第4話 妖精のお姉さんは架空の存在だよね
ホームセンターで荷物を受け取る方法は中々に未来的(?)だった。
自動車を駐車場の一角に停車させると、ロボっぽい何かが箱を抱えてきて、ルーナちゃんが開けた後部ハッチにそれを入れてくれる。
入れる場所が足りなかったらどうするんだろ?
まあ、ルーナちゃんがうまいこと調整するんだろうけど。
「自律稼動するロボットとかあるんですね」
「何言ってるの。さっきからあなたが乗ってるルーナもその仲間でしょ?」
「おおっ! 言われてみれば」
二足歩行こそしないけど、確かに対話して命令通りに動いてるし、自律稼動するロボだね。
「あとそういうのはロボットじゃなく、ゴーレムって言うわね。一応、重量物搬送機械式筐体自律思考なんちゃらって長ったらしい名前があるけど、みんな昔ながらのゴーレムって呼んでるわ」
そんな話をしていると、まるで学校の校舎のような建物のそばにある駐車場にルーナちゃんが車を入れて停車した。
「ルーナちゃん、到着したの?」
どう見ても学校っぽい敷地なんだけど、この世界ではこういう場所に住むのだろうか。
『はい、到着です。目的地は、ここから30mほど奥にある建物です』
「こっちよ。荷物は……結構重そうね。ルーナ、ゴーレムを……」
「あ、アイテムボックスがありますから、大丈夫です」
「ああ、そうだったわね。個人でアイテムボックスを持ってるってことは、陽菜は割といい所のお嬢さんなのかも知れないわね……この箱ごと入るかしら?」
「ええと……あ、大丈夫です」
アイテムボックスのジッパーに触れ、箱に触れて収納しようと考えたら箱がアイテムボックスの中に移動していた。
重い荷物もこれに入れてしまえばお買い物は楽になりそうだね。お米とかお醤油とか。
あれ? でもこの世界、和食系はあるのだろうか?
テンプレ的には、そういうのがないことも多いけど、この辺りの気候しだいかな……っと、そうだ、これ、服を買う前に先に聞いとくべきだった。
「リズお姉ちゃん、このあたりって、夏の暑い日の最高気温はどのくらいですか?」
「面白いことを聞くのね。最高気温? 去年は25度くらいだったかな。平均気温は20度前後。今年の夏はまあ、ちょっと暑くなるかもって予報だけど。ちなみに冬のはたまに氷点下になるくらいだったわね」
「なるほど……夏は過ごしやすいけど、冬はそれなりの寒さ対策が必要そうですね」
気候的にはファンタジー小説によくある、ヨーロッパ風の世界に近いのかな?
たしか、イギリス辺りがそんな感じだったはず。
ワンピで肌寒かったけど、今、これで夏だったんだね。空気の感じから5月くらいかと思ってた。
「そうね。これから夏本番だけど、冬までに色々と思い出して家に帰れると良いわね」
リズお姉ちゃんの言葉から、私がどのように考えられているのかが理解できた。
記憶喪失、もしくは、正気を失っている外国籍の少女というところだろう。
「さて。これが私の家よ。見ての通り、学校の管理者用の住居ね。それなりに広い家だけど、使う場所は掃除してあるから」
「使う場所は掃除してある? じゃあ私が寝る場所は?」
「客室がひとつ、使える状態になってるわ。部屋数が多くて、手が回らないのよ。陽菜には悪いけど、明日は、閉鎖してある部屋の掃除とかを一緒にお願い」
「分かりました。あと、お料理とかは教えて下さいね? 道具の使い方とか、素材とかが知ってるものと違うかもしれないので」
私がそう言うと、リズお姉ちゃんは黙って目を逸らすのだった。
客室に通された私は、ベッドの上に先程買ってきた諸々を広げる。
部屋にはベッドがひとつ、三面鏡のドレッサーがひとつ、それと多分テレビ。あと、小さなタンスがひとつあったので、私は早速買ってきた物からタグを外してタンスに収納する。
アイテムボックスは便利だけど、出し入れが面倒なので、アイテムボックス内の衣類の半分もタンスに収納する。
で、とりあえずワンピースを脱いで、室内着兼パジャマとして買った、綺麗な青のトレーナー、グレイのスエットパンツに着替える。
屋内は廊下まで含めて全部暖房が入っている。剣と魔法の世界なら暖炉とかなんだろうけど、天井から暖かい空気が吹き出しているし、床も暖かい。まあ、寒いよりはいいよね。
ちなみに屋内は全面にカーペットが敷かれていて、土足厳禁でサンダル履きというルール。
「陽菜ー、晩ご飯できたよー!」
キッチンの方からリズお姉ちゃんの声。
料理は不得意そうだったから若干の不安はあったけど、この短時間で何か作れたのなら、手際はかなりいいのかも?
「はーい!」
キッチンに向かうと、電子レンジのような箱からインスタントと思われる樹脂製の容器に入ったシチューを取り出すリズお姉ちゃんの姿があった。
リズお姉ちゃんは、広いキッチン中央にある大きな作業台のようなテーブルにそれとパンが入った籠を並べる。
まあ、これも手際が良い、と言えなくもないのかな?
効率的ではあるし。出前よりも安く済む。後は美味しければ問題はない、と思うことにしよう。
「はいこれ、今日のところは食器はうちのでいい? ならこれね。で、こっちのカップに粉入れて、お湯を注いでお茶と、あとはパン……ロールパンで良い?」
「あ、はい」
まあ、料理が苦手なのに無理して妙な物を出されるよりも、インスタントの方が安全だし、日本でもお茶なんて、お湯を注ぐだけというのは割と普通で、食事がシチューならパンという選択肢も何もおかしくはない。しかし、キッチンには5人家族でもいけそうな大きな冷蔵庫があるし、コンロも鍋もフライパンも、割と何でも揃っているようにも見える。
「リズお姉ちゃん。食べる前に、ちょっと冷蔵庫、見せて貰ってもいいですか?」
「いいけど、大した物は入ってないわよ?」
冷蔵庫を開けると、そこにはなぜか各種調味料が冷やしてあった。あ、お醤油っぽいものもあるんだ。これはラッキー。
それと、果物が何種類か。ベーコン、表面が乾燥し、角が半透明っぽくなりかけたチーズ。清涼飲料水とビールが数本。ちなみに入れ物はガラス瓶。まだペットボトルがないのかな? それか、石油が稀少とか?
冷凍庫にはレトルトっぽい何かがぎっしりと、凍らせた……パン?
野菜室? には正体不明の瓶詰め……ピクルスっぽいかな?
「リズお姉ちゃん、お料理するつもり、ないんですか?」
「たまにベーコン焼いたり、缶詰をちょっと炒めたりとかするわよ? この牛肉を繊維にまで解したのは、胡椒とケチャップで炒めると脂が溶けておいしかったりするし」
コンビーフかな?
刻んだタマネギとジャガイモ混ぜたのも好きです。
「普通、料理する人の冷蔵庫には、卵とか入ってません?」
「あー……卵は食べきれずに腐らせる事が多くてね。陽菜がいるなら、食べきれないってことはないだろうから、今度買っておくわ」
「ええと、卵、根菜類、葉物、お肉、あと、魚の切り身とかもお願いします。あ、あと穀物。米、麦、豆。あ、小麦粉もいいですね。それと牛乳とかかな?」
「ん、了解、明日届くようにしとく。それじゃ冷めないうちに食べようか」
「あ、はい……それでは、いただきます」
「いただき? ます? うん。食べよう」
リズお姉ちゃんの反応を見て、こちらの世界じゃいただきますと言わないのか、と妙なところだけ異世界を主張することにおかしさを感じつつシチューを一口。
「……おいしい」
「でしょ? これはプリメラ食品ってところの新作なんだけど、野菜が溶け込んだみたいな味で、お気に入りなんだよ」
「こんなのが簡単に食べられるなら、そりゃ、自分で作ろうって気にはなりませんよね」
「うん。ちなみに、あっちのレンジで5分。二皿なら10分ね。で、パンは冷凍してたのをあっちのオーブンで170度で5分焼いてるんだ」
「パンを冷凍保存するのって、初めて見ました」
「焼いて解凍するから、しっとり感はなくなるけど、焼く前提なら冷凍しとけば賞味期限切れてもイケルんだ。あ、こっちがバター、蜂蜜、リンゴのジャムね」
そうして、思いのほか美味しい食事が終わると、シチューの樹脂の皿はキッチンの隅にあるダストシュートのような所に放り込んだ。
「ダストシュート?」
「うん。下水にスライムがいて、有機物は食べてくれるんだ」
え、それって間違って生き物が落ちたら大変なことになるんじゃ?
そんな私の表情を読み取り、リズお姉ちゃんは苦笑した。
「安全対策はきちんとされてるよ。まず、下水に落ちる前に止められて、生き物はそこで保護される。万が一下水に落ちても、下にいるスライムは生餌は食べないし、熱が苦手だから、人やペットが食べられちゃうことはない。ちなみに、鉄やガラスとかを放り込むと、やっぱり途中で分別される仕組みかな。でも落ちたら怪我するかもだから、試しに落ちてみるとかはやめてね?」
「うん。分かった」
なるほど。
薄々そうじゃないかとは思っていたけどさ、この世界、どう考えても地球よりも進んでる部分があるよね?
そりゃ、全分野で優れているとは言わないけど、一般的に科学に分類される諸々は、魔法とのハイブリッドとなることで、私の知るそれを上回っているものもある。
スプーンを食洗機に放り込むと、丁寧に『手洗い』してくれる。洗浄に特化したゴーレムの手で綺麗にされた皿は、食洗機横の食器棚に自動的に搬送される。
私はそれを飽きることなく眺めていた。
お風呂は概ね、理解可能だった。
自動的に頭髪、体を洗ってくれるモードもあるようだが、それを使わなければ日本のお風呂と大差ない。湯船もある。
お湯とシャンプーで体を浄め、温風を浴びながら髪と体を拭いて新しい衣類を身にまとう。
裸になってみて分かったことがひとつ。
私の体には傷跡などが一切なかった。子供の頃に足の甲にお湯をこぼしてちょっとアザみたいになっていたはずなのに、それもなくなってたし、鏡に向かって口を開けば、虫歯の治療痕もない。
視力は日本にいた頃よりもよくなっているような気がするし、各種感覚も鋭敏だ。
おそらく、私の体は地球から持ってきたんじゃなく、こちらで新たに再構成された新品なのだろう。前の体は色々壊れてたし。
改めて、自分は異世界に転生させられたのだと理解する。
脱衣所から出て部屋に戻ってベッドに寝転がる。
自宅は畳だったから、少し畳とお布団が恋しい。
ベッドに寝転がったまま額に手を伸ばし、リズお姉ちゃんから借りた本を開く。
本かな? 多分、電子書籍っぽい何かだと思う。
本体は、額に嵌める金属製の
どういう仕組みかは分からないけど、そこから光が出て、ちょうど読みやすい位置に立体映像っぽい本が表示されている。
頁に触れると、感触こそないけど捲ることもできるし、閉じる方法も別の本を開く方法も教えて貰った。なお、魔力が切れた場合は、10秒ほど水晶に触れていれば、人体が持つ魔力によって充電? 充魔力? するそうだ。
読めと言われたのは、子供向けの学習漫画みたいなものだった。
物知らずな男の子が、賢い女の子とふたりであちこち探検して、お姉さんキャラの妖精に色んな事を教えて貰うという内容だけど。
「妖精のお姉さんは架空の存在だよね? まさかリアル妖精とかいないよね? こっちの女の子のキャラはなんか耳が尖ってるし、こっちの説明キャラは妙に背が低いけど、もしかしてエルフやドワーフもいるのかな?」
この世界を理解するために本を借りたのだけど、むしろ謎は深まったようだ。
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