第15話 20秒で可能な範囲で装備を整えて整列
「敵襲? って、もうひとりの魔法少女?」
(うむ。先ほど急速に接近してきて、距離500のあたりで停止している)
慌ててコンパクトを開き、水晶を確認すると水晶は真っ赤に染まっていた。
どうしよう。
いや、相手は動いていないんだから、慌てず冷静に。
まずは、MP7A1のマガジン内にスタンボルト弾を再装填する。
「距離は変わらず?」
(うむ)
「次があったら、急速接近中の段階で教えてほしいんだけど」
今回は相手が手前で止まったけど、強襲されてたら危ないところだった。
もしも相手が広範囲を攻撃できる武器を持っていたら、どうなっていたか。
(甘えるな。世界を創り賜うたお方からの神聖なる使命は、お前が魔法少女としての務めを果たすための補助だ。質問をされれば
甘えてたんだ。と気付かされた。
今回の件は、私が実銃に触って浮かれて油断しまくっていたのが全てで、管理精霊は手遅れになる前に教えてくれたんだ。
そう考えると責めたり何かを要求するのはおかしいか。
「ごめんなさい」
(うむ。許そう)
さて。
それはさておき、敵襲なわけで、どうしたものやらだね。
周囲を見回すと、リーンさんが持ってきた大きな荷物から、防具や武器を取り出すリズお姉ちゃんたちがいた。
リズお姉ちゃんはボディアーマーを身につけ、メーネさんはガトリングガンや、始めて見る魔道具を取り出しては石の台の上に並べていた。
「メーネさん、イライザさん、一体何を?」
そして、そんなふたりを前に、管理精霊の声が聞こえないリーンさんはオロオロしていた。
そりゃそうだよね。私が急に試射をやめたと思ったら。ふたりが荷物を漁り始めたんだから。
(おいお前達。無駄なこととはするな。魔法少女に通常兵器は通用しない。そして、魔法少女の本気の攻撃を止められる防具はない。私ならお前らの手足を撃って、こいつが助けに来たところを狙い撃ちにするが?)
「あっちから急速接近してきた以上、接触は避けられないと思うんだ。ふたりの気持ちは嬉しいけど、ふたりを守りながら戦うことになったら勝てそうにないから、ここは退いてくれると助かるかな」
管理精霊の言葉に、迷いを見せていたふたりは、私の言葉に頷き、撤退を選択してくれた。
「リーン五等官。傭兵ギルドの上位者として命令するわねぇ。これより、私とイライザを連れて撤退戦を開始すること。緊急時だから説明してる時間がなくて理不尽な命令でごめんだけどぉ、戻ったらちゃんと説明するからねぇ」
「……了解しました。以下の情報をください。荷物は個人が装備できる以外はこちらに放棄でよいでしょうか? また撤退戦なら、敵の種別、数、方位、距離を教えてください」
「荷は放棄。用意してくれた分は戻ったら支給するから請求してねぇ? 敵は砲手、数は1、距離は500でぇ」
メーネさんがちらりと私に視線を向けたので、開きっぱなしのコンパクトで青い光点のある方を確認して指を指す。
それを見たリーンさんは一切の事情を聞かずに頷いた。なるほど。腕の良い傭兵だって話だったけど、この判断力と理解力は確かに凄いね。
「では、各自、私の指揮下に入ってもらいます。20秒で可能な範囲で装備を整えて整列。武器より防具を優先せよ! 陽菜さんはいいんですね?」
自分の装備を整えながらリーンさんがそう尋ねてきた。
「はい。相手の防具は私の武器じゃないと抜けません。負けるつもりはありませんが、リズお姉ちゃんたちを頼みます」
「任せて。それじゃ陽菜さんに精霊の加護と幸運があるように……よし、準備出来たな? 私の後ろに、メーネ、イライザの順に着いてこい。何かあれば声を上げろ。それ以外では声を上げるな。暫定目標は本日入ってきた門とする。撤退開始!」
リーンさんは手榴弾のようなものを片手に、魔法少女と真逆の方向に向かって小走りに走り出し、前方のフェンスに向かってそれを投げつけた。
数瞬の後、音もなくフェンスが白い煙に変化し、全員その煙の中を突っ切っていった。
「すごい……けど、私も見てないで行動しなきゃだね」
石の台の上に、リズお姉ちゃんたちが広げた武器が並んでいた。
しかし使い方すら分からないものも多く、今から調べている余裕があるかも分からない。
(山刀があるな。敵は森の中だ、そいつは持って行け)
「これ? 随分大きいね」
持ち上げたそれは、柄の部分を入れたら、70センチくらいはありそうで、ずっしりと重かった。そして見た目は凶悪そのもの。
が、しかし、森の中を行くのなら確かに必要そうなので、鞘に着いていた留め具を使ってアイテムボックスのベルトに取り付けてみる。
「あ、アイテムボックスに入れても良かったのかな?」
(ほら、急げ)
「ええと相手はあっちで……でも……」
(おい、どこに向かってるんだ? 方向が違うぞ?)
「まっすぐ進むとフェンスにぶつかるからね。迂回するよ」
(好きにしろ)
フェンスの外に出て、コンパクトで確認しながらフェンス沿いに移動を開始する。
これ、フェンスのそばは綺麗に草刈りしてあるからコンパクトを見ながら歩けるけど、森の中に入ったらいちいち見てらんないかもしれない。
今までの所、相手に動きはない。
森の中でなにやってるんだろ?
それとも、魔法少女のいる辺りは森を抜けて開けた場所になってるとか?
「うわ……」
フェンス沿いは草刈りがしてあり、そこに面した森はとても陽当たりがよく、雑草の生育に適した環境になっていた。
そして今、コンパクトはその雑草の茂みの方向に進めと言っていた。
私の身長よりも高い雑草の壁に、どうしたものかと数歩後ずさる。
(このために持ってきたんだ。山刀を使え。茂みがあるのは入り口だけだ。中は陽当たりが悪いから、ここまで生えてはいない。その山刀は魔道具だから、相手が植物なら、軽く当てるだけでお前の腕くらいの太さの枝なら切り払える)
なるほど。これって魔道具なんだ。
私は山刀を腰から抜こうとして、MP7A1が邪魔になることに気付いた。
うーん、敵のいるそばでどうかとも思うけど……私はMP7A1を小さいステッキに戻し、コンパクトにしまった。
(何をやっているんだ)
「や、もしも暴発でもして、自分の足とか撃ったらやだし。念じるだけで出てくるなら、これでいいかなって……」
鞘から山刀を抜く。
うん。片刃で両刃なところは日本刀みたいで格好良い。直刀で、刃が真っ黒なのは悪役っぽくていまいちだけど。
山刀を抜き、国定忠治みたく顔の前に立ててみる。
俺には生涯お前という、つえぇ味方が、あ、あったのだぁ。
(何をやっているんだ?)
「気分転換?」
国定忠治はそのシーンしか知らない。
確か栃木か群馬の人。
うん。軽く振ったら触れただけで草とか小枝がぽろぽろ落ちる。
何この切れ味?
ビックリして剣をマジマジと見ると驚くことに、刃は付いていなかった。
刃の部分が丸くなっていて……なるほど。物理じゃなくて魔法で切ってるのか。
ぶんぶん振り回すだけでそこそこ広い道ができあがっていく。
なるほど。
これが魔法なんだね。
これだけ草を切って通路を作るとかすれば、それだけで疲労困憊しそうなものなのに、全くと言って良いほど疲労を感じない。
500グラムくらいの鉄の塊を振り回しているから、その分の疲れはあるけど、一振りで奥行き30センチ、幅50センチくらいの草が刈り取られていく。
切った草はそのまま残っているので、それは引っ張り出さないとだけど。
そうやって、ものの数分で私は森の中に侵入していた。
森の中は陽当たりが悪く、だからこそ背の高い雑草は少なかった。
背の低いのとか灌木はポツポツ生えてるけど、射撃場までの道のりと比べてみても大差なし。という程度の歩きにくさだ。
うーん。それにしても。
私はもう一人の魔法少女の狙いが分からなかった。
どうにもボタンの掛け違いがあるように思えてならないのだ。
私なら、奇襲出来るチャンスは逃さない。というのが最初の違和感だった。
あれだけ油断しまくっていた私に対する攻撃がなかった。
罠を警戒したのかな、と思ったんだ。最初は。
でもさ、全方位に罠なんて仕掛けられるはずがない。そんなことしたら、仕掛けた本人が動けなくなる。
まあでも、14歳ってことだし、そういうのが分からずに攻撃を躊躇していたという可能性ならあるかな、と思った。
でもさ。
私は今移動してるわけだから、これ見たら、罠の可能性は低いって分かるよね?
MP7A1はしまっちゃったし、なんで私は攻撃されてないんだろう?
相手が例えば攻撃完全反射とかの
でもお互いに凄い能力を持っていると仮定した場合、それこそ奇襲でも仕掛けないと勝負が成立せず千日手になりかねない。
あと考えられるのは、相手の武器が遠距離向きじゃないから、森の中に罠とか仕掛けて待ってるという可能性?
いや、ステッキの仕様が私と同じなら、魔法の投射用の武器になるから、遠距離攻撃に向かない、ということはない筈だ。今までの管理精霊の言葉からも、相手は遠隔攻撃能力を持っていると考えるべき。
色々な可能性を考えるほどに、初っ端の奇襲攻撃がなかったことと、今に至るまで攻撃されていないことに対して、私はとても強い違和感を感じていた。
「なんで相手は攻撃してこないんだと思う?」
(知らぬ。コンパクトでお前のいる方向を確認できる以上、今まさに強力な魔法を撃つ準備をしていてもおかしくはないがな)
「強力な魔法ねぇ」
私はまだ、自分に出来る最高威力の魔法がどの程度なのかを確認できていない。
地球に存在する銃弾や、それらの類似品を生み出してみたが、それは地球でも手に入るレベルの銃弾に過ぎない。
弾頭が物質から魔法に変化するスタンボルト弾は地球にはないけど、弾頭が雷撃魔法になっただけで、非殺傷を目指した分、物理的な威力は普通のフルメタルジャケットの銃弾よりも弱い。
魔法はイメージだというのなら、たとえば。
発射された銃弾が50m以上離れた後で、100グラム以上の固体に触れたらその場で弾頭がエネルギーに変化する。みたいなのも作れるのかな?
1グラムが100%エネルギーになった場合にざっくり90兆ジュールになるって話だから、弾頭が2グラムなら180兆ジュール。相手は死ぬ。
……まあ、銃弾の射程距離内でそんなエネルギーが発生したら私も死ぬけどさ。
あ、発生したエネルギーに指向性を与えられたら良いんじゃない? 魔法少女の防具って慣性制御してるっぽいし、出来るんじゃないかな?
あと、同じような条件で反応する量を弾頭全部じゃなく、もっと減らしてやれば安全な熱兵器のできあがりだね。うん。
慣性制御ができるなら、全てを停止させる
……って、いかんいかん。どうにも好戦的になってるなぁ。私ってこんなんだったっけ?
(どうした? 急に立ち止まって)
私は自分が考えていた魔法の銃弾についてを説明し、実現可能だろうかと尋ねてみた。
(可能だな。コキュートスは多くの魔素を生み出す必要があるが、インフェルノであれば必要となる魔素量は微々たるものだ……だが、周辺への破片の飛散などの影響を考えると、コキュートスを使うことを勧める)
「でも、コキュートスは射程距離が短いんだよねぇ。銃弾の射程距離って考えると200mくらいかな? だからもしも魔法少女が遠距離攻撃をしてくるようなら、こっちは遠距離からインフェルノ一択になるかな」
(そうか……うむ、まあ仕方あるまいな)
珍しく、困惑気味な管理精霊に、私も困惑の色を隠せなかった。
=====
補足
>傭兵ギルドの上位者として命令するわねぇ
命令する=責任を取るという意味ですね。
>緊急時だから説明してる時間がなくて理不尽な命令でごめんだけどぉ
リーンさんも似たようなこと言ってましたし、この傭兵組合の合い言葉なのかもw
>20秒で可能な範囲で装備を整えて整列
40秒で支度しな!
まあ、装備類を並べた状態からなのと、武器を持つ必要はないという判断で20秒です。
地球だと、ボディアーマー背負って拳銃と予備弾倉を詰め込む。くらい? メインウェポンは持たないレベルです。
実際、目の前に物があれば、慣れると15秒くらいでお釣りが来ます。
#十分な装備を整えるのならまったく足りません。あくまで緊急時用です。
>自分の足とか撃ったらやだし
多くの場合、弾丸が入っていないと思っていた銃で事故が起きます。
なので、マガジンを空にしても安全ではないと考える陽菜なのでした。
>片刃で両刃なところは日本刀みたい
日本刀は剣と違って片方にしか刃がなく、反対側は峰になっています。これを片刃。
刃の断面を、刃の部分を下にして見ると、左右両方が斜めになっています。これが両刃。大工道具のカンナの刃は片側だけが斜めなので片刃。片刃には二つの意味があるのですね。
ちなみに西洋の剣のように峰がなく、両側に刃があるのは両刃、または諸刃。諸刃の剣、なんていいますけど、あれは自分の方にも刃があって危ないということです。
>国定忠治みたく
昔、旅行先で芝居やってるのを見たり(観劇したわけじゃなく、たまたま宿の宴会場で食事してたら何やら始まった、みたいな?)しました。
知ってるのは
「赤城の山も今宵限りか」
ってあたりだけで、前後が全く分からないです。
これと双璧を為す、私にとってよく分からない芝居は、「別れろ切れろは芸者の時に言う言葉」という台詞があるヤツで、そのシーン以外は覚えていません。何見て覚えたんだろう?
>1グラムが100%エネルギーになった場合にざっくり90兆ジュール
一応エクセル使って計算してみました。
1グラムが8.98755E+13ジュールでした。
まあ、エネルギーなので、取り出せる形への変換が必要になるわけですが。
なお、広島型原爆のエネルギーは諸説ありますが、55~63兆ジュールと言われていますね。
>魔法少女の防具って慣性制御してるっぽいし
慣性制御。夢の技術ですよね。慣性系を自由に作れたりしたら、宇宙が崩壊するんじゃなかろうかw
>全てを停止させる氷結地獄(コキュートス)
インフェルノに対応するものとして、陽菜はこちらの単語を連想しました。
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