Ⅱ-6 花冷えの雨
雨はしとしと降り続いていた。特に当てがあるわけでもなく、あいつについて歩いている。並んで歩いたり、後ろを歩いたり。つかずはなれず駅前の商店街までやって来た。あいつにも特に当てがあるようには思えない。
「何食べる」
「あったかいものがいいね」
この商店街は、駅からさほど離れていないわりには古い町並みが残っている。
「鍋焼きうどんなんてどう」
「いいけど、もう四月だし。やってる店あるかな」
「あたし知ってる」
そう言ってあいつがスタスタと歩いていく。僕は置いてかれないようにあいつの後を追う。あいつは商店街を抜けて駅からつづく大通りに出ると、駅とは逆の方向に歩きはじめる。そっちの方向はどちらかというとオフィス街じゃないの。
「今日は休みかもしれない。平日じゃないから」あいつが歩きながらポツリと言う。
確かにオフィス街にある店は週末休む店が多い。
「でも今日は土曜日だから」
僕がそう言うとあいつが急に立ち止まった。
「そうだよね」
ホッと一息をついたあいつの視線の先に、暖簾のかかった店が見えた。
「入ろうか」
あいつにつづいて暖簾をくぐって店内に。でも問題は、この時期に鍋焼きがあるかどうかだけど。まあ鍋焼きがなくてもあったかいうどんなら、それはそれでいいのかな。店内はホッとするくらい暖かかった。
平日ではないからだろうか、それほど混んではいない。僕とあいつは奥の二人掛けの席に案内された。
「ねえ、ちゃんとあるでしょう」
あいつがメニューを見ながらそう言った。
「季節限定じゃないんですね」
僕は注文を取りにきた年配の女性にきいてみた。
「はい、うちでは一年中出しているんですよ」女性がにこやかに答える。
あいつが得意げにうなずいている。一年中出しているってことは、看板メニューなのだろうか。しばらく待っていると、想像していたよりも一回り大きい土鍋に入った鍋焼きうどんが運ばれてきた。土鍋ふたをとるとまだグツグツしている。
大きめのえび天にねぎとかまぼこ、そして玉子。玉子はいい感じに半熟になっている。
「きのこも入ってるでしょう」
「わりとシンプルなんだね」
「ここはうどんが違うの」
しょうゆベースのつゆの中に太めのうどんが見えた。
レンゲでつゆをすくって飲んでみる。つゆの色は薄い感じがするけれど、カツオのだしがよくきいていて関東風の味がする。うどんをはしで持ち上げるとずっしりと重い。食べてみるともっちりしたコシと粘りがあって噛みごたえがある。
うどんというより、団子やすいとんに近い食感かな。
「ねえ、おいしいでしょうここのうどん」
「ここのうどんはみんなこんな感じなの」
「そうだけど、鍋焼きが一番かな」
「懐かしい感じがする」
「なんで」
「昔、父さんに連れていってもらったうどん屋のうどんってこんな感じだった。覚えてない」
「覚えてない」あいつが首をかしげる。
「ママと結婚する前じゃないの」
「いや、お前もいたよ。まだ小さかったから覚えてないのかな」
「そうかなあ」
「でも、ママはいなかったんでしょう」
そうたしかに母さんはいなかった。父さんと三人だったような気がする。
「あの頃って外で食べることってあまりなかったよね」
「家族の一大イベントって感じだったよね。中華屋さんに行ったり、おそば屋さんに行ったり」
「あの頃お前はそば屋に行ってもうどん食べてた」
「あのころはね。今はおそば大好きなのに」
「あの時は母さんに用事があって、それで父さんとうどん屋に行ったんだよ」
「でもそんな時はいつもお兄がごはん作ってくれてたよね」
「まだ作れなかった頃だよ。お前が家に来たばかりの頃」
「やっぱり覚えてない」
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