第19話 初めての転移先


3人は『リエルの小部屋』の魔法陣の転移先に到達したが、そこには湯気が立つ天然の地下温泉があった。

白い鍾乳洞のような地形に地下から温泉が沸き出ているようで、たっぷりのお湯が複雑な地形を埋め尽くすように張られていた。

「うわー!」

「凄いですね!」

「温泉だヨ!」


ターニャはテンション高く温泉に近づきお湯の温度を確かめると「ちょうど良さそう!」と言って、急に探検服を脱ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと! ターニャさん!」

「急に何をしているんですか!!」

「え、何って、温泉があったら入らないとサ」

と話している間に、ターニャは既に全ての探検服を脱いでいた。

素早い脱衣だった。

「いやいや! だからって全裸になる必要は……!」

「そうですよ……」

リンとリエルはターニャの綺麗な裸体に、思わず目を背けてしまった。

洋服を着ていてもわかる大きな膨らみが、脱いだ状態でも綺麗に保たれており、さながら白亜の彫刻のように見えた。


「ウクライナじゃこれが普通だネ! さ、リンちゃんリエルちゃんも一緒に入ろうよ!」

「絶対ウソでしょそれ!」

「ちょ、ちょっと……! あ……、そ、それじゃ私は見張ってますから! お二人でどうぞ!」

リエルはリンを生贄に差し出すことで、なんとか逃れることに成功した。

「うーん、それじゃリンちゃんだけでも! ほら! 女同士、恥ずかしがることないデショ!」


リンは太ももの怪我で踏ん張りが効かずに、そのままターニャに連れられて、温泉のフチにまで来てしまい、ターニャの裸のままの笑顔に遂に観念することになった。

「さ、脱いで脱いでー」とターニャは楽しそうに言った。

リンは「せめて……」とパンツだけは履いたままにしようとしたが、ターニャに「日本人は温泉に下着で入るの? ウクライナ人は全裸なのに?」と煽られてしまったため、結局、全てを脱ぐことになった。


そうして、ターニャとリンは少しぬるめの天然鍾乳洞の温泉に少しずつ入っていった。

温泉は少しだけ白く濁っており、鍾乳石の石灰成分が溶け出しているようだった。

「ちょっとぬるいけど、いい感じだネ!」

ターニャは足だけ浸かって、気の早い感想を言う。


リンも太ももまで浸かると、リエルが治癒術キュアで作ってくれたエーテルの絆創膏が溶けて無くなり、温泉が傷口に直接触れるようになってしまった。

――ちょっとシミるな……。

とリンは思っていると、傷口に徐々に泡が形成され、その泡が発光し始める。その光は先ほどリエルが治癒術キュアを行った時の光によく似ていた。

すると光に包まれた傷口が徐々に熱を帯びてきて、リンは思わず温泉から上がってしまった。


「リン、どうしたの?」

「いやちょっと、この傷が……」

心配しているリエルに対して、リンは傷口を見せると、その傷に僅かに光るエーテルがカサブタのように付着しているのが見えた。

「何これ……」

リンは傷口の思わぬ状態に驚き、目を見開いた。

するとリンとリエルの目の前で、みるみるうちにカサブタが付着していた部分の皮膚が再生されていき、傷口が塞がれていった。

そうしてエーテルの淡い光が消滅すると、傷口は完全に塞がれていた。

元の皮膚との境界すら全く分からない状態だった。


「再生魔法みたいです……」

「リエルの世界にはこういう魔法もあるんだ」

「そうですね。怪我や病気を回復させる効果があるのですが、エーテルを大量に消費しますし、人体の構造に詳しくないと難しいので、私には出来ないんです。それにしても、それを行う温泉ですか……。恐らく温泉自体にエーテルが大量に溶け込んでるせいで、こういう効果になったんだと思いますが、それにしてもこの『大洞窟』は本当に凄いですね……」

「そうだね……」

「あの『小部屋』を作った人も、きっと怪我をした時はこの温泉に入って、怪我の治療をしてたんですね。だからこそ、『小部屋』からの転移先にここを設定したんでしょう」

「なるほど、確かにそうだね。……って、実際はどこに転移されるんだろう?」

リエルは筑紫のアプリで示される場所を確認する。

「あそこの岩場の上みたいです。あの上なら、周囲が温泉で囲まれているので、ほぼモンスターが来ないってことでしょうね」


そんなことを話している間にも、ターニャは広い鍾乳洞の温泉を泳いで楽しんでいた。

――全く、凄く呑気だよなぁターニャさんって。……、まぁそれがこの厳しい『大洞窟』で生き抜く秘訣なのかもしれないけど。

とリンは思った。

そうして、リンも再び温泉にゆっくりと浸かることにした。


ここまで約1時間半の探検による疲労がぬるめの天然温泉へと溶けていった。

リンはのんびりと、ターニャは元気に泳ぎつつ、それぞれの楽しみ方で暫く温泉を楽しんでいった。

リエルは索敵術ソナーで周囲を確認しつつ、2人の様子を確かめていたが、気持ちよさそうな2人の様子を見ていると、先ほど脱ぐのを恥ずかしがった自分にバカらしくなってきてしまった。


――2人以外誰も見てないし……、温泉には興味あるし……。

そうして、意を決して、リエルも立ち上がり、おもむろに探検服を脱ぎ始めた。

「お! リンも一緒に入ろう!」

「リンちゃーん!」

2人以外に誰も見ていない『大洞窟』内部ですっぽんぽんになるのは色んな意味で非常に開放的で、意外にも悪くないと感じた。普段はモンスターと戦う殺伐とした場所で、のんびり出来るというのは、どことなく背徳感があり、それをしてしまっている自分にこそばゆさも感じているが、それも探検の一部として素直に楽しいと思えた。

リエルは脱いだ勢いをそのままに、温泉まで走っていき、大ジャンプをして温泉に飛び込んだ。

やっぱりめちゃくちゃ気持ちよかった。


十分に温泉を楽しんだ後、3人は温泉から上がりタオルで体を拭いた。

「気持ち良かったー」とリン。

「ですねぇ……」とリエル。

「泳ぎすぎて疲れちゃいました」とターニャ。

そうして、探検服を着て、ヘルメットを被る時になって、リンがようやく気づいた。


ヘルメットに『大洞窟』内の地形記録用のカメラがセットされていて、常時録画されていることに。


「あれ、これ、私たちの裸が撮影されてたんじゃない……?」

「あ……」

「えー、私の裸が公開されちゃうってコトー?」

ターニャは何故か嬉しそうにしていた。


 ***


無事に探検が終わり、筑紫に今日のことを報告しつつ、リンとリエルは話を切り出した。

「あのー、このカメラの映像って、いつもどうしてるんですか……?」

「……? どういうことだ? 普通に友人にデータをそのまま送って、地形記録にしてもらっているが?」

「……、ちょっと今回は無しじゃダメですか……?

「いやいや、貴重な未踏地区のデータだぞ、ダメ決まってるだろう」

「そこを何とか……」

「……? 何があったんだ……?」


リンとリエルは温泉ではしゃぎすぎて全裸で泳いだことを素直に報告すると、筑紫は爆笑しながら、「それなら余計にデータとして記録しておかないといけないな」と言って、そのままカメラを持ち帰ってしまった。


リンとリエルは顔を見合わせて、ため息をついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る