Ⅲ-2 アフリカの楽器
「あずき色のカーディガンだね」
「おしゃれでしょう」
「でも、あずき色は秋じゃないの」
「そうかな」
「たしかに今は手編みの季節じゃないかも」
「いいのよ。値札もつけてないし、欲しい人がいれば売るけど」
「今日はピンクのお茶だね」
「ハイビスカスとローズヒップ。ちょっと甘くしてあります」
「アイスでもいけるかな」
「酸味がね。これからの季節にはぴったりでしょう」
「ラベンダーの季節って今頃」
「窓の外は一面のラベンダー畑、なんてね。素敵だろうけど、この辺は気候が合わないみたい」
「なるほど」
湿気が多すぎるのかな。店の中には繊細な弦の音が響いている。アフリカのコラという楽器。CDを聞かせてあげたら、彼女が気に入ってずっとこの店に置いたままになっている。
弾いているのはグリオと呼ばれる世襲制の音楽家。日本の雅楽みたいなものなのかな。演奏はすべて即興らしい。
彼女はアフリカの楽器がよほど気に入ったのか、どこからか手に入れたカリンバが
店のカウンターに置かれていた。
「通販で買えるの」
カリンバを見ている僕に彼女が言った。指ではじいてみる。
「音はね。でも、アクセサリーにはいいでしょう」
ジョージ・ハリソンがインドではなくアフリカの音楽に出会っていたら、ビートルズの音楽も変わっていたのだろうか。
コラの音を聴いていたら、ふとそんなことを思った。この店にはコラやカリンバ、バラフォンの音が合っているような気がする。
「あたし、アフリカのタイコとかも好きなの」
「聞いたことあるの」
「テレビで見ただけなんですけど」
「じゃあ、今度持ってくる」
「持ってるんですか」
「タイコじゃなくてCDだけど」
外は雨が降り始めた。いつ降ってもおかしくない空模様だったけど。今年は梅雨に入っても雨が少ない。青々とした一面の緑に雨が落ちる。しとしと降る雨。人も車も通らない。
どういうわけなんだろう。この店では他の客に会ったことがない。いつも彼女と二人だけ。
「傘持ってます」
彼女は持っていたティーポットをテーブルに置いた。
「ビニール傘ならありますよ」
「借りてもいいですか、止まなかったら」
「今日は止まないと思います」
彼女は微笑みながら僕の向かいにすわる。
「もう一杯どうですか」
ティーポットから僕のカップにお茶が注がれ、スプーンの入った瓶が僕の前に置かれた。
「お好みでハチミツもどうぞ。これおみやげなんです」
「アカシアですね」
僕はそう言ってハチミツをスプーンですくった。
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