつつターニャに尋ねた。

「そうなのよネ。最初はこの『白い小部屋』を中心に色々と探検されてたんだけど、地下3層が見つかると、そっちの方向ばかり探検されちゃってサ。今回の探検先はその逆方向みたいだから、未踏地区のままってワケ」

「なるほど。それにしても、いったい転移先に何があるんですかね」

「ね! わざわざあの小部屋から転移先に設定したってことだもんね。ホントに楽しみ!」


そんな会話をしていると、リエルが話しかけてきた。

「ターニャさん、この先にレッドウルフの群れがいるんですけど……、幻惑術イリュージョンも効きませんし、どうしましょうか。目的地に行くにはそこを通らないと行けないみたいです」

「あーレッドウルフはそれなりに強いネ。すばしっこくて、壁を蹴って襲ってきたりするから危ないんだケド……、何匹いる?」

「4匹ですね。家族かも」

「それなら大丈夫かな。リエルちゃんに補助してもらって、2匹ずつ担当すれば。リンちゃん、イケる?」

「初めての敵ですけど、恐らく大丈夫かと……」

リンは少しだけ緊張した面持ちで言った。

「レッドウルフは火を吐くし、素早くて爪も危ないから、そこだけ気をつけてネ。ま、リンちゃんならダイジョーブ!」

ターニャはいつもの調子でリンを元気付けた。


そのまま道なりにゆっくりと進み続けると、ヘッドライトの先に赤毛の狼が4匹、すでに姿勢を低くして臨戦態勢になっている様子が見えた。

「じゃ、行くヨ」

ターニャが日本刀を抜きつつ、静かにリンとリエルに向かって言った。

リンも同様に剣を抜き、ターニャに軽く頷いた。


そのまま2人はレッドウルフへと駆け出した。

リエルも杖を構え直して、2人の補佐をするために術を飛ばす

氷雪術ブリザード!」

エーテルの運動を強制的に遅くして、周囲の温度を一気に下げる術である。レッドウルフは寒さが弱点で、炎のように明るかった赤毛が茶色く変色していった。

しかしそれにより、レッドウルフの紅色の目玉が怒りで燃え上がった。

4匹が一斉にリンとターニャに向かって走っていき、そのうちの2匹が急角度の壁を横向きになりつつも駆けていた。

氷雪術ブリザードにより、レッドウルフのスピードはかなり落ちているはずだが、それでもかなりの素早さを保っていた。


「すごっ!」

とリンは驚きつつも、ターニャの位置と攻撃態勢から、リンが右の壁を走っている2匹を担当すると察知し、そちらへと剣を構えつつ、そのまま走っていった。

そうして2人と4匹が交わる直前。

遅延術ディレイ!」とのリンの声が地下2層の白い壁に大きく響いた。

4匹のレッドウルフが、スローモーションのように行動が遅くなった。


ターニャはそのまま身動きが上手く取れないレッドウルフ2匹の間を、淡く光る日本刀と共に駆け抜け、的確に2匹のコアを破壊していった。

一方のリンは、急に身動きが取れなくなったレッドウルフ2匹に斬撃を加えようとしたところ、2匹とも壁に上手く掴まれずに白い壁から地面へと落下してしまった。

すると遅延術ディレイの効果範囲から外れ、地面に落ちた2匹が素早く態勢を立て直し、そのまま同時に左右からリンに飛びかかった。


「危ない!!」

リエルは思わず叫んだ。

リンは態勢をかがめつつ、1匹のコアを破壊したが、もう1匹は身を捩って回避するのが精一杯だった。

レッドウルフが鋭い爪をリンの右太ももを引っ掻いた。

丈夫な探検用のトレッキングパンツを引き裂き、リンの白い太ももが露わになった。

そこに3本の傷が痛々しく残され、真っ赤な血がたらりと傷に沿って流れた。


リンは痛みを堪えて、残されたレッドウルフに向かって剣を構え直す。

「許さない!」

リエルは、普段の優しい様子からは想像もつかない憤怒の形相で叫び、リンから離れているレッドウルフに向かって無茶苦茶にエーテルカッターの刃を飛ばし続けた。

すると、エーテルの刃が洗濯機のようにレッドウルフの周囲を回転し、レッドウルフの赤毛を切り裂き、体表面を傷つけ、もみくちゃにしていった。

しかしコアを破壊するには至らず、レッドウルフは憤怒と恐怖の中で、今度はリエルに向かって駆け出した。


リエルは怒りの中でも、冷静にターニャが慌てて駆け寄ってくるのを見た上で、更なる術を放った。

遅延術ディレイ!」

今度は地面を駆けていたレッドウルフがエーテルの塊に捕らえられ、動きが緩慢になった。

そしてそこにターニャが走り抜け、一撃でレッドウルフのコアを破壊した。


リエルは念のためエーテルを広げ、モンスターを全て倒したことを確認した上で、怪我をしたリンにターニャと一緒に走りよった。

「リン! 怪我は大丈夫?」

「リンちゃん! 痛くない?」

「うん、まぁ普通に痛いけど、傷は浅いから大丈夫」

「そう、それなら良かったけど……、ちょっと見せて」

リエルはそう言うと杖の先を傷口に向けて、エーテルを操作し出した。

治癒術キュア

その言葉とともに、杖の先にエーテルが集まり強い光を放った。そしてリエルは杖を切り傷に沿って動かすと、エーテルが傷口で固まりそのまま血が止まった。


「凄い! もう血が止まったよ……」

「リエルちゃん! 凄いネ! こんな術は初めて見たよ!」と剣士として経験豊富なターニャも驚いていた。

それもそのはずで、治癒術キュアは異世界の魔法を参考にしてリエルが開発したものだったからだ。しかしリエルは異世界のことをまだターニャに伝えていないため、「ま……まぁ……」とはぐらかすことになった。

「確かに血は止まりましたが、要は絆創膏みたいなもので、皮膚を再生するものでもないですし、エーテルが充満するこの『大洞窟』内でしか保たないので、無理だけはしないで下さいね、リン」

「オッケー、でも本当にありがとうね、リエル!」

「ヨシ、それじゃ、目的地まであと少しかな。気をつけて進もー!」

ターニャが元気よく言った。


3人は未踏地区をカメラに記録しつつ、筑紫のアプリの示す方向へとゆっくりと探検を進めていった。

リンは右の太ももにエーテルが付着する奇妙な感触を覚えつつも、既に痛みも引いて血も止まっているため、特に太ももの傷は探検に支障は無かった。

徐々に歩みを進めていくと、リエルの索敵術ソナーのエーテルが目的地を捉えた。


「もうすぐですね。アプリの示す転移先がこの道のもうすぐ先にありそうです。それにしても、結構広い空間ですね……」

「おお! もうすぐ着くのネ!」

「楽しみ!」


そして3人がゆっくりと進んでいき、緩いカーブに沿っていくと――


――温泉があった。

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