【完結】異世界魔法少女 ~セーラー服と短機関銃~
コウ@錬金スローライフ発売中
第1話 待って、何がどうなってるの?
私は周囲を見回して呆然とした。
二度見、三度見して、それでも現実を受け入れられず、あたりを見回した。
摩天楼――この言い方は古いかな? だけど、21世紀の東京を知る私の目から見ても、この街の景色は近代的というかむしろ未来的に見えた。
立ち並ぶ高層ビル。広い道路。皆が好き勝手にビルを建てているわけではなく、しっかりと都市計画に沿って作られているように見える町並み。
高層ビルは多いけど、新宿付近よりも東京駅付近や皇居のそばに近い雰囲気を感じる。
「あれ?」
改めてあたりを見回す。
目の前には片側4車線のアスファルト(多分)の道路。
走っているのは流線形の、どこかで見たことがあるような気がしないでもない自動車達。ただし、見慣れたそれより若干カラフルで、より丸い。
「待って、何がどうなってるの? あれ? 異世界に健康な体で転生するって言ってたのに」
両手を胸の前で広げ、じっと見つめる。
爪の形や手相は見慣れた私の手だけど、血色が驚くほどによい。
その手で自分の顔に触れ、髪に触れ、パタパタと白いワンピースに包まれた体を叩いてみる。
肩甲骨よりも少し長いくらいの黒髪が、ワンピースの白の上で踊る。
「怪我は治ってる……けど……異世界? あれぇ?」
私は首を傾げた。
あの日、目が覚めた私は病院のベッドの上にいた。
そう教えられた。
担当の看護師さんに。
私にはその記憶がないのだけれど、自転車で走行中、後ろからきた自動車に跳ね飛ばされたらしい。
運が悪かったのは、相手が逃げたこと。
発見まで時間がかかったため、私は両腕と視力を失っていた。
医者には命があっただけでも奇跡だと言われた。
どうせ奇跡が起きるなら、事故が起きないという奇跡が欲しかったと思ったが、何を言っても泣き言にしかならない。
黙って頷く以外、私に出来ることはなかった。
意識を取り戻して数日が経過したところで、縫合された肩の傷が妙に痒くなった。
幻肢痛と言うヤツだろうか、と素人判断をしたのが間違いで、三日後、私は敗血症で命を落とした。
そう教えられた。
神様、とかいう代物に。
「あ、どうも。今世では初めまして。神様です。え? 自分に様付けるのっておかしいですかね? いやいや、まあとにかくそういうものだと思ってください。でねでね、放置してもよかったんですけど、あなた、前世でしっかり生きてたし、今世でも真面目に生きて世界に貢献してくれましたから、あの終わり方は見ててつまら……じゃない。可哀想なので特典を差し上げます」
「間に合ってます」
ニコニコと怪しい笑顔で見知らぬ人が何かをくれると言っていたので、取りあえず断ってみた。
「ええと、最近流行のですね、魔法のある異世界に転生? 転移かな? まあどっちでもいいや……そういうアレです。なんと、記憶はそのまま、怪我とかは治った状態ですよ」
「怪我って……あれ? 見えてる?」
目の前のニコニコと怪しい笑顔を振りまく、30歳くらいの男性の姿ははっきり見える。
オールバックで紺のスーツ。ネクタイは濃い臙脂色。銀縁眼鏡を掛けていて、それ以外に特徴らしい特徴はない、古いアニメなんかで市役所の窓口とかに並んでいそうな量産型公務員にしか見えない。
ちなみにそれ以外は真っ白な世界である。
「うわ、テンプレ? ええと、異世界?」
健康な状態に戻してくれるのなら、異世界も悪くないかな。と、私は思った。思ってしまった。
「健康な状態に戻して貰えるのなら異世界もいいですね。それで、私はどんなチート能力を貰えるのでしょうか?」
「
「魔法? はい、使ってみたいです! あ、でも使ったら命や体の一部、記憶とかを失っていく系は嫌です。ええと、数日の睡眠で回復できないような代償が必要な魔法がある異世界は嫌です」
「ふむ……そうなると、これとこれは除外、と……結構しっかりとリスクを考えてますねぇ」
除外って言った。今除外って言ったよね。
て事は、候補の中にはそういう魔法がある異世界もあったってこと?
……危ないところだった。
「あ、あとできたら魔物とかが少なくて、安全なところがいいです。それと、目立たない服や靴、何ヶ月か現地の安全な宿屋で生活できる程度のお金とか? あ、楽に稼げるような才能とかスキル的なものも欲しいです」
「なかなか、ずうずうしいですね。そういう娘さん、好きですよ?」
「ありがとうございます。あとは、さっきの条件で魔法が使えるようにして貰えると嬉しいです」
「それは当然ですね。魔法がある世界で魔法が使えないんじゃ意味ないですから。あ、魔法少女とかやってみたくは」
「結構です」
少し心が揺れたのは秘密だ。
魔法少女。子供の頃に夢中になって見ていたし、ステッキのおもちゃも買ってもらった。
だがしかし。
可愛げのない大学生の私がそんな恰好したら、無残なコスプレ以外の何物でもないという残酷な現実も理解している。
「本当に? 転生年齢を10歳くらいにしたら、案外お似合いかも知れませんよ?」
「いえ……あれ? 年齢とかも弄れるんですか?」
「もちろんです。あ、でも、貧相な胸部装甲を増設したいとかは、遺伝子組み替えになっちゃうんでご禁制なんです。ほら、遺伝子組み換え食品とか、色々うるさいでしょ? だから本当にごめんなさい。心の底からお詫びします」
「殴っても良いですよね?」
「あ、待って待って、待ってくれたら特典を増やしてあげます。そうですね。死なない肉体。どうですか?」
怪しいのが出てきた。
「それって溶岩に落ちたらどうなるの?」
「死にません。死ぬほど熱いし、苦しいけど、死にません。体が消滅してもすぐに復元されます。しかも溶岩から這い出せたら、火傷もしてません」
「それ、這い上がれなかったらずっとそのままってことだよね? それって死なない、じゃなく、死ねない、が正しいよね?」
私は自ら望んだわけではないけれど、死んで楽になった。
無意識の内に死を望み、そちらに逃げたのではないかと言われたら、否定はできない。
だけど死なない肉体は、その逃げ道すら奪ってしまう。
それは地獄と何が違うのだろう。
「我儘ですね。不死は人間の夢じゃないですか」
「それは……って待って。不老不死じゃなく不死って言った? え? 体は衰え続けても死なないってこと? そういう魔物いなかったっけ?」
「魔術を極めて不死を得たリッチとかですか? あんな中途半端な骸骨お化けと一緒にしないでください。筋肉が衰えて少なくなれば、ちゃんと動けなくなりますから」
ダメじゃん。
「却下。健康面は……まあ、病気にとても罹りにくくて、怪我は……どんな怪我も治る、程度にして」
「はい。おっと、そろそろ次が押してるので、そろそろ送りますね」
「待って、まだ聞きたいこと……」
「それでは、よき人生を!」
そして、気付いたらここに立っていた。
てか、ワンピース一枚だと少し肌寒いんだけど。日本は初夏だったけど、こっちは季節が違うんだろうか?
「魔法のある世界って言ってたのに……あれか? 世界を裏から牛耳る魔法結社的組織があって、魔法はそこだけの秘儀になってるとか?」
ロンドンとかに魔法を研究する塔とか学園とかあったりするのかな?
いや、さすがにそんな厨二設定はないだろう、ないと信じるよ?
ところで。
「これの妙に太いベルトはなんの装備だろう?」
服装は白いワンピース。
靴は水色のスニーカー?
そして腰には沢山穴が開いた幅広の黒いベルト。材質は強いて言えば自動車のシートベルト?
あれかな? おしゃれなワンポイント? 白いワンピースが引き締まって見えます、的な?
バックルは何の飾り気もないちょっと青みがかった金属――たぶん、焼いたチタンを艶消しにしたもので、バックルには何か差し込んだら喋るようなギミックは見当たらないので一安心。
ベルトの右側面に小さなチャックを見付けた私は、チャックを開けてみた。
「おうっ! これは頼まなかったけど、神様ありがとうございます。アイテムボックスじゃないですか」
チャックを開けて、中に指を入れると、その中身が脳内に羅列された。
ユーザーインターフェースは、パソコンの
神様は割と几帳面なようで、中身は小分けにされていて、袋ごとに階層構造になっている。
「下着の入った袋、着替えの入った袋、替えの靴が入った袋……あ、生活費の入った袋もちゃんとある……どれどれ?」
生活費の入った袋を取り出した私は、その小ささに驚いた。
お年玉入れるぽち袋? あれと同じくらい。
金貨、銀貨どころか、紙幣でも20万円とか、とても入らなさそうなサイズだ。
中身を確認してみると、袋の中には板きれ一枚……クレジットカードのようなものが入っていた。書かれているのは日本語じゃないけど、さすがのチート性能でばっちり読める。シルトカード、って読めても意味分かんないわけだけど。
「ええと、まあ、このビル群だからね。電子マネーがあってもおかしくはないけどさ」
小さなカードだが、それが私の全財産である。
私はそれをなくさないようにアイテムボックスにしまった。
「それじゃあれだ。メインイベント。魔法を使ってみよう」
魔物とかの少ない世界をリクエストしたんだから、魔物に襲われてる馬車……自動車? と遭遇して助けるイベントとかはないだろうけど、魔物とかと遭遇する前に自分の力について把握しておかないと、何かあってからじゃ手遅れだからね。取りあえず、空に向かって、と。
魔法の使い方は神様がインストールしてくれていたようで、何となく分かる。空気中の魔素から必要分を切り出し、イメージを伝達しつつ魔力に変える。で、
「ファイアワークス!」
サッカーボール大の火の玉が空に向かって打ち出され、50mほど上昇したところで綺麗に球状に弾ける。
うん。綺麗な花火だぜ。音がないのがちょっと寂しいけど。
それを目にしたのか、道路を走っていた車が路肩に停車して、ドライバーが空を見上げている。
ふむ、観客がいるなら少しサービスしちゃおうかな。
「次のイメージは枝垂れ柳で……ファイアワークス!」
シンプルに白っぽいオレンジ色のみの枝垂れ柳の花火が打ち上がった。
ドライバーや通行人が何やら取り出して……あ、動画を撮ってる? もしかしてスマホまであるのか、この世界は。
しかし、人を楽しませるのは嫌いじゃない。
自分自身の魔力は呼び水で、周辺魔素を使うからか、魔法を使ってもそんなに疲れた感じはしないということもあり。
私は、何発も花火を打ち上げ、皆の目を楽しませるのだった。
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