Ⅴ-3 妹
「今は妹さんといっしょに働いてるの」
「忙しいときはね。ランチタイムにはもう一人バイトが入ってる」
「そんなに忙しいんだ」
「おかげさまで」
「でも何かさびしかったりもするんだ」
「どうして」
「行くべき場所が見えてきちゃったっていうか。まあ、実際は何が起こるかわからないけど、あいつは店をやりたいみたい」
「でもいいことじゃない」
「妹さんが頑張ってるんだから、あなたも頑張らなきゃね」
いいものさえ書いていれば結果はどうあろうと関係ない。そう思っていたけれど、このまま誰の目にも触れないというのもどうなんだろう。ちゃんと形にして残しておかないと。なんて考えるのはまだ早いのだろうか。そもそも残すべきものが書けているのだろうか。あいつのおかげで考えることが増えてきてしまった。
あいつはあいつ、僕は僕のはずなんだけれど。
「今日ビリーさんの予約が入ってるの。お父さんが久しぶりにアメリカから帰ってくるんだって」
「ビリーのお父さんはアメリカにいるんだ」
「ニューヨーク。すごいよね」
あいつはオリーブオイルをかけたバケットをかじりながら、緑色のジュースを飲んでいる。
「特製ジュース。まだ試作品だけど」
「予約が入ってるのに今日はずいぶんのんびりしてるね」
「昨日のうちに仕込みはしておいたから」
「ビリーさんニューヨークに行っちゃうかもしれないね。向こうは本場でしょう」
ニューヨークには行ったことはないけれど、ビリーには合っているような気がした。
「でも、お姉さんどうするんだろうってマスターが言ってた」
「お姉さんがいるんだ」
「そう、よく三人で来てたんだって」
僕はビリーがジャズクラブで言っていたことを思い出していた。似てるのかなあ。姉妹だしね。
「何か恥ずかしいね。こうして見られてる感じって」
僕はカウンターにすわったまま、作業をしている彼女をじっと見ている。
「いつものことじゃない」
「でも今日はいつもと違う」
「散歩は行かないの」
「行ってる。たまにね」
「ねえ、マフラーはどうしたの。ちゃんと渡した」
「それがさ、あいつずっと忙しくて渡すチャンスがなくて」
「誕生日とかじゃなかったの」
「気がついたら過ぎてた。今までも誕生日だからって何かするわけじゃなかったし」
「あなたのときも」
「そうかな、親といっしょだった時は別だけど」
「でも、そんなものよね。きょうだいって」
「きょうだいいるの」
「妹がいるの。あなたと違ってずいぶん会ってないなあ」
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