第5話 初めての探検家試験
リンは、資格試験を受けたいと言っている友達がいて追加できるか、と大洞窟管理事務所に伝えたところ、「全然大丈夫よー」との軽い返答だったため、リエルも次の土曜日に開催される探検家資格試験に参加できることとなった。
そうして、リンとリエルは土曜日の探検家資格試験を迎えることとなった。
土曜日、朝10時。
リンとリエルは集合場所である宇賀神社の境内にいた。
他にも10名前後の受験者がいた。ほとんどが男性で、リンとリエル以外には女性は1人しかいなかった。
「受験生の皆さん、おはようございます。今日の試験官を務める、探検家で剣士の
スーツが似合う真面目そうな男性が説明をし始めた。メガネをクイッと直す仕草が神経質そうな印象を与える。あまり探検家のようには見えず、普通のサラリーマンのようだった。
「試験は既に試験要綱でご案内のとおり、体力テストです。これは最低限洞窟を探検して戻ってくる体力があるかどうかを見るためのものです」
その内容は、約15kgの重りをリュックサックに背負って、宇賀神社の境内の外周と100段近い階段を巡る約1.5kmのコースを5周するというものだった。コース自体には紐が張ってあり、迷うことはないとのこと。
「制限時間は5時間。その間に5周すればペース配分は問いません。何か質問はございますか?」
するとリンがピシっと右手を上げて「はい!」と元気よく言った。
「友達のリュックサックを途中で代わりに持ってもいいですか?」
「リン……そこまでリンに頼るつもりは無いよ……」とリエルは小声でリンに呟く。
「そうじゃなくて、私が頼ることもあるかもしれないじゃん……」とリンはリエルに気遣った返答をした。
「えーっと、それはさすがに禁止させていただきます。ちゃんと各自が自分のリュックサックを背負ってコースを5周して下さい」
そうして改めて試験官の奥薗は全体に向かって喋り始めた。
「その他には質問は……、無いですかね。ちなみに念のために申しておくと、リュックサックにはGPSが付いていますので、途中でコースをショートカットすること等のズルは出来ませんので」
と言って、奥薗は、リュックサックを1人1つずつ手渡してきた。中を見ると、2リットルペットボトルに水が3本、お昼ご飯代わりの固形レーション、光沢感のあるかなり重たい謎の岩石、大量のロープ、体積のやたら嵩張るタオル4枚が入っていた。
リエルは試しにリュックを片手で持ち上げてみようとしたが、かなりの重量感で持ち上げるのはかなり難しかった。
「固形レーションはどうぞお食べ下さい。水はこのスタート地点にたくさん用意しておりますので、渡したものは飲まないで下さい。もちろん途中で捨てないで下さいね。それでは皆様、午後3時……15分まで、頑張って下さい」
リンとリエルは互いに顔を見合わせた。
「それじゃ……」「行きますか……」
唐突に始まった探検家試験であったが、受験者の中にはリュックサックの中身を全て出して詰め直す人や、リュックサックの紐の調節に余念が無い人もいた。
しかし2人とも、とりあえずは渡されたリュックサックをそのまま背負って進み始めた。
15kgのリュックサックは非常に重たく、1歩1歩踏みしめるように2人で宇賀神社の外周を歩く。
「これで約1.5kmを5周……。結構大変そう……」とリン。
「うう……、こんな大変な試験だとは思わなかったです……」とリエル。
1周目はまだ歩きながら雑談をする余裕があった。境内の外周を回って、階段の登り下りをして、再度スタート地点に戻って約35分だった。
「良い調子だね」「そうですね」
スタート地点で5分程度休憩した後で2周目へと進んだ。
2周目は徐々に15kgのリュックサックが肩や太ももに重くのしかかってくる。あまり喋る気力も湧かず、淡々と2人で黙々と並んで歩いていた。最後の階段の登りが特に辛く、1段1段を無言で足元を踏みしめるように歩き切った。2周目は約50分かかった。
「辛い……」「キツい……」
ここでちょうどお昼頃になり、お腹も減ってきたため、手渡された固形レーションを宇賀神社の境内で座って食べることにした。
「あと3周を約3時間と少し。まだ体力的には大丈夫だけど、徐々にキツくなってくるね……」
「リン、もし間に合わなかったら、私を置いて行って良いからね。リンは昔からの夢だったんでしょ、探検家になるの」
「そんなことは絶対しないから安心して。だって、リエルも大洞窟で元の世界に戻る方法を見つけるんでしょ。絶対にリエルと一緒に探検家になって、一緒に探検するんだからね。約束だよ」
「リン……」
リエルはリンの真っ直ぐな言葉に心がじんわりと温かくなった。
絶対に試験に受かってやるぞ、とリエルは気合いを入れ直した。
改めてリンとリエルをリュックサックを背負い直し、3周目に突入した。
ちょうどあと3時間というところで、1周を60分で歩けば間に合うペースだった。
一歩一歩踏みしめるように、神社の外周を確実に歩いていく。
既に2周分歩いていたため、想定していたよりも早く、リエルの足から悲鳴が聞こえてくるようだった。
「本当に……、はぁ……、辛いですねこれは……」
「大丈夫。先のことは考えないで、ゆっくり進んでいこう」
リンはまだ余裕がありそうだったが、約束通り、リエルのペースに合わせて歩みを進めていく。
そうして、最後の階段に差し掛かったところで、2人の背後から、長身の受験者に声をかけられた。身長190cmはあろうかという大男で、登山用のトレッキングポールを2本手に持ち、いかにも登山家ですと言った服装で歩いていた。
「……大丈夫ですか?」
「疲れましたね……」とリン。
「はぁ……、だいじょうぶ……、です……」とリエル。
「……。これ、使って下さい。あと、階段を登ったら、リュックサックの中身を整理しましょう。では……」
それだけ言うと、その寡黙で真面目そうな大男は、使っていたトレッキングポールを短くした上でリエルに手渡し、階段を軽々と登って行った。
「良い人……、なのかな?」
「はぁはぁ……、どうでしょうか……」
リエルはポールを使うと、足のみにかかっていた体重が多少は腕にも分散されて、階段が上りやすくなったように感じた。
そうして、3周目を約55分かけて回り切った。
スタート地点の境内には、先ほどの大男がリュックサックを下ろして待っていた。男は武田岳と名乗り、登山家を目指していると自己紹介をしてくれた。
「羽衣リンです」「相瀬……リエル……」
リエルは余計な言葉を喋る気力もほとんどなかった。
「リュックを整理させてくれ……、きっと楽になる……」
と言うと、リンとリエルのリュックサックを開き、中の荷物を全て取り出してしまった。
「底に軽いもの、上に重いものを乗せて詰め直すと楽になる。登山の基本だ……」
底にタオル、ロープを敷き詰め、ペットボトル、重たい岩石の順番にリュックサックを詰め直す。
「あとはリュックの紐で肩に当たる部分にタオルを巻いておくと、肩が痛くなりにくい」
1本だけ仕舞わないでおいたタオルをリュックの肩の部分に巻きつける。
そうして、そのリュックサックを背負うと、詰め直す前とは比較にならないほど、軽く感じるようになった。リンは「水を入れ忘れたかな?」と思ってしまったほどだった。
「そうして、あとは肩紐の長さ調節して、リュックをぴっちりと動かないように短く固定する」
そう武田は言うと、キュッとリュックサックの肩紐を締めて、良い具合に調整してくれた。
「……これで完成だ。どうだ……?」
「確かに……」
「軽く感じます!」
そうして改めてリンとリエルは4周目に向かった。
岳も一緒に出発するかと思ったが、既に5周回りきったとのことだった。
「それにしても、めっちゃ軽く感じるね、リエル」
「本当ですねぇ……。無愛想で怖い人かと最初は思いましたが、とても良い人でした。このポールも使いやすいです」
「あと2周、頑張っていこう!」
「はい! 何とかなりそうです!!」
そうして2人で4周目を無事に回りきった。
4周目は約50分かかった。
5周目に差し掛かると、軽く感じたリュックサックも背中にズシリと重くのしかかるように感じられ、2人して黙々と静かに並んで歩くしかなかった。
さすがのリンも息が上がってきた。
リエルは無心で一歩ずつ、先のことをなるべく考えないように、右足、左足、右足、左足と交互に足を前に出すことだけに専念していた。
右足、左足、右足、左足……。延々と続く苦行だった。
初夏の太陽が2人を優しく照らしていた。
ゆっくりとゆっくりと歩き続け、残りは約100段の階段を降りて上るのみとなった。
残り時間はあと20分。通常であれば10分もあれば登り降り可能なこの階段も、5時間近く歩き続けた最後に歩くとなると、どこまでも永遠に続くように感じられる。
「はぁ……、リン……、もう時間が無いってなったら、はぁ……、1人で行って良いんだからね……。ここまで……はぁ……一緒に歩いてくれて本当にありがとう」
「リエル……、何を寝ぼけたこと言っているの……はぁ……。約束したでしょ、絶対に2人で探検家になるんだって……、置いていかないって……!」
「そうは言っても……リン……、あなた、探検家になるのが夢なんでしょう……。私なんてほっときなさいよ……」
リエルは泣き顔になっていた。
「私のせいで……、リンが探検家になれなかったら……、はぁはぁ……、私、自分が許せないよ……」
「リエル! 一緒に……探検するって……約束したでしょ……! それともリエルは……私と一緒に探検したくないの?」
何とか2人並んで階段の一番下に到着した。
あとは階段を約100段、上るだけである。
しかしその階段がリエルにとっては無限に続くように感じられた。
リエルは疲労と感情の昂りとリンの優しさと汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「そんな……! 意地悪言わないで!」
「リエル、一緒に探検しようよ!」
リエルは一歩一歩階段を確実に踏みしめるように登り始めた。
「リンと! 一緒に! 私だって探検したいよ! したいに決まってるよ!!」
リエルは泣き叫んでいた。
「しようよ!!」
そうリンも叫び返すと、おもむろにリエルの背後に回りこみ、15kgのリュックサックを下から持ち上げて、前へと軽く押し出してやった。
リエルは思わずよろめきそうになったが、すぐにバランスを立て直した。
するとリュックサックの重さが急激に軽くなり、どんどんリエルの足が前に進むようになった。
「リン!」
「リエルの代わりにリュックを持ってあげられなくても! リエルの背負ったモノを一緒に運ぶことなら出来るんだから!」
「……リン……!」
リエルは涙で前が何も見えなくなっていた。しかしリエルの足はどんどん前へ前へ、上へ上へと進んで行った。
「だいじょうぶなの……? リン?」
「大丈夫!! さぁ、最後あと少し、頑張ろう!!」
そうして、リエルは体の中からなけなしの体力をかき集めて、最後の階段を登り切った。
階段を登り切って数歩前に歩いたところで、宇賀神社の境内に2人とも倒れ込んだ。
試験官の奥薗が腕時計を見つつ、こう言った。
「15時……13分。間に合いましたね。合格です。お疲れ様でした」
2人は倒れ込んだまま、涙を流していた。
声を出す元気すらもはや残されていなかったが、2人とも達成感で泣き笑いのような表情になっていた。
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