第31話 初めての白い薄膜
50体以上いたモンスターを5人の剣士で倒したため、いくら歴戦の猛者であっても流石に疲労が溜まり、しばらくその広い空間で休憩をしていた。
「それにしても、どうしてあんなにモンスターが溜まってたんでしょうね」
術士はそこまで疲労しておらず、雑談がてら寺本が筑紫に尋ねてみた。
「どうしてでしょうねぇ……。まぁ恐らくこの先に進めば何かわかるかとは思いますが……」
「きっとモンスターを生み出す装置とかがあるんダヨ!」とターニャがいつもの調子で仮説を立てた。剣士でそれなりに動いたはずなのに相変わらず元気であった。
「そんな……、生命を作り出すのは流石に無理だって、ターニャ。せいぜい、どこかの胡散臭い教授が言ってた『動物・モンスター変換装置』とかでしょ。それもかなり眉唾だけど……」
この先の道に何があるのか、期待と不安になりながらも休憩時間が終わった。
そうして10人で、先ほどまでモンスターに埋め尽くされていた細い道を通っていくと、その先に、道が8本伸びている小さな八角形の部屋に辿り着いた。
つまり、大隊はその部屋から伸びている8本の道のうちの1本から、その小部屋に到着したことになる。
そしてこの八角形の小部屋で一番不思議なところは天井だった。
その八角形の天井は床面から約2メートルのところに位置し、白っぽい表面をしていたが、なぜか不思議に波打っていた。
まるで白い水面が天井にあるみたいに、空気の僅かな動きに合わせて、静かに白い表面がふよふよと振動をしていた。
「これ、なんなんだろうな」と既に全員気づいていると思われたが、神林が話題を振った。
「なんでしょうね……」
寺本は興味半分、不安半分になりつつ、自分の杖の先でツンと押してみた。
すると、その天井の水面はぷるぷるのゼリーみたいに杖を弾きつつ、その押されたところだけが軽くへこむこととなった。
そうして杖を離すと、水面に波紋が広がるように、その天井にもぷるぷると振動が広がっていった。
「本当になんでしょうかねぇ……」と寺本は困惑したが、ふとここまできた本来の目的を思い出した。
「あ、そういえば、地下3層への転移先はこの先の通路です」
そう寺本は言いながら、ここまで来た道の2本右の道を指し示した。
「まぁ天井も気になるが、まずはそっちだな。行ってみよう」
神林は他の大隊メンバー9人に向かって言った。
細い道を縦に広がりながら進むと、先頭を進んで
「あら、これ、行き止まりですね」
「え、そうなのか。まぁとりあえず行けるとこまで行こう」と神林。
そのまま進んでいくと、寺本の言う通り、その通路は行き止まりになっていた。
その狭い通路の行き止まりに10人が一団として固まると、流石に狭く感じられた。
「マリコ様の位置把握アプリによれば、この通路の少し先が転移先みたいだけど、地殻変動とかでずれちゃったのかな……」
寺本は少しだけがっかりしつつ言った。
筑紫は自分の作ったアプリを見つつ、
すると、宗谷が唐突に行き止まりの壁の前で座り込み、その壁を観察し始めた。
そして、壁を形成している岩石が何かを調べようと、その壁に右手を伸ばした瞬間、指先が壁を通り抜けた。
全く壁の感触はなく、するりと壁の中に右手の指先が埋まり、まるで指の先端が壁で切断されたように見えた。
「あっ……」と思わず宗谷はつぶやいた。
そのまま右手をさらに壁の中に突っ込むと、手のひら、腕、ひじと、スルスルと壁の中に侵入できてしまった。
側から見ると、ある位置から先が壁の中にめり込み、切断されてしまったように見えた。
「ぎゃー! 宗谷サン!」
ターニャがそれを見て叫び声を上げた。他の人も宗谷の右腕を見て、うわっ!、といった声を上げた。
「あぁ、大丈夫です」
宗谷はそういうと、右手を行き止まりの壁から引っこ抜いた。
「この壁、あるように見えるだけで、本当は通り抜けられるみたいです」
そして宗谷は行き止まりの壁に向かって歩き出し、そのままするりと向こう側へと消えて行った。
「うわ!」「どういうこと?」「あれ?」「宗谷さんが消えた?」
と大混乱をきたしている壁の向こう側の面々に向かって、宗谷はその壁から顔だけを突き出してみた。すると、向こう側からすると、宗谷の生首が壁から生えているように見え、さらに混乱が広がってしまった。
「早くこっち来てください」
と宗谷は言いつつ、ターニャの腕を引くと、ターニャもするりと壁を通り抜けた。
「ほら早く皆さんも!」
宗谷は呼びかけると、恐る恐るといった感じで、ようやく10人全員がその幻の壁の向こう側へと移動した。
その幻の壁の向こう側は、さらに行き止まりになっていた。
先ほどまで10人がいたところが、改めて再現されているような場所だった。というよりむしろ、幻の壁が、この行き止まりを再現しているようだった。
「どうやらこの行き止まりが『リエルの小部屋』の転移先ですね」
と筑紫が結論付けた。
「何もないな……」
「何もないですねぇ」
神林と寺本はがっかりしていた。がっかりしつつも、行き止まりの壁を触り、更なる先が無いかを念のため確認していた。
他のメンバーも何か仕掛けがあるのでは無いかと、その行き止まりを各自の方法で調べていたが、結局のところ何も見つけることはできなかった。
どうやら本当の行き止まりであることが明確になっただけだった。
「やっぱり何もないな……」
「やっぱり何もないですねぇ」
神林と寺本は何もないと結論づけられ、更にがっかりした。
これまでの『小部屋』からの転移先は、天然のプラネタリウムや地下温泉、植物栽培が可能そうな『宗谷温室』など、何かがあったため、このような何もない転移先というパターンは初めてだった。そして、何かあると考えられたために、10人の大隊を組み、モンスター討伐をわざわざ探検家組合として実行したために、神林と寺本の落胆もひとしおだった。
「まぁ、こればっかりは仕方ありませんよ。地下3層で探検できる範囲が広がったと思えば良いかと」
筑紫が神林と寺本にわかっているであろう慰めをした。
「……、そうだな、ありがとよ、マリコ様」
神林はそう言うと、来た道を戻ることに決めた。
そうして、ゾロゾロとその行き止まりから、幻の壁を通って、元の八角形の部屋に戻った。
「あとはこの天井だが……」
神林がその辺に落ちていた石でつつくと、やはりゼリーのようにぷるぷると白い表面が震えるだけで特に何も起こらなかった。更に石を強く押し込んでも、ある一定のところまではへこむが、それ以上は何かがつっかえているようで、どれだけ押しても無駄であった。
そうしてパッと石を離すとぶるんと表面が強く波打ち、しばらくすると傷ひとつない元の白い綺麗な表面に戻ってしまうのだった。
「何なんだろうな、これ」
神林は更に自分の指でも押してみたが、石で押した時と結果は全く同じだった。表面はツルツルしており、中に何かが詰まっているような感触で、どれだけ押しても傷つかないゼリーを押しているような感覚だった。
寺本はエーテルを使って表面や内部を調べようとしているようだったが、特に何かが見つかった訳でもなさそうだった。
「エーテルの膜のような感じですが、その中まではどうなっているのか調べられませんねぇ……」とのことだった。
他の隊員もそれぞれの方法で白い膜を調べてみていたが、特に大きな発見は無いようだった。
「何もないのか……」
「何もないですねぇ……」
神林と寺本は更にがっかりした。先ほどの転移先で何も無かったため、もしかしたら、この天井が何か鍵になっているのではと内心期待していたのだが、何もないことがわかり更に落胆をした。
「あとは、この部屋から伸びている道も調べたいが……、流石に残り6本を今回の探検で調べるのも難しいだろうから、今日はもう戻るか。今日はここに転移可能そうだと言うことがわかっただけでも収穫だろう」
そう神林は結論づけて、帰ることを隊員に伝えた。
特に隊員からも異論は無かったので、八角形の部屋から、元の道に戻ることになった。
そして、ぞろぞろと狭い道を1人ずつ戻っていくと、唐突に最後尾のリエルが大声を上げた。
「モンスターが! モンスターが!!」
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