第10話 魔素量保存の法則
「え? 見せるって何を?」
「ま・ほ・う・しょ・う・じょ」
メーネさんはにこやかにそう言うと、デリアにトレーラー内の各種計測器を使って私を観測するように指示を出す。
え?
あれ?
こんなところで変身する流れなの? マジで? ……あー、あ、そうだ。
「ちょ、ちょっと待って下さいね」
私はコンパクトを開くと、水晶に向かって管理精霊さんを呼び出した。
「管理精霊さん、質問なんだけど……精霊さん? ちょっと精霊さん?」
(ああ、済まない。他の仕事をしていた。それで、どうした? 質問だったか?)
「そう質問。コンパクトを使って変身って、私以外の人が……ええと、出来るようにすることは可能?」
他の人も出来るのかという質問だと、現状無理なら速攻で不可能だと言われそうなので、少し聞き方を工夫してみた。
(設定変更が可能か否か、といことなら、出来なくはないがお薦めはしない。こっちの人間の体では、魔法少女への変身に耐えられないからな)
「耐えられない? え、私の体って、こっちの人と違うの?」
(構造的にはほぼ同一だ。しかし、こちらの人間は母親の腹の中にいた頃から魔素と共存しているから魔法への抵抗力がそれなりにある。そして変身時、それが
抵抗?
抵抗があると危険で、抵抗がないから安全? ゲームなんかだと、魔法抵抗はないよりあった方が良いわけだけど、ゲームから離れて考えると……ああ、確かに抵抗が小さい方が良い事例は結構あるね。
「つまり私は魔法に対して超伝導物質だから、魔法が通り抜けても熱を発したりしないけど、こっちの人は魔法に対して常伝導物質で、魔力は通すけど、その際に熱やら何やらが発生する、みたいな?」
(細かい部分は大間違いだが、大筋は合っている)
「なるほど。てことは、私って攻撃魔法を喰らっても、抵抗が0な訳だから魔法が通過したりするの?」
あれかな?
『魔法抵抗力0の魔導士。魔法抵抗力低すぎと魔法学園から放逐された俺が、すべての魔法をすり抜け無双する』
みたいな?
(いや、魔法が引き起こした物理現象の影響は普通に受けるし、魔法の効果がとても浸透しやすいので、肉体は中までしっかり影響を受ける。表面だけではなく内側にもダメージが入るので、一般人よりもひどいことになるだろうな。そうならないための戦闘服だ)
「……つまり常時
世の中魔法使いだらけなのだ。
いつ流れ魔法が飛んでくるやも知れない。
そうなると対策は常時コスプレ? それは嫌だなぁ。
「ねぇ、イライザ、陽菜ちゃん、誰と話しているのぉ?」
「ああ、メーナには聞こえてないのか。本人曰く、精霊だそうだ」
「……私は笑うべきなのかしら。それともイライザを病院に連れてくべきなのかしらぁ?」
「陽菜が異世界から来たことは信じたんだろ?」
「異なる世界については可能性が論じられているもの。でも、精霊はこの世界の人間には干渉しないと告げて去っていったと碑文に残されてるわよねぇ、かつて精霊がこの地にいたことは否定しないけど、今ここにいると言われたら首を傾げざるを得ないわよぉ」
ふたりは小声で話していたが、しっかりと私の耳にその声が届いていた。
まあね。私の感覚に翻訳すれば、『あの娘、神託少女で神様と話してるんだぜ』と言われたのと同レベルだしね。
そりゃ、正気を疑うか、さもなきゃ冗談だと笑い飛ばしたくもなるよね。
「管理精霊さん、メーネさんにあなたの声が届くようにしてもらえる?」
(承知。だが、聞き手を増やすのはいいが、最大で300万人程度までにしておけ。上限を超えると、繊細な制御ができなくなり、受け手が魔力酔いを起こすようになる)
「いや、300万人って何事よ?」
てゆーか、そこまで増やせるあたり、本当に神様みたいな能力があるんだね。
正直、かなり甘く見てたかも。
(……さて、メーネよ、聞こえているな? 私は此度、こやつの導き手を拝命しておる管理精霊だ。お前がこの世界に於ける富と力のそばにいるのなら、此奴に力を貸すことを許そう)
「精霊……ねぇ。確かに声は聞こえるし、すごい力も感じるけど、本当に精霊と証明できるのかしらぁ?」
(当然だ。何を持って証明とする? 天変地異か? お前の手が届かぬ宇宙から、隕石でも呼び寄せて見せようか?)
おおお。
地球の宗教だと、神を試すなかれとか、神は力を振るわないとか言うけど、こっちの精霊はそんな制約はないんだね。
「そうねぇ。では、時は5時間後。この国の北部海岸線を、この国の魔力に手を付けず、今に倍する魔素で覆って頂けますかぁ?」
(ほう、
「リズお姉ちゃん、実利ってどういうこと?」
「ん? ああ、魔素は国家の財産だからね。増えればそれは国が富んだのと同じなのよ。無許可魔法行使が罪になるのは、国の財産である魔素を勝手に消費するからなんだけど、まだ、そこまで本は読めてないみたいね」
「危険だから禁止されてるわけじゃないの?」
「攻撃魔法を使った場合は、また別の刑罰が追加されるわよ?」
追加されちゃうんだ。てことは、こっちの裁判は併科主義とかいうやつなのかな?
併科主義というのは、『ひとつの行為』で発生した罪は、全て加算して刑罰を科す。という考え方。
例えば何かの弾みでお巡りさんに殴りかかったとすると、当てはまる罪名は傷害罪と公務執行妨害などだ。併科主義では、これらの刑罰を加算して執行する。それに対して日本では、それが計画的ではないならどれかひとつ、一番重い刑のみが科されるのだ。
まあつまり、こっちで何かやらかした場合、日本よりも重い刑が科される可能性があるってことだね。用心しよう。
それにしても魔素は国の財産扱いなんだ。そりゃ、無断で勝手に使ったら怒られるよね。
……って、あれ?
「魔素が増えても、それって国の財産が増えるというだけで、メーネさんは得をしないのでは?」
「普通ならそうなんだけど、メーネの実家には魔力食品作ってる部門があるのよ。魔素が増えると分かっているなら、その増分の幾ばくかをこっそり使って生産量を増やせば儲かるわ。警察の検出器では、魔素が思いっきり増えて、そこから少し減った、という風にしか見えないでしょうし、結果的に魔素の総量が増加するのなら、ばれる心配もないわね……って、そんなことより、陽菜、変身しないの?」
「ああ、その話は無事に流れたと思ったのに、忘れてくれないんですね……仕方ない。それじゃ変身しますけど、眩しいので、絶対に見ないで下さいね?」
私は立ち上がり、コンパクトの中央の水晶に触れながら目を閉じると、
「
と囁く。
アニメなんかなら音楽が流れて謎の光でシルエットしか見えない女の子がスローで踊りながら変身するところなのだろうけど、私の変身は一瞬だ。
風に包まれたかと思った直後、ふわり、と体が浮き上がり、目を閉じていても分かる強烈な光があたりを包む。
「目がぁ! 目がぁ!」
目を押さえてのたうち回るメーネさんを、きちんと学習してしっかり目を閉じた上、両手で目を覆っていたリズお姉ちゃんが苦笑交じりに助け起こす。
「メーネさん、大丈夫ですか? だから見るなって言ったのに。暫く残像が残ると思いますから、落ち着くまでは椅子に座っててくださいね」
「うーん、メーネはともかくとして、昨夜も思ったんだけど、子供向けに愛とか希望とかを体現するには、少々黒すぎる服装ね。陽菜の所では、黒が希望や愛の象徴だったりするの?」
魔法少女の服装は、デフォルトだと半袖の黒のセーラー服っぽい何かだ。スカーフと、カラーと袖口の線は白だが、他の部分はただただ黒い。もうね、
ちなみに、色々な意味のある短剣符だけど、脚注として使われることの他、その形を墓に見立てて、没年や、絶滅種であること、その単語が死語であることを示すのにも使われたりする。
たとえば魔法少女†とか書いたら、魔法少女さんはお亡くなりになってるか、魔法少女という種が絶滅したという意味(もしくは、その単語は死語とか)だし、魔法少女†2020だったら、没年2020年の魔法少女さん、という意味になることもあるので、†を使う方はホント、気を付けていただきたい。
そんなことを考えていると、メーネさんが復活してきた。
「……それが魔法少女の装束なのね? 面白い形よねぇ。私は可愛いと思うけどぉ」
「まあデザインは悪くないわね。襟元のリボンや三本線とか、黒地に白だから目を引くのも面白いわ」
「あー、この服はですね。中学……私の国で12歳くらいから通う学校の、女子の制服なんです。で、本来はもっと布地が固くて体の線が出ないし、スカート丈も長いんですけど……」
「小さな子供が憧れる、素敵なお姉さんを意匠化してるのかしら? ……まあ、それは置いといて……その銃、相変わらず派手ね」
「仕様らしいです。私の好みはもっと渋いヤツです」
ガンメタルとか
まあ、自転車関連の服やヘルメットなんかは視認性をあげるために派手目な色を選択していたけど、私は根っこの部分では地味子なのだ。
「メーネ、それで、魔法少女の何を観測したかったんだ?」
「幾つか確認をしたかったのよぉ……デリア、トレーラー内の計測記録をチェック。ええと、陽菜ちゃんの服装が替わった瞬間を0として、マイナス60からプラス60までの変化をグラフにして表示」
『了解しました』
「あ、有意の変動が観測できない場合、個別の表示は不要よぉ。マージ版だけお願いねぇ」
メーネさんの周囲に半透明のフロートディスプレイが立て続けに表示される。
それをメーネさんが楽しそうに見ている。
「そしたら、取りあえず魔素量と照度、魔力反応のグラフを重ねてぇ、あ、室内気圧もかなぁ。陽菜ちゃんがキーワードを口にした所から、光が消えるまでの所を網掛けにして、光を放ったところに赤の縦線を入れて、と。うん。これで時系列の傾向を見ると……変身のキーワードを唱える少し前から魔素が増大しているわねぇ……気圧変化もキーワードの少し前から、かしら? で、キーワードの瞬間、魔素が一気に低下して、魔力、気圧が増加して、照度が振り切れてるわねぇ……あら? デリア、このグラフはトレーラーの積載重量よね?」
『はい。キーワードの少し前から、少し軽くなり、光が収まると少し重くなりました』
「んー……変身して衣類や銃が出てきたんだから、その分重くはなるってことなのかしらぁ?」
『軽くなった理由は不明ですが、重くなった方に関しては、その論で概ね説明可能かと思われます』
「なるほどねぇ……でも本当に魔素消費がないのねぇ……まさかとは思うけど、魔素消費分を自分で生み出してるのかしらぁ?」
「だから警察が無許可魔法行使を観測できないってこと? あり得ないわよ」
「従来の魔法理論に喧嘩を売ってるわよねぇ……あら? あらら? デリア、この魔力量、単位を間違えていないかしらぁ?」
『自己診断、並びにローデータの整合性を確認します……異常なしを確認しました。正しい数値です』
あらあらと、頬に手を当て首を傾げるメーネさん。
リズお姉ちゃんは、メーネさんの前にある半透明のフロートディスプレイをひょいと摘まんで引き寄せ、グラフを確認する。
……あの立体映像っぽいフロートディスプレイって、摘まめるんだ。ビックリだよ。あ、もしかして平面画面上を摘まんでピンチインするようなジェスチャーの親戚なのかな?
「魔力がどうしたのよ……って、何この数字。小さい都市国家の1日の消費魔力を上回ってない? でも、あれ? 直前のデータだと室内の魔素量は増えてるけど、これだけの魔力を生み出せる量じゃないわね」
「もしもその魔力を生み出せるだけの魔素が充満していたらぁ、私たちは死んでいたでしょうねぇ」
「え、魔素って浴びるだけで危ないものなんですか?」
「多すぎると危ないわねぇ、でも少量なら生命活動が活性化するのよ?」
ああ、それは程度問題ってことですね。大抵の物質には致死量とかあるし。
人間は酸素も水も塩もなければ死ぬけど、それらにも致死量があり、過剰摂取すれば、場合によっては命の危険もあったりするのだ。
「それにしても魔素量保存の法則があっさり崩れてるように見えるわね。すべての技術の基礎なのに、どうなってるのよ」
何その質量保存の法則をパクったみたいな名前。
と考えた瞬間。
魔素が魔力になったり、魔力が魔素になったとき、変換率は常に一定で、この世界の魔力の総量は保存される、みたいない法則だと、神様がインストールしてくれた魔法の知識が教えてくれた。
ただし一度魔力になってしまった魔素が元に戻るには、気が遠くなるほどの時間が必要となるし、人工的な魔力の魔素化は実験室レベルでしか成功していない。とも。
魔素が質量を持った物質で、魔力が物質をエネルギーに変化させたもの、みたいな関係かな?
でも、魔素から魔力への変換は簡単だけど、逆は自然環境下ではまず起きない。
だから、この世界では魔素が減少し続けているのだ。
そんな環境だからこそ、魔力に変化する前の魔素の管理が行なわれていて、無許可魔法行使は逮捕されちゃうんだね。
「魔素量保存の法則が崩れた事例が一件だけ知られているわよねぇ」
「もしかして創世記のこと? 世界に魔力が齎され、魔素と魔力の循環が始まったっていう」
「そうよぉ。原初、世界に魔素はなく、あるとき、精霊の手により魔力が世に溢れ、魔力が魔素に変じて今の世界が始まった。だったかしらぁ?」
メーネさんの言葉に私は首を傾げてリズお姉ちゃんに質問した。
「昔は魔法がなかったんですか?」
「と、言われているね。でもそれって、私たちの祖先が石を砕き、粘土を捏ねて道具を作っていた頃の話で、当時の記録では世界に無数の門が開き、そこから魔力が放出され、同時に私たちは知恵と魔法を与えられた、だったかな? それが精霊との最初で最後の
「よくそんな時代の記録が残ってましたね」
石を砕いてというのが石器時代あたりを指すのなら、記録を残すのが無理とまでは言わないけど。
地球の文字のオリジナル――まだ文字と呼べるほどには洗練されていない『原文字』が歴史に登場したのは紀元前7000年くらい。時代で言えば新石器時代。
表意文字というよりも、絵や記号であったそれが文章を紡ぐようになるまで、人類史では1000年近くを要したわけだが、文字があるのなら記録されていたとしても不思議はない。とも思う。
ただまあ、碑文を刻んだとしても、よくそれが残っていたなぁ、解読できたなぁ、という事の方が驚異に感じるけど。
「魔法と共に、知恵の一つとして文字も伝えられたから、記録が残ってるんだよ。まあ、聖典って形での碑文だから、事実と異なる部分もあるかもだけど。当時は不思議な魔法があったとか、まあ作り話じゃないかと言われる部分もあるけど、精霊がこの世界に魔法を齎したことは事実として語られているね。で、その時、世界に魔素と魔力が突然現れたけど、以来、世界の魔素と魔力の総量は変化していないと言われてるの」
「へぇ……でもさっきメーネさん、魔素を増やして欲しいって言ってましたよね?」
「精霊なら可能……というか、精霊にしかなしえない御業だからね。十分な証拠になると思うんだけど……はぁ」
リズお姉ちゃんは私を見て腕組みをして溜息をついた。
「人の顔を見て溜息つかないでくださいよ。何ですか、どうかしたんですか?」
「いや、この場にあった魔素量から説明が付かない魔力をひねり出した魔法少女がいるから、精霊にしかなしえない御業というのは間違いなのかな、と」
=====
補足?
>「目がぁ! 目がぁ!」
ごめんなさい。ちょっと魔が差しました。
>†漆黒のセーラ服†
漆黒だけならまだしも、ダガーを使ってしまうとは。
なお、私史上初ダガーでしたw
>小さな子供が憧れる、素敵なお姉さんを意匠化してるのかしら?
陽菜が素敵なお姉さんに見えない、とか思っていても言っちゃ駄目。
>小さい都市国家の1日の消費魔力を上回ってない?
消費魔素量でも大体同じ意味なのですが、消費する(消えませんが)のは魔力なのです。
都市部の電力使用量とは言いますけど、重油使用量とか言わないのと一緒。
>魔素量保存の法則
まあ、魔法のある世界なら、それに類する法則とかが発見されてる可能性もあるかな、と。
質量保存則とか、三平方の定理とかは、類似のものは発見されてますが、使い勝手の悪い法則と思われていたりして。
>E=mc自乗
マスはマテリアルと誤認している人とか多そうです(ごめんなさい、昔の私です)。あれです、質量投射装置、マスドライバーのマスなのです。
そして、セレリタス。光速という意味じゃありません。celeritasは速さ、迅速さ、などの意味のラテン語ですね。
>魔素量保存の法則が崩れた事例
まあ、反則なので、別に崩れた訳ではありませんが、そのように分析されているのです。
もしも世界を構成する法則の一部が壊されたら、きっと凄いことになると思います。
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