第24話 魔法少女たる者、正体を隠すのは基本だからね


「朔夜ちゃんと一緒に。演習場の森の中……転移」


 次の瞬間。

 私たちは森の中の地面から10センチほど上にいた。

 落下途中だったのは転移によってなかったことになっている。


 ――転移者は転移先で、を持つ。


 うん。転移元と転移先の緯度の違いや自転や公転の向き、その他のキャンセルという意味合いで、管理精霊に言われて付けた条件だったけど。

 付けといて良かった。

 よろよろと地面に降り立ち、私はそのまま座り込む。

 もうね、腰が抜けましたよ。まったく足に力が入らない。


 暗くて、木々と土の匂いがする。

 地面の湿気が気持ち悪いけど、冷たい感触はそれはそれで悪くない。このまま寝転がりたい。

 あ、空からゴロゴロと雷みたいな音が聞こえる。木々の樹冠が邪魔で空が見えないけど、雨降らないと良いなぁ。


 心配そうに私を支える朔夜ちゃんの手を借り、木の幹を背もたれにして座り直す。

 まだ足がガクガクで立つのは無理っぽいからね。


「陽菜ちゃん、大丈夫?」

「うん……まだちょっと頭痛いけど、治ってきてる」

(気圧の急激な変化は戦闘服がカバーしたが、酸素不足をカバーする仕様ではないからな。お前はただでさえ気圧変化に弱いのだ。少し座っていれば回復するだろうが大人しくしておけ)

「よかった」


 管理精霊の言葉を聞き、朔夜ちゃんはようやく安心したように溜息をついた。


「……それで、朔夜ちゃんは、私が上空で何をしてたのかとか、管理精霊から聞いたの?」

「そんな時間なかったよ。陽菜ちゃんと水竜が消えたと思ったら、空が光ってゴロゴロ鳴って、何が起きたんだろうってオロオロしてたら精霊さんが陽菜ちゃんのピンチだって」

(そもそもお前は説明もせずに上空に転移したではないか。お前の行動ならともかく、その意図を朔夜に説明できるほどの情報は持っておらぬわ)

「なるほど。それじゃ説明するよ……と、その前に……管理精霊。水竜ってどうなった?」

(消えた。魔素が届く範囲はもちろん、権限が及ぶ範囲全域まで探査範囲を広げても存在が確認できない。精霊竜は力を使い果たしたら別次元に逃げ込んで休眠する筈だが、その場合この次元にアンカーが残る。それがない以上、この世界から消えたとしか言えぬ。仮に生きていたとしても、アンカーがなければもう戻っては来られまい。いったいお前は何をしたんだ? 見てはいたが理解が出来なかったぞ)


 あー、うん。私も少し整理したいし、まとめながら説明するか。


「私のやったのは単純で、まず、高度8500メートルまで水竜を連れて転移したんだ。ポータルには意識したものを一緒に連れてく機能があるからね」

(普通なら抵抗されて失敗するものだが……まあ直前に散々力を削っていたし、水竜自身、お前達を目指していたからな。逃げようなどと考えもせず、それで成功したのだろうよ。で、なぜ上空に行った?)


 そっか……ひとつ間違ってたら、朔夜ちゃんと水竜を残して私だけ上空に転移しちゃうところだったのか。

 今回に限っては結果オーライだったけど、もう少し考えて行動すべきだったね。反省だ。


「水竜ってさ、怪我しても周囲の魔素で回復しちゃうじゃない? それに周囲の魔素を利用して飛行するんでしょ? なら魔素のない高度にご招待しようかなって」


 高度7000メートル以上には魔素がないとリズお姉ちゃんが言っていた。

 そこでなら水竜が受けた傷は回復しないし、自由に飛ぶことも出来ない。

 まあ、私の攻撃が魔素を生み出しちゃうわけだけど、水竜を遠くに吹き飛ばしちゃえば問題にならない。


(魔素のない空間に連れて行って、治癒が出来なくなった水竜に攻撃を加えて消滅させる作戦だったのか)

「消滅までは考えてなかったわね。ただ、もっとずっと高い高度まで弾き飛ばすのが私の計画だったんだ」


 転移先の高度8500から魔素がある高度7000までの1500メートルを落ちるには15秒以上が必要だ。

 だからその15秒の間に、更に上方向に5000メートルも弾き飛ばしてあげれば、高度7000に落ちてくるまで、吹き飛ばされる時間を計算に入れると1分以上掛かる。


「高く吹き飛ばす際にもダメージが入るだろうし、体半分がなくなるほどの重傷負って、治癒できない状態で1分も放置されたら普通死ぬよね? 人間で言うところの失血死とか、まあそれが無理でも衰弱させる、みたいなのを狙ってみたんだけど」

(なるほど。それで水竜は空高く打ち上げられ、飛ぶことも回復することもできず、空の上で朽ちたわけか……)

「横方向の加速は加えてないから、衛星軌道に乗ることもないし、死体が残ってるなら落ちてくるだろうけどね。まあ次があったら第二宇宙速度まで加速してやるわ」


 それまでにもっと安全な方法を考えておかなきゃ。

『そして水竜は考えるのをやめた』ってなっちゃうくらいのヤツを。

 まあさすがに次はないだろうけど。


(秒速11.2kmか。大気圏内でそこまで加速させれば、いかな水竜でも燃え尽きるだろうよ)

「で、最後は転移魔法で戻ってきたわけ」


 あれ? 何か疑問があったよね?

 と考えていると、


「陽菜ちゃん、よくわかんなかったんだけど?」


 と朔夜ちゃんが首を傾げていた。

 うん。やっぱりこの娘、可愛いわ。

 そっちの気はないけど、妹にしたい。


「ほら、水竜ってダメージ与えてもすぐに回復してたでしょ? それが厄介だったから治癒が使えない所に連れてってボコってきたんだよ」

「……なるほど?」


 いや、自分で言っといてあれだけど、今ので分かったの?


「リズお姉ちゃんに聞いた話では、この世界で魔法が使えるのって高度7000メートルまで。それ以上は魔素がなくて魔法が使えないんだって。例外は魔法少女わたしたちね。だから水竜をそこまで連れて行って、治癒が出来なくなった水竜を更に空高くに向けて弾いて弾いて弾きまくってみた。最後に見たとき、水竜の反応は真上にあったけど姿が見えなかったから、かなりの高さまで飛んでったんだと思う。今は反応がないそうだから、そこで息絶えたんだろうね」

「なるほど……大変だったんだね。でも、次があったら絶対に私も連れてくこと。私がいれば飛べるんだから」

「あー、うん。それは善処する」

「約束だからね?」

「ところで管理精霊。私がやったことでどの程度の影響が出そう?」

(……どういう意味だ?)


 あ、とぼけようとしてるのかな?

 ってことは、もしかしてかなりヤバい?


「私の撃った銃弾。エネルギー量は結構凄いよね? 気候変動とかさ、影響あるよね?」


 私の銃弾はMP5の9mmだと1発で広島型原爆23発分のエネルギーを生み出す。

 私はそれを考えなしに撃ちまくっていた。

 マガジンフルオートで30発。締めて原爆690発分だよ。それを複数回再装填リロードして撃ちまくってたわけで。

 しかも基本的には無人島上空という狭い領域が戦場だ。

 放出されたエネルギーがどんな悪さをするか、ちょっと見当が付かない。

 水竜の脅威を退けるために、私はもしかしたらこの世界の大気や大洋の循環システムを壊してしまったかもしれない。


 と、思っていた。


(待て待て。そういう意味か。それは自意識過剰だぞ?)

「何発撃ったかも覚えてないけど、原爆何千個分ってエネルギーをばら撒きまくったのに?」

(ふむ……影響は、ゼロではない。大陸の方でも衝撃波が届いたところでは窓が割れる被害はあったようだ。海面を押し下げて発生した津波は、まだ惑星上を巡っていて、地形によっては数メートルの波が押し寄せるかもしれない。無人島、及びその周辺の環境は完膚なきまでに破壊された。だがその程度だ)


 本当はその程度と言ってはいけないのかも知れないけれど、管理精霊の挙げた被害は、私の想定からしたらかなり少ない。


「本当に?」


 私がショックで魔法少女辞めるとか言わないように嘘言ってない?


(そもそもお前は、例えば台風が持つエネルギーを知っているか?)

「え? さあ?」


 興味ないし?

 でも、メチャクチャ凄いのでも、せいぜいが屋根が飛んでトラックが横倒しになる程度だよね?


(対象の台風や計算方法によってかなりブレるが、普通サイズの台風のエネルギーは、お前が大好きな広島型原爆に換算すれば、1万8000発以上だ)

「いや、別に好きじゃないし……にしても、え? そんなに?」


 1万8000発? ……私の銃弾はマガジン30発で原爆690発分。

 後半、酸欠で朦朧としてたけど、MP5SD6のリロードは全部で10回もしてないと思う。で、仮に20回してたとしても原爆換算で1万3800発分。

 つまり私が環境に与えた影響は大きくても台風一個分?


(まあ、台風と違って、お前は短時間で狭い範囲にエネルギーを与えた。それを同列に論じることは出来ぬがな。例えばお前が撃った方向の浅瀬の海棲生物は、大半が茹だっているし、キノコ雲が出来たと言うことはその場所に上昇気流が発生していて、これは強力な低気圧になるだろうが、緯度を考えれば偏西風で東に移動するうちにエネルギーを失ってそれで終わりだ。お前がやったことを重めに語るなら、無人島、及びその周辺海域における大規模な環境破壊と広範囲に広がる衝撃波と津波を生み出したこと、と言ったところだ……ああ、もしかしたら数日は低緯度地域でもオーロラが見えるかも知れんが、それは数日程度で回復するだろう)


 ……そっか。


 大自然の力を甘く見てました。

 原爆って、もっと強力なものだと思ってた。


 まあ、条件次第なんだろうけどさ。

 あっちは放射線が出て、放射性降下物もあるから、生物への影響って観点では確かに凶悪で、そのあたりは瞬間的なエネルギー量だけでは比較できないよね。

 エネルギーの比較方法にしてもそうだ。

 1000ccの0度の水温を1度だけ上昇させるのも、10ccの0度の水温を100度上昇させるのも、必要なカロリーはほぼ等価。

 でもその温めた液体を皮膚に付けた場合の影響は、まったく異なる。

 F1とトラックの強さ比較と同じで、条件によって色々変化するのだろう。


 だけど。

 私としては長期的な気候変動などがないと分かって、一気に肩の荷が下りた気分だった。


 だが。

 そこで気付いてしまった。

 それが事実だとすれば、私の対消滅反応弾っていうのは、とても危険だということに。


 放射能を残さないということは、単に威力の高い通常兵器に過ぎないということだ。

 核兵器と違って放射性物質がばら撒かれるわけじゃないし、環境への影響も限定的。


 それなら、為政者がこれを使わない理由はない。

 原爆なんかよりも、遙かに使い勝手の良い凶悪な兵器に仕上がっている。

 それは朔夜ちゃんの魔法も同じで。


「朔夜ちゃん。魔法少女の魔法についての詳細は秘密ってことにしとこうね」

「当然じゃないですか。本当は正体も秘密にしたいところです。リズさん達にはバレちゃってますけどね」


 そうか。

 当然なのか。

 理由はどうあれ、魔法少女は正体を隠すもの、とか考えてそうだよね。


「一応説明しとくと、私たちの魔法って戦争に使われたらものすごく効率よく敵を殲滅できちゃうんだよね。そのくせ核兵器みたいな放射能汚染はない。それを知られたら、兵器扱いされかねないから、だからね?」


 私の魔法なら生まれるのは全てを消し去る光。朔夜ちゃんの魔法なら生まれるのは全てを飲み込む闇。

 殲滅戦でしか使えないだろうけど、裏を返せば、相手を殲滅できる力なのだ。

 核兵器は放射性物質が残るけど、私たちの魔法は実に綺麗だ。

 地球でも理論上の存在でしかない、核融合反応のみからなる純粋水爆よりも綺麗かも知れない。


 もしも私たちみたいなのがが地球にいたら。

 多分、国か、国連の管理下におかれるだろうし、下手をすればテロリストに奪われるよりは、と暗殺されるかも知れない。


(秘密にすると言ってもだな。この世界には人工衛星こそないが、魔法で色々と調べることができるから、お前達の姿はともかく、戦いの様子は隠しきれるものではないと思うぞ?)

「え? 今からでも妨害ジャミングできない?」

(水竜の挙動は大陸全体の関心事だ。既に大勢の目に触れているとは思うが……一応、魔法少女の姿は記録されないようにはなっているし……そうだな、戦いの記録全体へのアクセスも禁止しておこう)

「お願い。再確認ができない情報なら誤魔化せるかもだし……ところでこの世界には原爆みたいな武器ってあるの?」

(まだないな。だが、お前の対消滅反応弾を見た誰かが、仕組みを理解すれば、いずれ作られるかも知れぬ)


 そんな簡単に……と考えて気付いた。


 私はどうだった?


 昨日初めて花火の魔法を使って喜んでいた私は、今日には対消滅反応弾を産みだしていた。

 いや、対消滅反応弾はまだいい。

 それよりも不味いのはポータル弾丸だ。


 理論も何も考えず、こうなったらいいな、というイメージを魔法にすることができてしまった。

 それが出来るのなら、対消滅反応弾の仕組みを理解せずともその結果だけ取り出すような魔法を作ることができるのではないだろうか。

 で、聞いてみた。

 そこん所どうなの? と。


(それは無理だ。魔法少女には様々な魔法を開発してもらう予定だったからイメージから魔法を作り出すアシスト機能が満載されている。それがなれけば、お前が二日目にして転移魔法を使えたりするものか)

「なるほど。ちょっと安心した……けど、朔夜ちゃんも攻撃魔法はできるだけ露出を控えようね」

「もちろん。魔法少女たる者、正体を隠すのは基本だからね」


 ニンジャか何かと間違ってないかな?

 まあいいや、隠れてくれるならそれに越したことはない。


「まあ、街中で魔法を使ったりしたら、違法性がなくてもとりあえず逮捕されちゃうだろうし、その辺りは本当に慎重にね?」


 違法性がないと立証できた場合、魔素を使わない魔法とか、魔素を生み出す存在とか、大騒ぎになる予感しかしないし。


(ところでだな。あの女達からお前たちに早く戻ってこいという伝言を預かったぞ)

「リズお姉ちゃんたち? あ、みんなはどうなってるの?」



=====

補足


いつもお読み頂きありがとうございます。


>お前はただでさえ気圧変化に弱いのだ。少し座っていれば回復するだろうが大人しくしておけ

朔夜の試射の際に具合が悪くなってましたので、それについて言ってます。

気圧変化に弱いのにあんな攻撃をするとは、なんというか、バカですよね(褒め言葉)。


>『そして水竜は考えるのをやめた』ってなっちゃうくらいのヤツを。

火山の噴火で宇宙まで打ち上げないとですよね。


>私の撃った銃弾。エネルギー量は結構凄いよね? 気候変動とかさ、影響あるよね?

影響はゼロじゃないです。

でも、長期的にどうにかなるほどじゃないのです。

同じ事を毎月、毎週とかやられると、いずれ海水温の平均温度が上昇したりして偉いことになるかもですけど。


>普通サイズの台風のエネルギーは、お前が大好きな広島型原爆に換算すれば、1万8000発以上だ

諸説あります。

広島型原爆の威力にも諸説ありますが、台風の場合、何年の台風を基準にするのか、とか、その台風のどの時点(消える直前、最大時、上陸時)を基準にするのか、その瞬間に保持しているエネルギーなのか、生まれてから消える直前までの累計なのか、とかでも平気で3桁以上変わってきます。

例えば2020年の気象庁基準で日本上陸した台風を基準にして、誕生から消える直前までの累計エネルギーで計算すると、台風のエネルギーはゼロになります(2020/12/12現在)。

#2008年、2000年も台風上陸数はゼロですね。


>大自然の力を甘く見てました。

地球は蓄熱が得意な惑星ですから、多少の余剰熱は吸収してしまいます。

もちろん、吸水性能が高いタオルだからとバケツ一杯分の水を吸わせることは出来ません。蓄熱できるバッファにも限界はあります。


>私の魔法なら生まれるのは全てを消し去る光。朔夜ちゃんの魔法なら生まれるのは全てを飲み込む闇。

このフレーズを朔夜に聴かせたら暴走しそうな気がしますw

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