Ⅱ-3 雨の土曜日、桜見物
週末の土曜日。空は雨模様。あいつは朝から元気にしている。僕は湿り気味なのに。
「この雨じゃ花見はよしたほうがいいんじゃない。明日まで待ったら。晴れるかもしれないし」
「明日も雨らしいよ。それに明日はあたし用事があるし」
「用事って」
「別に」
「別にって、用事なんだろう」
「まあね。お兄には関係ないし」
何だよと思いつつ、あいつの顔を見る。あいつは少し目をそらした。
「弁当とかは作ってないよね」
「少し作ったけど、それは夜食べればいいから」
お昼少し前にあいつと二人で神社に向かって歩いていく。花冷えとは言うけれど、外に出てみると思っていたよりも寒い。雨のせいかなのか。風のせいなのか。
あいつの傘と僕の傘が何度かぶつかった。部屋の中ではテンションの高かったあいつもほとんどしゃべらない。ぼくもあいつに合わせるように無言で歩いている。
神社は古墳のある公園の少し先にある。この辺を歩いているのは僕たちだけらしく、すれ違う人もいない。車が何台か僕たちの脇を通り過ぎた。畑の緑が雨に霞んでいる。春の匂いと雨の匂いが混じり合っていた。
あいつが少し早足になる。歩道が狭くなって、僕はあいつの後ろを歩きはじめた。あいつの傘から雨のしずくが僕の前に落ちてくる。僕はあいつとの距離を少し広げた。ちょうどあの公園の入口の橋を過ぎたあたり。公園の桜はいつもどおり地味に咲いている。もう少し歩くと神社の階段が見えてくる。ピンク色に飾られた桜の枝が、道路のほうに張り出していた。
あいつは階段のところで立ち止まり階段の先のほうを見ている。階段は十段ほどしかなく、その先の参道に沿って整然と桜の木が植えられている。僕の目にも桜の花のトンネルが見えてきた。雨のせいか、桜の花のトンネルはいつもよりもの悲しく見える。
「きれいだね」あいつが言った。
「雨の桜も悪くないね」僕が言う。
「行こうか」あいつが階段を上りはじめる。
「人が少ないね」
「雨のせいかなあ」
「そうかもね」
参道を抜けて境内に入った。僕とあいつは境内の奥の桜の木をながめている。毎年この木の下にビニールシートを敷いて弁当を食べる。
「いつもならゆっくり見ていられるのに」
「そうだね」
そう言ってあいつはケータイで写真を撮った。
「お参りして帰ろうか」
鈴を鳴らし、お賽銭を入れて手を合わせる。あいつはいつもより長く手を合わせているような気がした。何をお願いしているんだろう。
帰りの参道で桜を見物に来た何人かとすれ違った。明日は晴れるといいんだけど。
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