第9話 それよりももっと価値ある研究をしろ

「興味深いわねぇ。陽菜ちゃんは他にどんなことを知っているのかしらぁ?」

「えーと、私はそこまで記憶しているわけじゃないですけど、太陽系内の惑星の数が8個で、他にも惑星並みの大きさの準惑星が幾つもある、とか? 太陽系は直系が7000天文単位。銀河系は直系105700光年。あたりなら覚えてます。あ、光学じゃない、電波望遠鏡というのがあって、望遠鏡は地上にあるのをリンクさせたり、宇宙に打ち上げて大気の影響のない場所で観測したりとかやってました。それを使って他の恒星系にも惑星が確認されてましたね。木星型が恒星のそばを高速で公転しているのが多いって聞きましたけど、地球型のも見つかってます。木星型が多いのは大きいから観測しやすいというのもありますけど、公転のバランスが崩れた時にそうなりやすいのだろうと言われています」

「へぇ」


 メーネさんはすっと手を伸ばし、私の頭を撫でてそのまま胸に抱きしめた。


「この綺麗な黒髪の頭の中にどんなことが詰まっているのか、本当に興味深いわぁ」

「メーネ、待て。その前にこっちの事情を改めて説明するから。まず陽菜は異世界から精霊の上位存在の力で連れてこられたと主張しているわ。で、魔法少女なるよく分からない存在に早変わりする能力と、戦う力を与えられているのね。その上で、陽菜は命を狙われているらしいんだけど」

「そこまでは、昨日、このトレーラーの手配を頼まれたときに聞いたわねぇ。変身したり解除をしても警察が来なかったんですってねぇ?」


 メーネさんは私の頭を抱きしめて撫でながらそう言った。


「ああ、変身や解除はどう見ても魔法だったけど、警察からは連絡一つなかったわね。それで、よ。もしも命が狙われているというのが事実で、陽菜が死んだ場合、陽菜が言うところの異世界の知識は失われることになるわよね?」

「それは大きな損失ねぇ。少し話しただけでも、陽菜ちゃんの知識はとても貴重だと分かったわ」

「だから、メーネがこうやって来てくれたのは好都合だ。メーネの所の力を貸して貰いたい」


 リズお姉ちゃんがそう言うと、メーネさんは私を抱擁から解放し、目を細めて笑った。


「うちの? それってつまり私の実家の、って意味よねぇ?」

「ああ。異世界を信じるかどうかはさておき、陽菜の知識が非凡であることは、メーネも認めてくれるでしょ?」

「そうねぇ。それがなくても陽菜ちゃんみたいな可愛い娘は保護したいしぃ」


 そう言いながら再び抱擁しようとしてくるメーネさんの手から逃れた私は、


「あの、私に関する取り決めをするのなら、私にも説明をお願いします」


 と主張してみた。


「ああ、メーネのお父上はこの国の傭兵の過半数が登録している大手ギルドの頭領マスターなんだ。ギルドでは戦争などの際に国と傭兵の間に入って条件を調整したりするし、平時でも護衛や夜警、力仕事と言った依頼を効率よく割り振ったりしてる。だから、陽菜を守って貰えるように頼めないかなって思ってたのよ。本当は先に陽菜と話をして、その情報を元にメーネに取引を持ちかけるつもりだったんだけど、手間が省けたわね」


 傭兵、ですか。

 相手を撃滅してやろうとまでは考えていないから、物理的な力はそこまで欲しくないけど、味方の人数が増えるのは単純にありがたい。

 相手の正体を突き止め、その動向を監視して貰えれば、接近される前に逃げることも容易にできるようになる。

 戦いにおいては――それが情報戦や外交であっても、物量は正義。ここは是非とも協力を取り付けたい……けど。


「対価に払えるような情報があればいいんですけど」

「あらあら、自己評価が低いわねぇ。さっき陽菜ちゃんから教えて貰った月の大きさの求め方だって、私からしたら十分すぎる対価よぉ」

「でも、ほぼ自力で思いついてましたよね?」

「その思い付きに至る切っ掛けを得ることとか、思い付きを形にするというのは、後から見たら簡単に見えるものなのよ」


 ああ、コロンブスの卵か。この世界でも似たことがあったりしたのかな?


「でも、割と簡単そうなのに、なぜ、という疑問はありますけど」


 私がそういうと、リズお姉ちゃんは大きな溜息をついた。


「そういう所、陽菜は本当に異世界人なのかもって思うよなぁ」

「そうねぇ」

「いいかい陽菜。そもそも、宇宙に目を向ける者なんて、20年前までろくにいなかったのよ」

「はい? 月も太陽も星も、はっきり見えるものなのに? こっちじゃ、原始時代から星や月に興味なかったんですか?」


 それらは、見ようと思わなくても見えてしまうものじゃないの?

 それに、農業をするなら、一年の正確な長さを知ることはとても重要だ。

 地球じゃ、紀元前5600年くらいから古代エジプトで農業が始まって、その農業と密接に関係するナイル川がほぼ365日に近い周期で増水することを知って暦を作っていた。その暦は太陽ではなく、シリウスソティスの観測と、ナイル川の観察によるため、太陽暦ではなく、ソティス暦、またはソティス・ナイル暦と呼ばれていたりする。


「農耕を行なうなら、暦は重要ですよね? 私たちは、だから星の運行を調べる所から天文学を発達させました。あと、外洋を航海する時に使う天文航法航行でも星の知識が必要になります。それに、自分の足下を知るためにも空を見る必要があるはずです」


 星空はその美しさで多くの人類を魅了してきた。でもそれだけではない。私たちはそこから様々な情報を読み取っているのだ。

 種まきの時期が誰にでも分かるようになれば、収穫量は安定するだろうし、雨期や乾期、台風の時期の予想ができるようになれば、それに備えることもできる。

 六分儀で星の高さを調べ、現在の緯度が分かるようになれば、外洋航海で的外れな場所に流れ着く可能性は半分に減らせるし、人類にとってもっとも身近な天体である地球を知る上でも、空の星々から学べることは多い。


「それ、陽菜の世界には魔法がないってよく分かる発言だよ。私たちは自分たちの手が届く範囲のことなら魔法で分かるから、空を見上げる必要はほとんどなかったんだ。地球の大きさはね、空を見上げたりせず、魔法を使って調べたんだ。地球が球体だと知ったのも魔法によるものだったね」

「そうねぇ、魔素が届く範囲のことなら、魔法で分かっちゃうわけだしぃ、魔素が届かない宇宙のことは知る必要がないって人が多かったのよねぇ。それよりももっと価値ある研究をしろってね」


 ああ、そうか。価値観がそもそも違うんだ。

 メーネさんの言葉を聞いて腑に落ちた。

 江戸時代にあった幕府天文方は、徳川幕府が宇宙の魅力に取り付かれたから資金を出していたわけではない。

 あれは究極的にはお金儲けのための研究だった。

 正しい暦は農業には必須のもので、その他各種迷信とも絡み合って天文方は存在していた。


 正しい暦、大陸間貿易に必要な外洋航海技術。

 星の観測は地球ではお金になったのだ。だから研究者がいたし、研究を始めるハードルも低かった。

 しかし、魔法で地上のことが分かるのであれば、正しい暦すら魔法で作ることができるかもしれない。

 それどころか、種を撒くのに最適な時期を調べる魔法が研究されていてもおかしくはない。その研究ならお金になるからだ。

 また、この世界の世界地図には大陸が一つしかなかった。利潤が大きく、数隻に一隻が沈むような大陸間貿易ギャンブルは行なわれなかったということだ。沿岸航法なら天体観測の重要性はかなり低下するし、必要なら現在位置を知る魔法を研究するという選択肢が、この世界の人類には与えられていた。

 もちろん、そんなこととは無関係に星に情熱を傾ける研究者もいただろうが、お金にならない研究では情熱を持った者が死んだらそこで終わりだ。食べていけない研究では、後に続く者も滅多に出てこないだろう。


「あれ? でも、それならなんで今になって宇宙に目を向け出したの? 20年前くらいからだっけ? なんでそんなタイミングで?」

「こっちの手が届かない高度7千メートル以上に上昇する方法を相手だけが持っていたら、みたいな戦術・戦略の論文が書かれたのがきっかけね」


 この世界にはレーダーはない。

 検出器と呼ばれる魔素の働きを調べる魔道具で上空の監視ができるそうだけど、それは魔素がある高度7千メートルまで。

 自軍の監視能力に自信があるほど、努力はそれを向上させる方向に働くものらしく、精度、水平距離は最初の頃とは比べものにならないほどに進化しているそうだが、元からある、魔素がない場所は監視できないという穴は残ったままなのだそうだ。

 したがって、相手が魔素のない高高度から攻撃してきたら、魔法でそれを感知できないし、こちらの攻撃も届かない。

 ひたすら一方的に殴られるだけだ。

 だから、魔素が届かない領域に手を伸ばす必要がある。


 つまり、リズお姉ちゃんが研究しているのは、そういうものなのだろう。


「まあ、そんなこと言いつつ、私がやってるのは、魔素限界高度の7000メートルを超えて、成層圏界面の50キロまで上昇しようって研究なんだけどね」


 地球の大気圏は、下から対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏に別れているが、大気圏と宇宙空間を隔てる仮想の線、『カーマンライン』(カルマンラインとも言う)は国際航空連盟FAIによって海抜高度100キロと定められている(80キロに見直す可能性も示唆されている)。

 100キロというのは熱圏に入って直ぐのあたりで、電離層があってオーロラが形成されたりする高度だったりするが、国際航空連盟FAIの言う宇宙の定義はシンプルに、空気が薄くて普通の航空機では揚力を得られなくなる高さということで100キロと規定している。別にそこに何かがあるわけでも、そこから先、唐突に空気がなくなるわけでもない。

 なお、米軍の定義では50海里ノーティカルマイル、92.6キロ以上が宇宙とされているし、同じアメリカの連邦航空局では80キロ以上を宇宙と定義している。そしてもしも外気圏から上を宇宙とするならば、高度1万キロから先が宇宙ということになったりもする。

 それぞれ自分なりの定義があってのことなので、どれも間違いではないのだが、たとえば国際宇宙ステーションISSがあるのは高度400キロだったりするから、まあ、その辺は宇宙でもいいんじゃないかな、というのが私の考えだったりする。


 で、リズお姉ちゃんが目指す高度50キロの成層圏界面。これは成層圏上端と中間圏下端の境目で、オゾン層の上端と言い換えてもいいのかな?

 気圧は覚えやすい数字で海面の1000分の1気圧。

 そんなに空気が薄いのなら、もう宇宙でいいじゃんって思わなくもないけど、いわゆる流れ星は高度150キロから50キロあたりで光っているわけだから、高度50キロあたりに人工衛星を飛ばすことはできない。


「高度50キロですか。生き物の感覚ではほぼ真空ですけど、流れ星が燃えるのはもっと上ですから、空気抵抗を無視はできませんね」

「やっぱりそうなんだね。だから、魔素と酸素を持ち上げないとならないわけよね」

「太陽からの放射線の影響もありますし、気温もかなり低くなるはずです。それにしても、よく成層圏界面とかを知ってましたね?」


 高度7キロまでしか上がれないのでは、大気圏の構造を正しく認識しているのかも怪しい。

 それなのに、どうやって高度50キロの世界を知ったのか、と私が問うと、リズお姉ちゃんは苦笑した。


「知ったわけじゃなく、単に推測と計算ね。上に上がれば気圧は下がる。酸素も薄くなる。そこまで行けなくてもオーロラは見えるし流れ星も見えるわ。それらを説明するための理論がここ20年で多数生まれ、生き残ったのが現在の最新の知識なの」

「それはそれで凄いですね」

「ところで陽菜の所じゃ、どんな風にして、空気が薄いところまで人を運んでたの?」

「最初の内は宇宙に上がった生き物が生存できるのかの動物実験でしたね。小さなカプセルに生命維持装置と通信機を取り付けて、制御された爆発に近い燃焼の反動で打ち上げるんです。燃料がなくなったら、タンクを切り捨てて自重を軽くして、を繰り返して高度を上げていくスタイルが一般的でしたね。カプセルは上げっぱなしで回収なしだから、多くの動物が犠牲になりました。でも、私たちはそうやって情報を集め、人間が乗れる大きさのカプセル作って打ち上げたんです。重力がなくなると空気や水の対流もなくなったりしますので、道具類は色々工夫されました」


 対流の話から、宇宙服の話に繋げようと思っていたのだが、リズお姉ちゃんは別の部分が気になったようだった。


「空のタンクを捨てながら上昇するんだ?」

「実際には空になったタンクとロケットエンジンとかの燃焼装置も切り捨てるんです。重いとそれだけ燃料を消費しちゃいますから」


 私の返事にリズお姉ちゃんは不思議そうな顔をして、メモに多段式ロケットの概念図を描いた。


「何段になるかはしらないけど、三段構造と仮定して、一番下にタンクとエンジン。その上にもタンクとエンジン? で、一番上にカプセルのくっついたタンクとエンジン。こんな感じかしら?」

「まあ、ざっくりとそんな感じですね」

「ねえ、このカプセル部分と二段目のエンジン、三段目で持ち上げるわけだけど、無駄じゃないの?」


 ああ、計算が面倒な質問が来てしまった。

 そう。空のタンクを捨てるだけなら、不要なウェイトをパージするってことで理解できるんだけど、一緒にエンジンとか捨ててるんだよね。

 捨てずに使えたら、エンジンを余計に持って上がる必要がなくなるわけだからその分軽くなるわけで、子供の頃はそれが不思議だったっけ。

 でもその疑問に到達できるということは、リズお姉ちゃんは正しく、今さっき聞いたばかりの多段式ロケットの概念を理解しているってことだよね。


「一番下のエンジンは、全部を持ち上げるから一番大きくて重いんです。二段目は三段目を切り離しますから、持ち上げる重量が少ない分、捨てたエンジンより小さくて軽いエンジンで上昇できます。細かい計算は省きますが、結果として、大きくて重いエンジンのまま上昇するより、切り捨てた方がお得になるわけです」

「なるほどね……あれ? でもそれならこんな風に」


 リズお姉ちゃんはメモに、細いロケットを束ねたような絵を描いた。


「複数のエンジンを並べたらどうなのかしら? 燃焼のエネルギーって、束ねたら意味なかったりする?」

「意味はありますよ。私たちも、大きなロケットは一番下の段にその絵のようにロケットブースターを追加して高い推力を得ています。で、上昇に伴って燃え尽きたブースターを切り離すんです。このブースターは推力を得ることが最優先なので、軽くてパワーのある固体燃料のロケットブースターを使ったりしますね……まあ、でも、それだけじゃ不足なので、上の方は多段式になってたりします」

「あら? 固体の方が軽くてパワーがあるの?」

「液体燃料と違って、固体燃料は冷却システムも断熱材もポンプも不要ですから、本体は液体式より軽量化できます。それに液体式よりも広い面積が燃焼しますから得られる推力も大きいです。構造もシンプルですから、ガワを作るだけなら簡単です。ただ、いったん点火すると、燃料がなくなるまで燃焼しますし、燃料が偏っていたりすれば、それだけで爆発する危険もあります。あと、一定よりも大きくしてしまうと、内圧に耐えられなくて爆発します」


 固体燃料ロケットは、ロケット花火と同じ構造だ。

 火薬を詰めたプラスチックケースがロケットのモーターケースで、中に詰まった固体燃料を燃やして上昇する。一度火を付けたら、燃えるがままで、燃焼の中断、推力の調整、再点火などはできない。そして欲張って火薬を詰めすぎればケースが破裂する。まあ、まっすぐ上がるためになら使えるが、実体はロケット花火なので、それ以外の用途にはあまり向かない。


「あと、複数のエンジンをカプセルの側面に並べて、押し上げるのではなく、引っ張り上げるというやり方も考えられました。不要なエンジンをロケットブースターのように捨てていけば、軽くなるし……でもこれはカプセルとエンジンを繋ぐ部分の補強や、エンジンまで燃料を押し上げる仕組みとかが必要だから現実的じゃありません」


 タンクが連なったロケットの先端に、傘のようにエンジンを並べたイラストを描いてリズお姉ちゃんに見せる。

 それは、背の高いキノコのような形だった。

 最後までエンジンを残すには、上の方、カプセルの部分にエンジンがなければならないので、エンジンの数を最小にするなら、そんな形になってしまうのだ。


「そうなの?」

「エンジンの切り離しとかは一番下の段だから成立するんです。失敗して切り離したエンジンがロケットの燃料タンクとかにぶつかったら大変なことになります。それに、エンジン点火したら、ロケットの、まだ燃料が入ったタンクが加熱されちゃったりもします」

「なるほどね」

「ふうん。かなり信憑性があるわね……ところで液体燃料は何を使うのか知ってる? ガソリン、だっけ?」

「それは内燃機関用ですね。ロケットはたしか……液体酸素、液体水素、ヒドラジン? サターンはケロシンだっけ? 私が作り方が分かるのは酸素と水素くらいですけど」


 酸素と水素なら電気分解で作れる。

 永久磁石と銅線があれば発電機は作れるし、壺と塩水と銅と亜鉛があればボルタ電池くらいなら作り方は知ってる。

 だからやろうと思えば少量の酸素と水素を取り出す程度ならできなくもない。

 地球では、ボルタ電池こそ西暦1800年に作られたけど、最古の電池(バグダッド電池)は紀元前に作られている。電池とはそれほど古い技術なのだ。

 紀元前、何に電気を使っていたのかは明確じゃないそうだけど、金属メッキに使われていたという説が濃厚らしい。

 いずれにしても、道具さえあれば私は電気を作り出せる。多分。

 それが出来るなら、酸素と水素も取り出せるだろう……液化する方法は冷やせばいい。

 もっとも、冷蔵庫の基礎的な仕組みなら知っているけど、酸素、水素が液化するほど冷やす方法は知らない。


「ヒドラジン? ヒドラの毒でも使うのぉ?」


 何に興味を惹かれたのか、メーネさんがすり寄ってくる。

 てか、胸に抱きしめて頭を撫でるのはやめて。


「いえ、それはないです。私の世界には魔物はいませんから」


 ぐいっと、メーネさんの平らなお腹を押して、その抱擁から抜け出しながらそう答える。

 まあ、淡水に住むうにょうにょしたヒドラっていう名前の生き物なら地球にもいるけどね。

 細いイソギンチャクみたいな姿で、ミジンコなんかを触手の刺胞で麻痺させて捕食するやつ。

 再生能力が強く、増やしたいときは適当に幾つかに切ってあげればそれぞれがヒドラに再生する。切ったら再生して増殖するのは、プラナリアだけの専売特許ではないのだ。


「ヒドラもドラゴンもいないなんて、平和ねぇ?」

「ヒドラとかドラゴンって、危険生物なんですか?」

「もう絶滅寸前だけど、ヒドラはそうねぇ。毒をまき散らして水源や土地を汚染するから、発見されるたびに軍が対応するわ。傭兵の稼ぎ時でもあるわねぇ……ドラゴンは、昔は危険だったけど、安全に狩る魔法が開発されたから、今では空飛ぶ鉱山扱いねぇ。稀少素材の塊だから、乱獲されて秘境に逃げこんだわぁ。絶滅されると素材が取れなくなるから、今は保護期間。危険な魔物と言えば野生のスライムとか小型の魔物の方が危険かしらねぇ」


 なるほど。

 ヒドラは害獣としてニホン絶滅させられるオオカミポジションで、ドラゴンは乱獲により気付いたらニッポニア絶滅寸前で保護ニッポンポジションなわけだ。


「下水にスライムを飼ってるって聞いたんですけど、それとは種類が違うんですか?」


 私の問いに、リズお姉ちゃんが答えてくれた。


「ああ。別種だね。野生動物にも他の動物の死体を食べる腐肉食動物スカベンジャーがいるでしょ? 下水で飼われてるのは、それのスライム版の、更に品種改良種ね。熱を嫌うから、恒温動物からは逃げ回るわ」

「へぇ……でもなんで、天然スライムは危険なんですか?」

「あー、奴らは食べ物を体の中に取り込んでゆっくり消化吸収するから、その体はとても柔軟で、5ミリ程度の隙間なんかにも平気で入り込むのよ。町中に入り込まれたら、換気口とかから屋内に侵入できちゃうくらいでね。で、住民を飲み込んで窒息させて、食べる。食べたら、分裂する。後はその繰り返しで増殖しまくるわけ。昔はスライムに滅ぼされた村とかもあったらしいわ」


 どこにでも入り込む……つまりはGかな?

 しかも住民を殺せるGで、住民を食べて増殖するわけか……それは怖い。

 私は自分の肩を抱いて震えた。

 そして、そんな私を見逃すメーネさんではなく、


「大丈夫よぉ。最近は、撒いたり建材に練り込んでおくだけでスライムなんかの小型の魔物が侵入できないようなお薬もあるんだから」


 などと言いながら私を抱きしてめて背中をポンポンと優しく叩く。


「小型の魔物っていうのは?」

「ああ、魔鼠まそとかだね。普通の鼠よりも歯が丈夫で、素早く、中々死なない。こいつらはスライムほどじゃないけど、町に入り込むと、インフラが破壊されるんだ」


 水道管とか囓られるのかな?

 あれ?

 魔法を基礎とした文明に下水ならともかく、上水道はあるのだろうか?


「インフラって、具体的には?」

「魔素伝達パイプね。それがやられると、水もライトも使えなくなるし、パイプ内の魔素で魔鼠は凶暴化するしで大騒ぎになるわね」

「ねぇ、陽菜ちゃん。それは良いんだけど、そろそろ見せて貰えないかしらぁ」

「え? 見せるって何を?」

「ま・ほ・う・しょ・う・じょ」


====

補足?

陽菜が色々語っていますが、それらは陽菜がうろ覚えの記憶で話しています。

全然違う、まではないと思いますが、微妙に不正確な部分もあると思いますので、ご了承下さい。


>価値観がそもそも違う

魔法と科学では、様々な価値観が異なるはずなのです。

ここでは天体観測の価値の違いについて書いていますが、おそらく、もっと広範囲に違いがあるのではないかと、

どんな怪我も、大した代償なく治せる治癒魔法が一般化した世界には、傷薬とか絆創膏は存在しないでしょう。みたいな。


>いわゆる流れ星は高度150キロから50キロあたりで光っている

ザクには大気圏を突破する性能は無い、とか。

どこに落ちたい? とかは、大体この高度でのできごと。


>重力がなくなると空気や水の対流もなくなったりしますので、道具類は色々工夫されました

対流がないから、上手に廃熱したり、熱を均等に動かしてやらないとなのです。


>固体燃料ロケットは、ロケット花火と同じ構造

極論です。

固体燃料ロケットには導火線はありませんし、点火方法とかも違いますからね。

ただ、理屈として、筒に固体燃料を詰めて点火して打ち上げる、というあたりが同じという意味です。


>ところで液体燃料は何を使うのか知ってる? ガソリン、だっけ?

7話で、陽菜が内燃機関の説明をした際に、燃料としてガソリンを使うのだと説明していまして、エリザベスはそれを覚えていたのです。


>ヒドラジン? サターンはケロシンだっけ?

サターンはケロシンです。


>ボルタ電池こそ西暦1800年に作られたけど、最古の電池(バグダッド電池)は紀元前に作られている。

よく作れたと感心したものです。

鍍金に使われてたという説はあります。が、じゃあ、その仕組みで電気が起きて電気で鍍金できるってなんで分ったのだろうか、とか。

まず電池があって、それでたまたま銅メッキとかしちゃった、とかならなくもないかな?(その気がないのに電極を銅メッキしてしまった経験ならあります)。


>淡水に住むうにょうにょしたヒドラっていう名前の生き物なら地球にもいる

はい、います。

増やすのが簡単なので、飼っている実験室も多いと思います。

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