第5話 峰打ちが出来る短機関銃

 

 本(?)を閉じて眠りに就いてしばらくした、おそらくは深夜。

 私は悪夢にうなされ目を覚ました。

 布団を被ったまま、暗い室内に視線を走らせ、まだ見慣れない室内に誰もいないことを確認して安堵の息をはく。


「……なんかやな夢見ちゃったよ」


 真っ暗闇の中、発光でもしているのか、その姿だけは見える自称神様が、


『あなたは異世界魔法少女になるんです! なるんです……なるんです……』


 とセルフエコー付きの大音声で迫ってくる、そんな夢だった。

 真っ暗闇の中逃げ惑った私は、見えない崖だか穴だかに落下して、その落ち続ける感覚を感じつつも神様の声だけは暗闇の中で響き続けていた。

 そして周囲が強烈な光に包まれたところで私は目を覚ましたのだ。

 落下する夢ってことは、膝を立てて眠ってたのかな?

 それにしても、


「あの圧はさすが自称神様って感じだったけど」


 首筋が少し冷えてきたので、私は羽毛布団を頭まで被り。


「何これ!」


 布団が擦れる感覚で足の違和感に気付いた私はベットから飛び出した。

 そして暗い部屋の中、足に手を伸ばしながら視線を下に向けると。

 寝る前は、寝間着代わりに買ったスエットの上下を着ていたはずなのに、今は黒のセーラ服っぽい何かを着ていて、足はタイツに包まれ、更に膝上丈のブーツに覆われていた。

 慌ててドレッサーに向かい三面鏡を開く。と、同時に、三面鏡に組み込まれたライトが自動点灯し、私の姿を照らし出した。


「……ええと? いや、待って待って」


 髪はツーサイドアップ。後ろ髪を垂らした状態で、左右の髪をツインテっぽくした髪型で……ってそんなことはどうでもいい。

 問題はもっと別にある。

 例えば髪の色が蛍光ピンクになっていて、頭部に読書用の物とは違う、大きな丸い紅玉(ルビー)をあしらった金色のサークレットが嵌まっている。

 顔には私の面影があるけど、面影を探さないとならない程度には別人にも見える。よく見れば目の色が青。カラコンじゃなさそう。で、お化粧はナチュラルメイク濃いめ。

 うわ、よく見れば眉毛もまつげも蛍光ピンクだ!

 首には深紅のチョーカー。立派な蒼玉(サファイヤ)が輝いている。

 体は黒のセーラー服っぽい何か。

 いや、まあ、黒のセーラーカラーに白の三本線。スカーフは白。

 パタパタと触ってみた感じ、脇が開くタイプで、左胸には小さなポケット。スカートは上着と同じ色合いのプリーツ。

 と、これだけ聞くとスタンダードっぽいんだけど、服の素材がレオタードかってくらいに柔軟性があって、肌に密着して体のラインが丸見えになっている。

 布地にそれなりの厚みがあるからレオタードほど丸見えじゃないけど、これはないわぁ。

 もう少し胸があれば、こういうラインを出す服も良いけどさ。何これいじめですか?

 それにスカートのミニさ加減ときたら。膝上何センチよこれ。むしろ、股下何ミリなの? 姿勢によっては股上になりかねないよ?

 ちらりと捲ってみたら、アンダーには何か履いているっぽい。素材的にはスク水っぽいけどセパレートになってる? その下には下着穿いてるみたいだけど。つまりこれはアンダースコート的な代物なのかな?

 そして、黒のストッキングに包まれた足は、膝上までのブーツっぽい何かに覆われていて、ブーツは結構ヒールが高め。5センチ位はあるかな? これで走ったらこける自信があるわ。

 ブーツとサークレットとチョーカー以外は、セーラー服の特徴がなくもないけれど、私はこれをセーラー服とは認めない。

 中学の頃に着てたから分かる。

 いや、もしも着てなくても分かる程度にこれはひどい。


「そうだ、コンパクトのカウント? ……え?」


 コンパクト、と考えると目の前にコンパクトが現れた。こう、瞬間移動的にシュパッと。

 カウントダウン、と考えると、コンパクトがひとりでにパカリと開き、水晶が見やすい位置にふわりと移動する。

 そして、水晶に表示されていたカウントダウンは止まっていた。まあ数字がゼロになってるしね。


「……アイテムボックスに入れといてもカウントが進むんだ……」


 やられた。騙された。

 三面鏡に向かって反省のポーズを取っていると。

 コンパクトの中からミニチュアのピンクのステッキが飛び出してきた。

 そして、光をまとって私の目の前にふわふわと浮かぶ。


(力が欲しいか?)


 低くて中性的な、でも多分女性の声がそう言った。


「なんてテンプレ……結構です。間に合ってます。いらないです。お引き取りください」


 押し売りには誤解の余地がないように、きちんとはっきり言わないと駄目って聞いたことがある。


(では答えよ。お前にとって、敵を討ち滅ぼす力とは何か?)

「話を聞いて! 『答えよ』じゃないわよ! 何さらっと無視して話を進めようとしてるの! ……って、無反応? よし分かった。それならええと? お花とか? 歌とか? 笑顔とか話し合いとか愛とか希望とか、とにかくそういう平和路線! 間違っても武器とかはいらないです」


 一瞬、脳裏に先ほど突きつけられた銃のイメージが浮かぶ。

 それが切っ掛けになってしまったのだろう。


(武器か……イメージは理解した)


 小さなピンクのステッキが強烈な光を放ち、光が大きなステッキの輪郭を作り出す。

 そして、光が消えたとき、そこには蛍光ピンクの短機関銃が浮かんでいた。

 ぶっといサイレンサーとハンドガード。

 頑丈そうなストック。

 そして少し曲がった形状の細身のマガジンが特徴的なそれは、私の知っているエアガンに酷似していた。


「待って待って。なぜにH&KのMP5SD? こんな旧式でどうしろと?」

(お前の中で、これがもっとも汎用性に優れた力であったわけだが)


 あー、この銃については愛美ちゃんが熱く語ってくれたし、初めて撃ったエアガンだったからなぁ。

 ちなみに私が名前と形を一致させられる強そうな鉄砲は、MP5とその後継のMP7、あとM16程度しかない。

 で、MP5は愛美ちゃんから世界中の特殊部隊が採用していた歴史やら優れた性能やらを延々と聞かされてたから、一番印象に残ってるんだよね。

 拳銃も幾つか知ってるけど、片手の指で足りるくらい?

 名前だけ知ってるのを入れても両手の指が余る……まあ愛美ちゃんにそれは銃の名前じゃなくてメーカー名だとか、弾丸の規格だとか言われてたから、違うのも混じってるんだろうけど。


「やり直しを要求する。せめてMP7A1とかにして」


 MP5SDは、ドイツのヘッケラーコッホで開発された短機関銃のひとつだ。

 短機関銃という分類はとても面倒で、以前愛美ちゃんに説明してもらっても理解できなかった。なのでここでは連射機能がある、兵隊が個人で携行可能なライフル弾というのを使わない鉄砲とする(ライフル弾を使うのは軽機関銃というらしく、別物なのだそうだ)。

 MP5SDは、MP5という短機関銃がベースになり、ストックやマガジンの形状、サイレンサーの有無などによってMP5、MP5A1~5,MP5K、MP5SD1~6と様々なバリエーションが存在する。

 中でもSDは昔、ドイツで発生したハイジャック事件で対テロ特殊部隊が使った事で一躍有名になったそうで、愛美ちゃんはこの無骨なデザインとかが大好きなのだと、熱く語ってくれた上に、電動式のMP5SD5のエアガンを撃たせてくれたのだ。

 だがしかし。

 どんな名銃であっても、所詮は1960年代に設計された銃である。

 今でも現役で使っている国もあることから、その性能は折り紙付きなのだろうが、いかんせん設計が古い。

 たとえば、最近の短機関銃なんかには、銃に様々なオプションを搭載するための仕組みが付いている。

 映画などでたまに、兵隊さんが銃にフラッシュライトやレーザーポインターをマウントして、暗い屋内をライトで照らしながら安全確認クリアリングするシーンがあったりするけど、あのライトなんかのオプション装着方法、昔は銃本体に専用の穴とかがあったらしいけど、最近は銃に幅20mmの金属レールを装着しておき、規格化されたオプションを好き勝手にレールに固定することができるのだ。そうした設計が、MP5にはないし、MP5の拳銃弾では、ボディアーマーを撃ち抜けない。だからせめて後継のMP7A1を……って違う!


(MP7A1だな?)

「待って待って待って。武器いらない。私戦わない。みんなお友達。OK?」


 そうだった。

 武器なんて持ったらそれこそ自称神様の思惑通りになっちゃう。


(自衛の手段がないとお前が死ぬかも知れないが?)

「……おっとなるほど、私はディフェンス側なのね? ……でも銃で撃ったら相手が死んじゃうよね? ゴム弾とかもあるの?」

(銃弾は魔力で生成され、その性能は、使用者のイメージを反映する。お前が手加減すればいい)

「……峰打ちが出来る短機関銃なわけ?」

(峰はないが、相手を殺さないという意味でなら可能だ。ゴム弾でも、雷撃魔法弾でも、何なら回復魔法弾でも自由自在だ)

「ところで、今更だけどあなたはどなた?」

(いと尊きお方により生み出された管理精霊だ。この度2万年ぶりにお声がけ頂き、お前を導くよう仰せつかっている。名前はまだない)


 なるほど。

 まあそうだろうとは思ってたけど、やっぱりこれは全てあの胡散臭い自称神様の仕込みって訳なのね。

 戦わないと死んじゃうなら、さすがに自衛はするけどさ。


「でも、やっぱりせめてもう少し新しいのがいいな。それとできれば安全なヤツ」


 そう呟いた私の目の前でピンクのMP5SDの輪郭が歪み、MP7A1が出現した。

 ごっついサイレンサーが付いていて、オプションはフラッシュライト、スコープ、ドットサイトがセットされている。ストックはMP5SD5と違って伸縮式。通常は本体に収納されている。

 セレクター位置は白。安全装置は掛かってるね。マガジン形状はバナナみたいに曲がってて、MP5のよりも幅広?

 今はふわふわ浮いているけど、落ちて暴発でもしたら大変なので、私は恐る恐るピンクのMP7A1を手に取った。


「ねえ、なんで蛍光ピンクなの? サイレンサーどころかマガジン、マウントレールや各種オプションまで」

(光輝にして高貴なるお方からの色指定があるのだ。気に入らないなら蛍光イエロー、ラメ入り純白などへの変更許可は出ているが、どれもこれより目立つぞ?)

「いやいや、オリジナルは黒なんだし、せめて薄茶色タンカラーとかさ。迷彩にしろとは言わないけど、もっと地味な色はないの? これ、500m先からでも視認できるよ? 私、狙われてるんだよね? それなのにこれって、私に死ねって言ってる?」


 返事はなかった。

 仕方ないので手の中のMP7をいじり回すことにする。いざという時に使えるようにきちんと確認しとかないとだしね。構造がエアガンと同じだと良いんだけど。

 肩紐スリングを首に引っ掛け、落とさないようにする。これやらないと愛美ちゃんがスッゴイ怒るんだ。

 で、本体に収納されていたストックをカシャンカシャンと二回伸ばし、肩に当ててみる。ちょっと長いかな? 一段戻そう。

 フラッシュライトで壁を照らしてみると、さすがに光は普通の青みがかった白。ピンクじゃなくてよかったよ。

 照準器はなぜか二種類付いている。

 右に出っ張るようにしてドットサイト。これはエアガンで触ったことがある。ガラスに光点が映し出されていて、ガラスを覗いたときに見える光点の位置に弾が当たるはず。レーザーサイトと違って、相手に光を当てるわけじゃないから、相手に気付かれないらしいけど、これって正面から見たら、どうなるんだろ? 明るく見えたりしないのかな?

 ドットサイトは右側に45度ほど傾いて装着されているため、照準を合わせるには銃を斜めに保持しないとならない。が、まあ何とかなりそうだ。

 もうひとつは銃身の上にある望遠鏡みたいなヤツ。

 いいスコープは高くて手が出ないと愛美ちゃんが嘆いていたのを思い出しながら中を覗き込む。


「倍率低めだけど一応望遠鏡になってるんだ。でも屋内だから距離が近すぎるのかな? 全然ピントが合わない……接眼レンズに近すぎると見えにくくなるんだ。それに離れすぎても駄目、と。レンズまでの適正距離は指一本の長さ分離れたくらいかな? あ、ズームもできるんだね。でもなんで照準がふたつも付いてるんだろう? あ、と、そうだ、弾、弾」


 安全装置兼、セミオート、フルオートを切り替えるためのセレクターレバーが白い部分を指していることを確認し、引き金には触れないように気を付けながらマガジンを取り出す。

 マガジンの中は空だった。

 そう言えば、魔法が銃弾とか言ってたっけ?


 ゴム弾、出ろ!

 ゴム弾、入れ!

 ゴム弾、装填!

 ゴム弾をください!


 などと念じてみてもマガジンは空のままだった。

 魔法は使い方が分かったのにこっちは使用方法をインストールしてくれなかったみたいでさっぱり分からない。。

 家電とか、取説は読まない人だけどさ、今は切実に取扱説明書が欲しい。

 しかたないので、マガジンを元通りにセットして、ドットサイト越しに壁に狙いを付けてみる。

 そのままの姿勢で管理精霊さんに声を掛ける。


「ねぇ、こっちの世界だと、町中でこの銃を持ち歩いていても通報されない?」

(使わないときはミニチュアにしてコンパクトの中に入れておけば良い。馴れれば念じるだけで出し入れが出来るようになる。まあその色なら、誰かに見られてもおもちゃだと思われるだろうがな)

「やっぱり目立つよね……ところでさ、もっと目立たない服装とかないの?」


 壁の照明のスイッチを狙いながらそう尋ねてみる。もちろん、安全装置は掛けたままだ。


 それにしても体に密着したセーラー服ってどうなんだろう?

 こっちだとこれが普通? ……いやいや、ホームセンターにあった衣類は軽くチェックしたけど、少し派手目なだけで、ここまで体のラインが出るようなのはなかったし。


(デザイン変更はできない。色は何種類からか選択可能だが、恐らく現状が最も地味だ。純白ラメ入りシースルーなどが好みなら変更するが。ああ、もしも服を隠したいのであれば上着を着ることは許容されている)

「おおっ! なら上にコートを着れば」

(なお、許可されている上着はこれだ)


 鏡に映っている私の上半身にフライトジャケットっぽいコートが重なった。

 色は緑。そして腕やら胸やらに見慣れないワッペンが多数付いている。

 裾丈は割と長目で、ファーの付いたフードがある。

 まあこれ着ても服は隠れそうなんだけど、スカート丈が短いから、前を閉めたら中に何も着てないように見えそうで嫌だな。


「ええと? これがアリなら普通のコートを羽織ったりするのはどうなのかな?」

(許可されていない衣類で衣類を隠した場合、魔法少女の魔法で作り出された戦闘服がすべて消え去る)


 私は慌てて胸元から中を覗き込み、スカートの中に手を入れて、水着(?)の下の下着を確認した。

 それらは、私の持ち物ではなかった。

 つまり、この状態で指定以外のコートなんかを着た場合、すべての衣類がキャストオフされてしまい、裸にコート一枚の銃を持った変態さんが誕生する、と?

 てか、これは戦闘服だったの?


「まあ……納得は出来ないけど、理解はできた。うん。ところで、私の命を狙うのは誰なの?」


=======

補足?

陽菜の主観だと、陽菜が知らない情報とか勘違いしている情報がそのままになってしまいますので。。。


このお話を書くために、マルイのMP7A1のガスガンとドットサイトを買いましたw

いや、ドットサイトって使った事がなかったもので。

アメリカにいた頃、現地の知人にライフルを撃たせて貰ったことがあるからスコープは使った事あったのですが、ドットサイトは触れる機会がなかったのでs。


MP5SD。SDはドイツ語でSchalldämpfeの略で、消音器(サイレンサー。サプレッサーとも)のことです。だからSD系はごっついサプレッサーが特徴。

そのイメージがとても強かったので、うちのMP7にも消音器を付けてます(エアガンなのに)。ちなみに、MP7の実銃に消音器はかなり無駄です。それについてはいずれ本文で触れます。


MP7A1の銃弾はかなり特殊です(ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、ボディアーマーを貫ける銃弾が開発され、それを使える銃としてMP7(当時はPDW)が開発されました)。

弾頭重量はMP5が使用する拳銃弾などよりも遙かに軽いです。

その銃弾のラインナップにゴム弾はなかった筈です。

当然、魔法弾もありません。

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