第3話 君が異世界少女?

 預かり証を貰ってカードを預けて、でも、それに入っているのが全財産だからとインスタントシルトカードというプリペイドカードっぽいのを発行して貰って、そちらにお金を移して貰う。


 カードに入力されていた私の年齢が12歳で、保護者不明ということから、この国の法律では先の花火事件は刑事責任能力のない子供のいたずら、という扱いになり、私は不起訴扱いになったらしい。

 私の魔法による怪我人や施設の損壊などがなかったというのも大きな理由だろう。被害者がいればまた話は違ったのかもしれない。いきなり攻撃魔法の試し打ちとかする度胸のなかった私、グッジョブ!

 で、私に対する扱いは現行犯逮捕された犯罪者に対するそれではなく、保護した子供に対するそれとなっている。

 即座に解放されないのは、保護者がおらず、私が「魔法が許可制である」と言った基礎的な常識を知らないから。そして、常識を知らないのに危険な魔法をそれなりに使えてしまうから。

 私が空に向かって撃った花火の魔法、あれは攻撃魔法じゃないけど建物を狙ったらガラスくらいは割れていたらしい。

 そんなわけで私は、専門のワーカーの元で観察となるそうだ。


 そのワーカーさんが、目の前のお姉さんである。


「あー、君が異世界少女?」

「何ですか、そのどこかのWEB小説にありそうな呼び名は」

「えーと……白瀬陽菜だったわね。それじゃ陽菜、君にはふたつの未来があります」

「ふたつの未来ですか」


 未来の顔?

 スペースコロニー『ヤヌス』で人工知能と戦争ですか?


 ワーカーさんは恐らくは妙齢の女性。たぶん。

 見た感じ、高校生くらいにしか見えないけど、まあ、こういう仕事してるんだから、学生って事はないはず。

 で、髪の毛ボサボサ。

 瓶底ぐるぐるとまでは言わないけど、かなり度が強そうな赤いセルフレームの眼鏡は指紋だらけ。魔法があっても近視って治らないんだね。

 で、スッピン。

 一応スーツは着てるけど、これを着とけば言い訳は立つよね、と言わんばかりのヨレヨレの紺のパンツスーツ。

 で、そこで見栄えを気にするのに力尽きたか、足下は茶色いスリッパみたいなサンダル。

 そしてトドメの、カラフルなシミがついた白衣。

 もうね、これを白衣と呼ぶのは白衣に対する冒涜じゃないかなって思うんだけど。

 シミの色が緑と赤茶だったら、陸自の迷彩服として売り出せるよ、きっと。


「選択肢のひとつ目。私の家に来る。家賃と食費は掛からないけど、自分の面倒は自分で見て貰うことになるわ。一応、生活費の補助があって、それは大家である私のカードに振り込まれるから、衣食住関連の費用は私が管理して支払う形ね。貰える額は少ないし、私が本業の方で不在になることもあるから、自活できないなら薦められないわね。選択肢のふたつ目。専用の寮に入る。ホテル住まいほどじゃないけど、宿泊費と食事代が必要。ただしそれを賄える程度の生活費があなたのカードに支給されるわ。子供にはこっちが楽だろうね……まあ、規律は結構厳しいらしいけど、食事は出るし、洗濯も頼めるから割とお薦めね。どっちにする?」

「規律が厳しいって言われても、程度問題かなって思うんですけど」


 修道院みたいな感じだろうか?


「たしか……起床は朝5時。トイレと洗顔の時間は15分。食事は20分。配膳と洗い物は自分で行なう。遅刻は腕立て伏せだか腹筋? ダイエットには向いてそうね。日中は座学と運動だったかしら?」


 あ、ダメだ。軍隊式だった。

 あれか?

 寮長はハートマン軍曹とか?


 口でクソ垂れる前と後にサーと言え! 分かったかウジ虫ども!


 とか言われちゃう?

 おっかしいなぁ。剣と魔法の世界で知識チートでウハウハとか思ってたのに、何か色々違わない?


 とりあえず、海兵隊は無理。


「ワーカーさんの家に行っても良いですか?」


 うわ。

 露骨に嫌そうな顔したよこの人。

 しかし海兵隊な未来から逃れるためなら私はどんな苦難も受け入れる!


「ワーカーのお姉ちゃんのこと、なんて呼んだらいいですか?」


 12歳の少女の無垢な瞳攻撃だ。加えてお姉ちゃん呼び。えーい、上目遣いも追加してやる!

 この際何だってやるよ? 媚びるくらいどうってことない。

 案の定? ワーカーさんはほどなくして折れた。

 大きな溜息をついたワーカーさんは腰を落とし、私と目線をあわせた。


「私は月読つくよみ Elizabeth。職場ではイライザとかリズと呼ばれている」


 月読って、日本の月の男神の名前じゃなかったっけ?

 こっちにも似た伝説があるのか、それとも大昔に日本人がやってきたのか。はたまた偶々音が似てるのか。

 まあ、そんなの、今はどうでもいい。


「リズお姉ちゃんですね? よろしくお願いします」

「そうね……なんだ、普通の女の子じゃない……それじゃ、うちに案内するから付いてきて」


 リズお姉ちゃん――これからはリズお姉ちゃんって呼んで媚びまくるんだ――は、警察裏手の駐車場に私の手を引いて移動した。

 並んでいる車は丸くて大きなワゴンタイプが多い。

 色合いが日本のそれよりも若干派手ではあるが、やたらに丸っこくてカラフルであるという部分から目を逸らすと、まあ、普通の自動車に見えなくもない。


「リズお姉ちゃんの車はどれですか?」


 リズお姉ちゃんは白衣のポケットから色々な小物が付いていて重そうなキーホルダーを取り出し、そこに付いている小型の懐中電灯のようなもので1台の自動車を照らしてアレがそうだと言った。


「小さいですね?」

「無駄にでかい車は趣味じゃない。私に一番適した大きさはこれってこと」


 駐車場の他の自動車は、流行なのか、とにかく丸っこくて大きい。

 もしもここが日本なら、3ナンバークラス間違いなしの、前後に5m、幅、高さが2mの卵みたいな形をしている車が多い。

 それに対してリズお姉ちゃんの自動車は、日本で言うと軽自動車よりも少し大きいかな、というサイズでやたらと四角かった。そして色は光を飲むかのような艶消しの黒だった。


「四角い?」

「異世界少女じゃ知らないだろうけど、自動車は大きさによって税金が違うの。当然大きい方が高いわ。で、縦横高さの大きさが限られている場合、容積を最大限に有効活用するには四角が理想的な形になるわけ。最近流行の丸っこいのは、税金なんて気にしない高級車ですってアピールなの」

「なるほど……富の誇示ですね?」

「そうそう、たかが自動車でね。バカみたいでしょ? どうせやるなら、もっと面白いことにお金を掛けるべきだよね」


 リズお姉ちゃんは私を助手席に乗せ、自分は運転席に回る。

 ドアの取っ手の形は見慣れた形状とは少し違うレバー式だった。ひとりで乗ろうとしていたら、戸惑ったと思う。

 あれ?

 よく見たら運転席がまるで戦闘機のコクピット? ハンドルのかわりに戦闘機の操縦桿みたいなのがある。

 何となく身の危険を感じた私は、左後ろを振り向くようにして、シートベルトを探した。


「あれ? あれ? あの、リズお姉ちゃん、シートベルトとかは?」

「ええと……安全装具の名前よね? 別にレースするわけじゃないんだから普通の車にハーネスなんてないわよ?」


 当たり前でしょ? という顔でリズお姉ちゃんはそう言った。


「事故起こしたときとか、危なくないんですか?」

「事故ねぇ。起きないとは言わないけど、完全自律制御だし、仮に人間が操作してて操作ミスがあってもフォローされるわ。それに、万が一、突然道路が崩れたりしても、車内の空間が固定されるから、体を縛り付けても意味ないわね。むしろ固定してたら、逃げ出せなくて危ないじゃない」


 え? 停滞ステイシスフィールドですか?

 それに自律制御!

 すげー! 魔法すげー!


「自律制御ってことは、この自動車は操縦しなくても動くんですか?」

「まあそうね。命令すれば、後は寝てても大丈夫。こんな風に……ルーナ、起きなさい。自宅までお願い。ああ、途中でホームセンターに立ち寄ってね?」


 リズお姉ちゃんの言葉に、落ち着いた感じの女性の声が返事をした。


『はい、ミストレス。ホームセンターまでの所要時間は10分です。ドライブスルーを利用する場合は今から5分以内に注文を完了して下さい』

「喋った?」

「そりゃ喋るわよ。面白い娘ね。自動車が喋らなかったら、その方が大事じゃない」


 そういう物なのだろうか。

 警察に連行されてるときは他にもお巡りさんが乗ってたから、全然気がつかなかったよ。

 でもそうか、喋るんだ。


「ルーナちゃん、私は陽菜です。よろしくね?」


 返事がない。

 人工知能に無視された?

 私が異世界少女だから?

 まあ、普通に考えて、未登録ユーザーの声は無視するとかだろうけど。


「通常モードだと運転席に座った者以外には反応しない設定になってるのよ。会話を変に拾っておかしな所に連れてかれても困るでしょ? ルーナ、トークモードON。助手席に座っている陽菜を乗客登録。基本権限はトークオンリー」

『かしこまりました、ミストレス。陽菜さん、私は本車輌の総合管理システムインターフェースです。ミストレスからはルーナと呼ばれております。よろしくお願いいたします』

「うん。ルーナちゃんよろしくね。リズお姉ちゃん、ルーナってどういう意味なの?」

「知らないわ。デフォルトはもっと長ったらしいだけど、長すぎて面倒だからルーナにした」

『私の正式名は』

「言わんでいいから。それよりルーナ。立ち寄り予定のホームセンターの広告、フロートディスプレイで、私と陽菜の前に表示して」

『了解。三日前に掲載されたものがありました。広告の対象期間はあと五日です』

「ん……陽菜、生活雑貨買って帰るから、広告チェックしてね。欲しいの突いてカートに入れるって選べばいいから。カートの中にある間なら簡単にキャンセルできるし、何ならルーナに、こういうの欲しいって言うだけでもいいから」

「え? あ、はい。助かります……っ!」


 目の前にSF映画などでお馴染みの半透明のスクリーン――フロートディスプレイ? が浮かび上がり、カラフルな広告が表示された。

 半透明で見辛いと目を細めると、それに反応して透明度が低下して見やすくなる。

 こ、これは面白い!

 地球にも似た技術はあったらしいけど、まだ一般に普及してなかったから、触ったことないんだよね。

 ふむ。立体映像である以外は、普通のタブレットとよく似たインターフェースなんだね。


「ええと……ゆったりしたパーカーとジャージ? ……衣類や下着類は私が知ってるのと大体同じかな。で、筆記用具に食器類に歯磨き、タオル、バスタオル、シャンプー、ボディソープ……」

「子供のくせにボディソープ? 石鹸で十分でしょ?」

「いえ、若いときに怠っていると、後で一気にクルそうですので」

「よく聞くけど、本当なの?」

「よく聞くってことは、それだけよく言われてるってことですから、本当なのかもしれませんよ? あ、毛布も買っておかないと」

「ふうん……あ、寝具は予備があるから買わなくていいわ。食器類も一通り揃ってるけど、好みもあるだろうから、欲しいのがあったら買っといてもいいかな。あと、レトルト食品やおやつとかも少し買い込んで置いた方が良いわね。下着と寝間着とサンダルは買い忘れちゃ駄目よ?」


 小腹が空いたときに買い置きがないと寂しいし、何か買っておこうか、と広告の裏面をチェックすると、あまり見慣れない品物が多数並んでいた。

 いや、異世界ですから? いつも食べてたタケノコチョコとかがないのは当たり前なんだけどね。そうではなく、魔力食品って何?


「リズお姉ちゃん、魔力食品って何ですか?」

「魔力で合成した食料ね。対義語は天然食品。種撒いて収穫した野菜とか、生きてる動物からそぎ取った肉とか」

「生きてる動物からそぎ取った肉って、なんでそんな気持ち悪い表現するんですか!」

「ん? 普通のこと、だよね? 麻痺させて、死なないように肉を削いで、回復魔法で戻してやれば、何回も肉を取れるわけだし」


 私は、その光景を想像して気持ち悪くなった。

 しかし。

 よく考えれば、殺さずに肉を取れるのなら、飼育頭数は減らせるわけだから、経済的ではあるかもしれない。それに奪う命は最小限で済む。痛みを与えないなら人道的とすら言えるのかな?

 しかも、である。

 地球方式では、美味しい肉になる牛だと分かったときには、既にその牛は死んでしまっているが、こちらの方式だと「美味しいから、繁殖させるか」みたいなことも可能なのだ。

 このやり方だと、地球よりもずっと効率よく、美味しい肉になる血統を作れるような気もする。

 だが、そんなことよりも。


「リズお姉ちゃん、魔力で合成した食べ物って、何か問題があったりするんですか?」


 広告を見る限り、魔力食品の価格はどれも安い。

 この世界の相場は知らないけど、天然食品と比べると、若干割安なのだ。それとも、天然食品が高いのかな?

 何にしてもわざわざ魔力食品と銘打って広告するということは、何か違いがあるのだろう。


「問題ねぇ。あるようなないような」

「どっちなんですか?」

「食事の目的が栄養を摂取することだとすれば、問題がひとつ。味や食感は天然物と変わらないんだけど、魔力食品から摂取可能なカロリーは、天然物の半分以下になるのよね」

「……味とか変わらないのにカロリー半分? え? その他の栄養素は?」

「まだ新しい学問なのに、栄養学の知識があるの? カロリー以外は天然物とほぼ同じ。なのになぜか糖質や炭水化物が妙なことになるのよね」


 ダイエットは得意です。過去に何回も成功させました。ただし、止めたらリバウンドするのが困りものです。だから色々な方法を試しました。

 そんなダイエット百戦錬磨の私の目には、その食べ物は最高のダイエットフードであるように見えて仕方なかった。


「こここ、これ食べてみたい」

「んー、あんまり栄養にならないけど、まあ夜食とかで少し囓る程度ならいいか……ほしい物選び終わったら教えてね」

「ええと……はい、全部入れました」


 選択した商品がカートに詰め込まれる。

 さて、この後どうしたら良いんだろう?

 私が首を傾げていると、私の前の画面をチェックしたリズお姉ちゃんはルーナちゃんに指示を出した。


「ん、OK。そしたらルーナ。陽菜のカートの内容を私のにマージして決済。ドライブスルーで受け取りにして」

『はい……実施しました。五分後、ドライブスルーで受け取ることが可能です』


 通販かと思ったら、受け取りに行くスタイルなんだ。

 届けて貰うんじゃない分、各自が自動車なりを持ってる必要があるから全体のコストは高く付くけど、自動運転で店まで連れて行って貰えるような自動車が普及すれば、こういうのもありなのかな?

 地球では宅配便業者が凄い苦労してたし、配送のドローン化って話もあったりしたわけで、そういうのとは別の方向に向かってるのかな。


 なるほど、似てる部分も多いけど、違う部分も多いんだね。

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