Ⅳ-3 夏の終わり
彼岸を過ぎても夏の暑さが残っている。開店と同時にスーパーに入って買い物を済ませ、冷蔵庫に入れなければならないものもあったので一度部屋に戻り、その後ブラブラと史跡公園まで歩いてきた。あの店に行くときはよく通過するけれど、こうしてのんびり公園を散策するのは、はじめてこの公園を訪れたとき以来だろうか。日差しから逃れるにはなかなか良い場所なのかもしれない。
僕はスーパーで買った焼きたてのライ麦パンとセロラドリンクをランチバックから取り出した。これはあいつが使っていたものだけれど、今はたまに僕が使っている。そういえばあいつが会社に弁当を作って持っていったことなんてあったのかな。よぼど気が乗らないと作っていなかったように思う。
「コンビニで買い物するときとか便利だったの」
僕がだいぶ前にそのことをあいつに言うとあいつは少しむきになっていた。僕はそんなあいつが好きだった。まだあいつが小さかった頃から。
僕のすわっているこのベンチは、はじめて彼女を見かけたベンチ。桜がちらほら咲きはじめた頃だった。
「妹さんの話をしてるときっていつも楽しそうね」
「そうかな」
「すごく優しい目をしてる」
店の窓から見える緑も若葉の頃とくらべると落ち着いた色合いをしている。少しオレンジがかっているようにも見える。彼女は僕が持ってきたライ麦パンにハチミツをかけて食べている。
「そろそろなくなっちゃうの、このハチミツ」
「おみやげにもらったんだよね」
「そう」
「今日のお茶は何」
「ルイボス茶」
「飲みやすいね」
「ねえ、お茶飲み終わったら散歩に行きませんか」
「かまわないけど、お店はいいの」
「大丈夫。今ごろの時間はときどきいなくなるから」
そうか、はじめてこの店に来た時も彼女はいなかった。
「奥のほうに行ったことあります」
「いい場所があるんですよ」
そう言うと彼女はカウンターに置いてあった麦わら帽子を手に取った。
「麦わら帽子もそろそろ終わりかな」
「夏が終わるってさびしい」
店から山のほうに歩いていくと、しだいに道幅が狭くなってくる。そして、田園風景が山里の風景に変わっていく。彼女の麦わら帽子が風を受けてゆれていた。彼女はメガネをはずしている。彼女の横顔がやけに新鮮に思えた。
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