第26話 考えてるのは二番目に荒っぽい方法かな
傭兵ギルドの演習場に転移した私たちは、誰もいない森の中を歩いて外に出て、傭兵ギルドに残っていた職員に保護を求めた。
多くの人員が南に向かって避難したはずの傭兵ギルドだったが、半数ほどの部署には数名ずつ人が残っているそうで、それなりに稼動を続けていて驚かされる。
メーネさんからも連絡が入っていて、私たちが接触すると、すぐにギルドマスターの待つ部屋に通された。
「ほう。君たちがそうなのか」
私たちを見て、ギルドマスターは少し驚いたような表情を見せた。
「何が『そう』なのでしょうか?」
「ふむ……いや、娘から歳の離れた友人がギルドに行くかも知れないから保護してくれ、と頼まれてな。暇だったから見に来たら、こんな可愛いお嬢さんで、君たちみたいな娘がメーネの友人なのか、という意味なのだが」
さて。
これはどうかわすべきか
魔法少女のことは知らない筈。
でも、魔力食品絡みで魔素の増加の話を聞いていたのなら、このタイミングでたまたま小さな女の子がこんなところをうろついている。ということに違和感を感じていないとも思えない。
だからと言って、おかしな事を口走って墓穴を掘るのは避けたい。
小賢しい子供を演じるのがベストかな?
「嘘はダメです。ギルドマスターが暇なはずないですよね?」
「ふむ? 水竜の脅威が去ったのだ。息抜きくらいはいいだろう?」
「息抜きは構いませんけど、水竜が去ったと仮定するなら、これから忙しいのがマスターなのでは?」
「なぜそう思うのかね?」
子供っぽく、子供っぽく。
「だって、みんなが帰ってくるんだから、ご飯とかの準備しないと」
ほう、と感心したような目で見られた。
なぜに?
「なるほど、よくそこに気付いたね。傭兵ギルドが傭兵にしてやれるのは、事前の契約確認と物資の用意。そして戻ってきた者たちへの事後のケアだ」
ケアとか言ってないんだけどなぁ。
「陽菜ちゃん、だったね? 陽菜ちゃんは、大きくなったら傭兵ギルドの職員になる気はないかな?」
「……なぜですか?」
「頭が良いし、物怖じしない。うちの娘とも仲が良いんだろ? 将来の娘の秘書にどうかと思ってね」
「今は遠慮しておきます。必要なら10年後くらいにきますので、そのときご検討ください」
就職活動はキツいからね。
予約できるならしておきますとも。
でも、来るかどうかはそのとき次第ってことで、こちらからは約束はしない。
「もちろんだとも。そのときは娘を頼ると良い……ちょっと待ちなさい」
ギルドマスターは、何やらメモ用紙に書くと、それを綺麗に畳んで、金属筒のペンダントに入れ、それを私の首にかけた。
地球のと違うけど、ドッグタグみたいなもの、かな?
鎖がやたら頑丈そうで可愛くない。
そして、同じようなものを朔夜ちゃんの首にも掛ける。
うん。賢い人だ。
対話した私がメインターゲットだろうに、一緒に来たお友達にもちゃんと配慮している。
そして朔夜ちゃんが職員になるなら、私もなっても良いかな、と思わなくもないので、この攻撃は実に適切だ。
「それじゃ、私は戻ってくるみんなのご飯の準備に戻るよ。お腹が空いたとかあれば、そこのインターホンを押すと、秘書課に繋がるから頼むと良い。お薦めは焼き肉定食だ」
「ありがとうございます」
ギルドマスターは笑って手を振って部屋から出て行った。
「あー、怖い人だったね。陽菜ちゃん、よくお話できたね?」
「怖い?」
「うん。なんか、目が笑ってなかったって言うか」
あー、それは確かに。
でも、それを見極められる朔夜ちゃんも賢いと思うのですよ。
メーネさんとリズお姉ちゃんがやってきたのは、それから2時間後のことだった。
私たちが、ギルドマスターお薦めの焼き肉定食の戦闘糧食(レーション)を食べているところにやってきたふたりは、とりあえず私と朔夜ちゃんの全身に怪我がないことを確認してから抱きしめてきた。
ジタバタとメーネさんの
「ふたりとも水竜から逃げ切れたんだね。良かったぁ……あの後、イライザが何でふたりを行かせたんだって怒って大変だったんだからぁ」
「あー、はい。その節はどうも」
メーネさんが私たちの逃げる時間が必要だとリズお姉ちゃんに言ってくれなければ、島で準備する時間とかが十分に取れなかったかもしれない。
その恩には報いなければならない。
「それでぇ、何があったのか教えて貰えるのかしらぁ?」
「メーネさん、この部屋って安全ですか?」
私が体を離しながらそう尋ねると、メーネさんは逃げるなとばかりに私を後ろから抱きしめて頭に顎を乗せる。
それ、美人さんにやられると顎が地味に痛いんですけど。
「攻撃魔法程度じゃ中々壊せない程度に安全だけどぉ?」
「そうじゃなくて、防諜的に」
「あー、うん。きっと誰か聞いてるわねぇ……やめさせる?」
「あ、いえ。どうせ、やめたふりだけでしょうから、なら、帰りに話します……あ、そうだ」
私はアイテムボックスから大きな青い箱と手榴弾を取り出した。
「こちら、使わずに済みましたので返却します」
箱は避難用の資材を分けて貰ったもので、手榴弾はリズお姉ちゃんが持たせてくれたものだ。
(おい、山刀を忘れているぞ)
「おっと、そうだった。これ、演習場で借りたままでした」
「あら、リーンちゃんが持ってきたものね? なら、そのまま持ってていいわよぉ」
「え、こんな大きな刃物、持ち歩いて平気なの?」
そりゃ、植物以外は切れないから模造刀みたいなものだけどさ。
「んー、その辺はね、これから相談かなぁって。ね、イライザ?」
メーネさんに声を掛けられて、朔夜ちゃんを抱きしめていたリズお姉ちゃんが戻ってきた。
「……ん? あ、そうね。そうだったわ。朔夜ちゃん? その背中のは剣?」
「あ、はい。忍者刀っていう刀です」
「それじゃ、それと、陽菜も武器をテーブルの上に置いて」
かちゃり、と、紐を止めるカラビナみたいな金具を外し、剣を鞘ごとテーブルの上に置く朔夜ちゃん。
で、置いた後で両手を頭の上にあげる朔夜ちゃん……ってもしかして武装解除させられたと思ってる?
「朔夜ちゃん、別に武装解除じゃないから……ちなみに私のは今はこんな感じ……多分、元のに戻すけどね」
呼び出して安全装置を確認し、ゴム弾を再装填してから中の弾丸を消し、空のマガジンを外した状態でMP5SD6を忍者刀の隣に並べる。
「陽菜のは形がちょっと変わったのね? 機能は同じ?」
「うん。なぜそうしたのかは帰りの車内で説明するけど、こっちの方が飛び出す弾頭が重いんだ。性能は色々違うけど、基本的な機能は大体同じ。弾頭が重い分、速度は半分以下とかの違いがある程度ね」
「なるほど、陽菜のは形がちょっと変わった程度で危険な連射魔道具である点は変化なし、と。で、朔夜ちゃんの刀。これは普通に切れるの?」
「はい。普通に切れます。陽菜ちゃんの山刀みたいに、刃が付いていないってことはないです」
ああ、山刀は魔道具として機能していないときは刀の形した鉄板だからね。
普通なら刃のある部分を押しつけて、軽く引いたところで怪我をすることもない。
「ふむ……なら、現状だとふたりとも犯罪者予備軍だから、武器の所持許可を取ろうね」
「所持許可? え、許可取れるものなんですか?」
私がそう尋ねると、リズお姉ちゃんとメーネさんは顔を見合わせて小さく笑った。
「そりゃねぇ。ここをどこだと思ってるのよぉ」
傭兵ギルドの本部?
あ、そっか。傭兵訓練学校も併設されてるって言ってたし、訓練した生徒に許可を出せるようになってるのかな?
「ちなみに、ふたりの武器はちょっと変わってるからぁ、限定の許可にしましょうねぇ」
「限定?」
「ああ、ふたりは未成年だから、私とメーネの成人ふたりが保護者としてサインをすれば、ほぼそれだけで武器の所持許可自体は出せるんだ。でも、運用許可については筆記試験があるし、威力を見て判定しないとならなくて、その威力判定が、多機能な武器の限定解除の場合かなり手間なんだ。陽菜のは好きに魔法を変えられるみたいだし、朔夜ちゃんのも似たようなものなんだろ?」
あー、まあ、私たち自身、これで何ができて、何ができないとか分かってないからねぇ。
「だから、ふたりとも、登録する魔法を書類に書いて、それのみに限定した許可を出すわけ。書いてない魔法は基本使っちゃダメだからね?」
「そ、それは攻撃魔法以外でもですか?」
朔夜ちゃんが少し慌てたようにそう訪ねると、リズお姉ちゃんは首を横に振った。
「対象になるのは武器と、武器に使える魔道具だけ。危険な魔道具の所持制限、運用制限に対する許可だからね……たとえば、飛翔魔法とかが魔道具によるものだってことならその魔法の許可は不要かな……あ、ちなみに、普通の魔法の許可とはまた別だからね? 許可貰ったからって浮かれて普通の魔法を使ったら逮捕されるから気を付けてね? まあ、だから朔夜ちゃんは登録する魔法について考えておいて。陽菜の方はどれも危なく見えるから……あのゴム弾ってのにしとこうか?」
「あー、いや、弱装弾は射程距離が短いから……スタンボルト弾にしておく。あれも非殺傷だし」
何かに触れると物質から魔法に変化するからゴム弾よりも安全だし、魔法になるタイミングをほんの少し遅くすれば、実体弾としての効果もある。
そして、弾頭も薬莢も消えるから、物証は残らない。
うん。何と戦ってるんだ私は。
何にしても、その許可証があれば、万が一街中で変身してMP7A1を持ってるのをお巡りさんに発見されても問題なしってことだよね。
「所持許可は、試射してみせるのと筆記? 筆記はどんなのですか?」
「そうねぇ。一応、常識的な試験だけ。小学生でも合格できるレベルねぇ」
「……私たち、その常識が一番の壁なんですけど」
魔法を許可なく使ってはならないなんて、私の知ってるゲームやラノベでは見た事がない。だから私はこの世界に来て早々、逮捕されたのだ。
私たちにはこちらの世界の常識はない。
自称神様が持たせてくれた中には電子マネーみたいなのはあったけど、
四則演算程度なら問題ないけど、それ以外の問題に答えられるはずがない。
「……という状況でも合格できるものでしょうか?」
「んーと、さすがにそれは難しいかも知れないわねぇ。代表的な国の名前と国旗を線で結ぶ、なんて試験もあったと思うしぃ……それなら試験は10日後にしましょうねぇ。小型魔道具の試射程度ならあの町でも出来る施設はあるしぃ……あ、でも所持許可は写真が入るから、今日作っちゃわないとねぇ……運用許可の方は……いいわ、試し刷りしといて、試験に合格したら渡すってことにしましょうかねぇ」
「なるほど。10日間で試験勉強ですね。朔夜ちゃんもいい?」
「いいけど……私、試験なんて、学校のしか受けたことないのに」
まあ、公立の中学生だとそうだよね。やってる人でも英検とか算盤程度だろうし。
「まあ、期末試験なんかと同じだと思って大丈夫だよ。受け直しができないわけでもないだろうし」
「そうねぇ。一応、10日間経過待ちになるけど、その程度ねぇ」
「それじゃ、所持許可の方、お願いします。あと、試験の参考書とか過去問とかあったらそちらも貸して貰えると助かります」
「準備させるわぁ。それで、ふたりはイライザのおうちに住むのかしら?」
ああ、そこはまだ決まってない部分だ。
「お二人にはその辺りの相談をしたいんですけど……帰りの車内でいいですか?」
「いいえ、ここで決めちゃいましょうねぇ。所持許可とも絡むのだけど、朔夜ちゃんは仮の身分証もないのでしょう?」
「それは……はい」
問われて朔夜ちゃんは少し迷ってから頷いた。
「私も身分証はありませんけど?」
「陽菜は警察で仮の身分証が発行されてるわ。一応、私が管理してるから、必要なら言ってね?」
「いえ、なくすと困るので、リズお姉ちゃんが管理しておいてください」
リズお姉ちゃんから離れて行動する予定もないしね。
多分、今の私はワーカーさんであるリズお姉ちゃんと一緒にいることが前提なんだろうし。
「で、朔夜ちゃんの身分を決めないと所持許可も何もないわけよ」
「まあ、それはそうでしょうねぇ」
日本なら戸籍も住民票もない人が、運転免許を取得するようなもの。なのだろう、多分。
それは無理だよね、ということは理解できる。
「でもそうすると、どうやって対応するんですか?」
「うん。まあ幾つか方法があるんだけど、メーネが考えてるのは二番目に荒っぽい方法かな?」
「荒っぽい?」
なんだろう。
普通、身分証明書取得するのに荒っぽいとかないと思うんだけど。
=====
補足
>小賢しい子供を演じる
演じなくても小賢しいとか思っていても言ったらダメですw
>子供っぽく、子供っぽく。
元々子供っぽいとか(ry
>陽菜ちゃんは、大きくなったら傭兵ギルドの職員になる気はないかな?
青田刈り。
いえ、メーネの友達で使えそうな人間だから、メーネのために確保しとこう。ということで、言ってしまえば単なる親馬鹿。
>地球のと違うけど、ドッグタグみたいなもの
現代でも何種類かありますし、ドッグタグは米軍形式が唯一じゃないのです、
>お薦めは焼き肉定食だ
子供に勧めるならデザート付きとかさぁ。。。
>箱は避難用の資材を分けて貰ったもので、手榴弾はリズお姉ちゃんが持たせてくれたものだ
それらを使う展開もちらりと考えてましたが、冗長になりそうだったので。。。
>現状だとふたりとも犯罪者予備軍
中世風ファンタジーなら武装した程度、問題ないわけですが、現代風だと色々規制されているのですね。
>私たち、その常識が一番の壁なんですけど
四則演算程度なら全く問題ないだろうけど、その世界の常識を知らずして……ってこの辺は「ファンタジーをほとんど知らない女子高生による異世界転移生活」でも書きましたね。
たまに日本の知識があるから筆記試験OKとかって異世界物がありますけど、その世界の知識を問う設問が出てきたら知ってないと答えられません。
本作だと、「魔法を使う際に申請が必要となる許可の名称(略称でも可)を答えよ」とかですね。
あと、信号の色を問われても困ります。
赤色は濃霧の時に~みたいな話を日本人の常識として知っていたとしても、異世界人にその知識がなければ、異世界では違う選択がされていてもおかしくはないわけなのです。
ルーナとかデリアみたいなのが運転制御するので、遠くまで届くか、よりもAIによる誤検出の可能性が低い色、という選択がされるかもですし。
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