Ⅱ-1 チューリップハット

 桜が咲きはじめたらしい。あいつはいつになく機嫌がいいようだ。今度の週末あたり、またあそこの神社に出かけるのだろうか。神社といっても近所の小さな神社で、

桜が見事なわりには見物客が少なく穴場になっている。

「お兄、今年は何が食べたい」

「ポテチにビール」

「ダメだよ、そんなんじゃ」

 あいつにとって花見は一大イベント。いつも二人っきりなんだけどね。結局いろいろ手の込んだ料理を作っても、食べきれずに残ったものはそのまま夕食になる。

 僕はともかく、あいつには花見に誘う友だちとかいないのだろうか。学校に行くためこっちに出てきて、その後にあいつが僕の部屋に転がり込んできた。

 もともとこっちには知り合いなんていないのだけれど、ずいぶんこっちに住んでいるのに、いまだに何をするにもいつもあいつと二人。たしかに居心地は悪くない。でもずっとこのままってわけにもいかないだろう。

 今日は暖かく天気も良いのでブラブラと外に出てみた。近くを流れている小川に沿って上流のほうに歩いていくと、あたりは少しのどかな風景に変わってくる。川沿いに桜の木がポツリポツリと見えてきて、その先のちょっとした丘が公園になっている。その公園にも桜が植えられているのだけれど雑然と植えられているので、近くに行ってよく見ないとどの木が桜なのかよくかわからない。

 桜はまだ三分から五分といったところだろうか。まあここの桜は満開になっても、

今ひとつ見栄えがしないのだけれど。

「センスないよね」

 あいつがそんなことを言っていたのを思い出した。この辺に遺跡があるらしく、そのせいで開発から取り残されてしまったらしい。公園の奥のほうに築山みたいなものがあって、それが古墳なのだという。

 公園の入口になっている橋を渡ると大きな石柱が立っている。よく見てみると、たしかに「史跡公園」と文字が彫ってあった。なるほどねと思いながら公園の中に入っていく。

 そういえばこの中に入るのははじめてかな。入口からつづく坂を上り終えると少し開けた場所があり、奥のベンチにひっそりとすわっている人が見えた。くすんだ葉っぱ色のチューリップハットをかぶり、丸いふちの大きなメガネをかけている。黄色味がかった薄緑といった感じの微妙な色のセーターを着て、くたくたのジーンズにかなり履きこんだスニーカー。帽子とめがねで顔はよく見えなかったけど、髪は肩のあたりまで伸びていた。

 僕が通り過ぎようとしたとき、チラリと僕のほうを見る視線を感じた。僕はその視線を気にせず通り過ぎて築山の前に出た。

 築山は木柵で囲まれていた。やはりこれは古墳なのだろう。しばらく見ていたら、さっき見たチューリップハットの女性が古代から来た女性のように思えてきた。

 何となくだけれど。でも古代の女性はあんな格好はしていないよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る