第19話 地球じゃ空飛んだり首が増えたりと大人気だよね


 大きな無人島までのルートは、管理精霊に確認したらナビをしてくれた。

 まっすぐ飛ぶだけと言っても中々難しいらしく、私たちは少しだけ反時計回りにカーブをしていた。


「コンパクトにこういう機能があるとはねぇ」

(機能があったわけではない、私が表示させているのだ)


 コンパクトの魔法少女レーダーの倍率を固定し、中心に私たち、目的地の大きな無人島を青い光点。水竜を緑の光点で表示し、それぞれの飛行経路を青い線、被害のあったエリアを赤系の色で表示してもらっている。


 それを見る限り、水竜は間違いなく私たちを追って、コースを変更しているように見えた。

 飛んでいるからなのか、被害はその移動経路沿いにポツポツとある程度だ。


(しかし飛んで逃げるとは思い切ったことを考えたものだ)

「そう? でもこれならみんな安全でしょ? 速度の心配があったけど、朔夜ちゃん、私の想像以上に早く飛べるみたいだし」

(……いやな、このタイミングで水竜が魔法解除を使ったら、ふたりとも裸で地面に激突するだろ? よく飛ぶという選択肢を選んだものだな、と)

「……そ、それを早く言えー! 朔夜ちゃん、できるだけ低空で……って、ええ? なんで高度を上げてるのっ?」

「うん。高度500メートルくらいまで上昇するね。そこからなら魔法が解除されても地面まで10秒くらいは掛かる……はずだから再変身して陽菜ちゃん拾えるかなって」


 ええと?

 落下距離=0.5×9.8(m/s^2)×時間(s)の自乗で、朔夜ちゃんは10秒って言ったっけ?

 4.9×100で490、ざっくり500メートル。うん、合ってるっぽい。


「朔夜ちゃん、よくそんな計算知ってたね?」

「ふふん。中学生ですから。朔夜お姉ちゃんって呼んでも宜しくてヨ!」

「あ、あはは」


 そういや、私の中の人が二十歳過ぎだって教えてなかったっけ。


「それで陽菜ちゃん、どうやって水竜を倒すつもりなの?」

「え? 逃げ回って時間稼ぎしながら、追われない方法を考えようって思ってたんだけど」


 幾つか倒せそうな方法もあるから、それは試してみたいけど、相手は水を自在に使うのだから、それを守りに使われてしまったら、並大抵の攻撃では無効化されてしまう。

 だから私は、水竜を誘き寄せ、無人島で逃げ回って時間稼ぎを、と考えていたのだ。

 それと、逃げられるような魔法も思いついてはいる。それが成功すれば、かなり余裕を持った戦いが可能になる……はず。


「そうなの? なら、私、幾つか試したいのがあるから、無人島についたら二手に分かれようか。私が引きつけておくから」

「大丈夫なの?」


 でもまあ、二手に分かれるのは好都合かな。

 最悪の時は足手まといはいない方がいい。


「私は飛べるからね。むしろ心配なのは陽菜ちゃんの方なんだけど」


 ひとりなら、もっと早く飛べるだろうし。


「まあ、それは何とかするよ。ちなみにどんなのを試してみようと思ってるの?」

「んー、爆発する系と、重力で潰すのと、あとは隕石を落としたり?」


 朔夜ちゃんのこと、ほんわかした平和主義者かなって思っていたけど……愛とか歌とかで世界を救う系魔法少女かと思っていたけど、それは私の勘違いだったのかもしれない。

 愛と正義のためなら破壊と殺戮も厭わない系魔法少女なのかもしれない。こう、安全装置を外しつつ、笑顔で「ちょっとお話ししようか」とか?

 うん。

 でも今はそれがとても頼もしい。


「なるほど……あ、ちなみに召喚魔法なんかは?」

「それは無理みたい。撃ち出したり、自分自身に掛ける系は使えるらしいけど、召喚はちょっと違うんだって」

「へぇ、色々調べたんだね」


 ちょっと残念。

 召喚魔法が使えるなら、アレとかソレとか呼んで貰って、それに任せて逃げられるかと思ったのに。


「全部聞いただけのお話で、実際に試したのは炎系、水系、風系の弱いのと飛翔魔法だけなんだけどね」


 私よりも色々やってるなぁ。

 これ、戦ってたら私の負けだったろうね。

 飛んでる相手を狙い撃ちとか試したこともないし、まして、相手から魔法が飛んでくる状況で、人間サイズの的に対して冷静に狙いを定めたりなんて無理だ。

 あれ? なんか凄い違和感。朔夜ちゃんとの戦いに関して何かが引っ掛かってるみたいだけど……まあ、戦う相手は朔夜ちゃんじゃないんだから、今は忘れておこう。


 でもこれ、もしも私が朔夜ちゃんタイプの魔法少女だったら、全世界を巻き込んで戦って世界が滅んだりしちゃって、生き残った方が「……我々がしなければならなかったのは、戦うことじゃない……愛し合うことだった」とか言っちゃうことになってたかもね。


「それじゃ、無人島に到着したら上空を2周して、それぞれ自分の場所を決めよう」

「2周?」

「1周目で地形を把握して計画を考える。2周目でそれで問題ないかを確認するって感じで。もちろん一周目で決めちゃってもいいけど……戦いが始まったら、相手のいる方向への全力攻撃は避けて、逃げるときはバラバラに逃げようね」

「え? でも陽菜ちゃん、飛べないのにどうやって?」

「転移魔法みたいなのを考えてるんだ。私ひとりだけなら逃げられるから、先に逃げてね。私はたっぷり引きつけてから逃げるから」


 幾つか思いついた中のひとつ。

 まあ試したことないから不発ならアウトだけど、それは言わないでおく。

 魔法というのがどこまで出来るのか知らないけど、アニメとかゲームで見た現象を魔法として再現できるのなら、可能性はゼロじゃない。

 自分の場所を決めて、そこに移動したら実験しておこう。


 無人島は、大陸から見えないほどに遠い位置にあった。

 距離にして概算で50キロほどだろうか。

 本当に方向が合っているのか、何回もコンパクトで確かめながら飛んでいると、その姿が見えてきた。


「なるほどねぇ」

「何がなるほどなの?」

「うん。この距離に近付くまで見えなかった理由? それと、なんで無人島なのかが分った気がして、なるほどってね」


 私たちが飛んでいる高度500mから見える距離は分らないけど、高度450mからの見える距離なら知ってる。半径約80キロだ。東京スカイツリーの第二展望台のデータだ。

 だが、その島は、海に出て最初の内は見えなかった。

 コンパクトで距離20キロあたりでもまだ確認できなかった。

 接近した今なら分る。その理由は、島全体が蒸気で覆われていたからだった。


「温泉がたくさん?」

「まあ、お湯が沸き出してるってのはあってるけどね、多分アレ、100度超えてるよ?」


 地面からものすごい勢いで吹き出している間欠泉を指出し、私はそう言った。

 間欠泉から吹き出したお湯は上昇する過程でほぼ全てが蒸気になって周囲を白く包む。


「水って100度で蒸発するよ? もう習ってるよね?」


 朔夜ちゃんは不思議そうな声音でそう言った。

 うん。地上に湧いている温泉なら100度で気化するね。だが、それは1気圧下での話。


「地下で圧縮されて吹き出してるから、圧力が掛かってるはず、で、高圧下だと沸点は上昇する。逆に低圧化だと沸点は低下するよ」

「え? あ、ああ、富士山の頂上で湧かしたお湯はぬるいってあれね? へぇ、じゃあそんな場所には近付けないね。これは人が住むには少し厳しい環境かも。ああ、だからなるほど、だったのね」


 まだ少し距離があるが、見える範囲は全部似たようなものだった。

 あちこちに間欠泉があって、不規則に吹き出している。

 奥の方は煙でよく見えないけど、噴煙っぽいのも上がってるから、火山があるのかもしれない。


「うん。でも、これだと戦いは厳しそうだね」


 ただでさえ厄介な相手なのに、最初から相手の武器強化沸騰されてるんだ。

 ただの水だったとしても、それなりに厄介だけど、相手が水鉄砲のつもりで攻撃してきたら、熱湯を浴びせられるようなもので、とても楽な戦いになるとは思えない。


「管理精霊。今回の敵についてなにか言うべきことは?」

(精霊竜に分類される水竜。この世界の魔物としては最強の一角。過去のデータからだが、氷、水、水蒸気に関連する事象をランダムに発生させる。魔素を追い、喰らい、体内で魔石を生み出す性質があり、魔素を一定量吸収すると魔法解除を行う。意図しての攻撃手段はブレスと肉弾戦。他の竜種よりも各種系統の防御力が高く、水系の攻撃は効果がない。弱点は水以外……火でも土でも同程度の効果を及ぼす。特に効果がある攻撃は発見されていない。知性については不明だ)

「水以外は全部弱点、というより、弱点はありませんってことね? それじゃもう一つ。水竜って元々は何?」

(質問の意味が分らんのだが)

「陽菜ちゃん。私も分らない」

「えっと……ちょっと質問を端折りすぎたわね。管理精霊が石器時代にこの世界に魔素と魔法を持ち込んだ。これは合ってるわね?」

(そうだな)

「て、ことは、それまでこの世界には魔素も魔法もなく、魔物もいなかった。これも合ってる?」

(合っている。魔物は、この世界の動物が魔素を生物の限界を超えて取り込んで誕生し、それが種として定着したもの……と、なるほど、つまり、水竜という魔物になる前について聞いているわけだな?)


 人間を含め、普通の動物なら倒す方法はある。相手が生存できない環境を作ってやれば良い。それが簡単であるかどうかは別の話だが。

 タンパク質で出来た生物なら熱に弱いし、大半の生物は生存環境から酸素がなくなると活動を停止する。

 体液を持つ生き物なら、体に穴を開けて体液を奪ってやれば、大抵は死ぬ。空気でも水でも、外部から何かを取り込む生き物なら、それを汚染してもいい。

 生きているものなら殺せる。


 でも、魔物は普通の動物とは一線を画している。

 死ねば速やかに魔素や魔力に分解される。加えて水竜は周囲の水を蒸発させたり凍らせたりもできるらしい。つまりはその温度変化にも耐えられるのだろう。

 耐久力だけなら自然界にも並び立てる存在がいるかもしれないが、その他の能力を加味すると、これを倒すのはとても難しそうに思える。

 だが、魔物になる前の生き物が分れば、その生き物の弱点が残っているかもしれない。


(変化する前の姿は記録されてはおらぬが、現在の形状から、サメだったのではないかと考えられる)

「サメかぁ……まあ、地球じゃ空飛んだり首が増えたりと大人気だよね。朔夜ちゃんは詳しい?」

「サメ映画はあんまり見ないかなぁ」


 まあそうだよね。

 ホラーは嫌いじゃないけどさ。

 アレってあんまり女の子向けじゃないよね。


「朔夜ちゃん、そろそろ島に着くけど。とりあえず外周を周回してもらえる? いつ魔法解除がくるかも分らないから、高度はこのままで」

「うん。でも本当にここで戦うの?」

「相手には魔法解除があるから、地面のないところで戦うのは厳しいと思うんだよね。で、他への被害を考えたら、無人島で、そこそこ広くないと追い詰められちゃうだろうし……間欠泉は厄介だけど、相手の視界が悪くなると考えたら、悪いことばかりじゃないのかな、とも思うし」


 でもそうか。サメかぁ。

 パクリとやられなければ良いけど。

 ああ、サメよけに電気を使うって聞いたことある。スタンボルトよりも強力なのを試しておくべきかな。


 地上に目を向け、有利に戦えそうな場所を見繕いながら、私はどうやって水竜を倒したものかと考えるのだった。


=====

補足


>高度500メートルくらいまで上昇する。そこからなら魔法が解除されても地面まで10秒くらいは掛かる

つまり、東京スカイツリーの第二展望台から落ちたら10秒近く掛かるわけですね。


>こう、安全装置を外しつつ、笑顔で「ちょっとお話し合いしようか」とか?

し、白い悪魔めっ!


>生き残った方が「……我々がしなければならなかったのは、戦うことじゃない……愛し合うことだった」とか言っちゃうことになってたかも

2199ではこのシーンがなくなってました。昭和版ヤマトですね。


>魔法というのがどこまで出来るのか知らないけど、アニメとかゲームで見た現象を魔法として再現できるのなら、可能性はゼロじゃない。

陽菜からすると、魔法は案外不自由なものに見えていましたが、朔夜が色々やってるのを見て、あれ。これってここまで出来るんだ、と考えを改めた模様w


>まあ、地球じゃ空飛んだり首が増えたりと大人気だよね

宇宙に行ったり、ゾンビになったり?

ロボにもなったっけ?

てか、それってサメである必要あるの? 熊でよくない?


>サメよけに電気を使うって聞いたことある。スタンボルトよりも強力なのを試しておくべきかな。

サメよけに、電気柵みたいなのを使うことがあるそうです。

サメ映画だったら、電源が生きてるときに散々サメをからかったバカップルが、電源切れてるのに気付かずにワイワイやって襲わたりするれるんでしょうか。

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