Ⅰ-3 ホワイトデー
ひと雨ごとに暖かくなるなんて言うけれど、なんとなく実感のわかない日々が続いている。本当に暖かくなっているのか、実はまた少しだけ寒くなってしまっているのか。微妙な気がする。
さっきまで降っていた雨が止んだので、冷蔵庫の中身をチェックしてスーパーに出かけた。春は近いというのに、着ているものは真冬とさほど変わりない。特に考えることもなくそれで過ごしてしまうから不思議といえば不思議。結局切り替えができないのだろうか。昼間はともかく日が傾いてくるとそれなりに寒いのでそれほど違和感は感じない。
そんなことを考えながらブラブラと歩いている。まっすぐスーパーに行ってしまってもどうなのかと思いスーパーとは反対の方向に歩いてみた。
ふと目にとまったコンビニをのぞいてみる。ホワイトデーか。あのスーパーにもそれらしい商品が並んでいるんだろうな。でもせっかくならデパートにでも行って少し洒落たものを探すのも悪くない。そんなに高いものは買えないけれど。値段よりも気持ちが大切だから。
なんて思いながらながめていたら、近くにいた女子高生がチラリと僕のほうを見たような気がした。自意識過剰かな。そういえば、僕はバレンタインにチョコをもらったんだっけ。
確かスーパーの買い物のついでにあいつがチョコを買っていた。あのチョコはもらったことになるのかな。ほとんどあいつが食べちゃったんだけど。
「義理チョコとかは嫌いなの」
試しに買って味見をしただけなのか。それともチョコが食べたかっただけなのか。たしかにチョコを買ったのは、バレンタインデーの一週間以上も前だった。
チョコをもらわなくてもあげてもいいのかな。でもあげなかった人からお返しをもらったら、女の子はどう思うんだろう。あまり歓迎されない気がする。そもそも誰にあげるんだ。
そんなことを考えていたら、駅前まで来てしまっていた。ここまで来てしまうと、引き返してスーパーに行くのは大変だ。スーパーに行くのはあきらめて、僕はデパートのある通りの向こう側に渡ろうと信号待ちをしている。
ふと駅側の歩道橋を見上げると、見覚えのある女性が歩いていた。黒っぽいコートを着て、髪を肩のところで揃えてカットしている。
僕は信号待ちを止めて、後を追うように歩道橋を上りはじめた。歩道橋の上に出るとすでにその女性の姿は見えない。僕は急ぎ足で歩道橋を渡り、向こう側の歩道に降りていく。歩道に降りても人ごみに紛れてしまってその女性は見当たらない。
しかたなく僕はデパートの中に入り、地下の食品街に向かった。デパ地下の菓子コーナーに出店している店にはそれぞれにホワイトデー関連の商品が置かれていて、それとは別に特設コーナーまで設けられている。
ひととおり見てみたけれど、ホワイトデーなのに客は女性客ばかりで、圧倒された僕は惣菜コーナーのほうに押し出されてしまう。
そして有名なトンカツ屋の前でさっくりと揚がったロースカツをながめている。
「どうしたの、こんなところで」
誰かがぼくの肩をたたく。振り返るとあいつが立っていた。
「お前こそどうしたの。まだ早いんじゃない」
「今日はちょっとね。出先を回って直帰」
そうか。そういえば、たまにそんなことがあった。
「おししそうだね、トンカツ」
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