Ⅴ-4 今日の映画
「ユリさんはどうするんですか」
「どうするって」
「ニューヨーク」
あいつは紅茶のクッキーを一口かじる。
「ゆずちゃん。似合ってるね、そのマフラー」
「セーターもマフラーもお兄にもらったんだよね。はじめてここに来た時もこのセーター着てた」
「失敗作なんだけどね」
「そんなことないよ。あたしこの感じ好き」
「ありがとう」
「あったまりますね、このお茶」
「ローズヒップとハイビスカスのブレンドにハチミツとジンジャーを入れたの」
「あのハチミツはおまえのお土産だったんだ」
「そうだよ。神戸のハーブ園で買ったの。わからなかった」
「そもそもおまえがここに来てることがわからなかった」
「心配だったのよね。らしくないクッキーとか買ってくるから」
「らしくないかな」
「あのときはね」
今日はパブロの定休日であいつにせがまれて映画を見に行った。
ジャズクラブからそんなに離れていない、細い路地を入ったところにあるレトロな映画館。客席も少なくスクリーンも小さいけれど、小奇麗で洒落ている。じっくりと映画を見るにはとてもいい雰囲気だった。
「エリちゃんが教えてくれたんです、あの映画館」
「あたしも知ってるの。あそこのオーナー、こだわりがあるみたいで、気に入った映画しか上映しないけどファンも多いの」
「お兄も見たかったんでしょう今日の映画。あたし台湾の映画なんて初めて見た」
「たまたまだけどね。昔テレビで一度見たことがあってもう一度見たいって思ってたんだ。まさか今日見られるとはね」
「いいですよね、薪ストーブ。自然のぬくもりっていうか」
あいつはまだ火の入っていない薪ストーブを見て、そんなことを言った。
「お兄、あたしもこんな感じのお店やりたい」
「パブロはどうするの」
「まだ先の話だよ」
ユリさんはあいつを見てにっこり笑っている。
「ねえお兄、何で待ってなかったんだろう」
「あたしだったら、何があっても待ってると思う。日本には兵役はないけど」
「映画の話」
「ほかに何だと思った」
店からの帰り道あいつがぼくに言った。
「たしかに唐突過ぎるかな。でも、あれがあるからラストシーンがあるんだし」
「あのおじいちゃん素敵だよね」
「やっぱりお兄は小説家なんだね」
「なにそれ」
「一歩引いて見てるっていうか」
「そんなことないよ。ちょっとうるっとしたし。おまえほどじゃないけど」
「お兄だったらどうする」
「ハッピーエンドにはしないかな」
「じゃあのままでいいの」
「さあ、どうだろう」
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