Ⅲ-6 土産話

「ナポリタン注文したんじゃなかった」

 あいつは運ばれてきたカツカレーを自分の前のほうに引き寄せた。

「カレーの香りがあたしを誘ったの」

「お兄はナポリタンでいいでしょう」

 そう言ってあいつは、当然のようにナポリタンの皿を僕の前のほうに。

「頑張って仕事に精を出しているあたしには、やっぱりカツカレーでしょう」

「それだったら最初からカツカレーにすればいいのに」

 僕だって仕事してるし、家事はほとんど僕がやってるわけで。

「お兄といっしょじゃない方がいいと思って」

「あいかわらず仲がいいね」

 僕らを見ていたマスターが言う。

「そういえば神戸に行ったんだって」

「そうだ、おみやげがあるの」

 あいつはバックの中からビニール袋を取り出して、カウンターの向こうにいるマスターに持っていく。

「アカシアのハチミツ。ハーブ園で買ったの」

「うれしいね、ありがとう。聞いたことあるよ。ロープウェイに乗って行くんだろう」

「ラベンダー畑もバラ園も素敵だった」

 あいつはうれしそうにマスターと話している。カツカレーは放置され、僕は久しぶりにナポリタンを食べている。やっぱりここのナポリタンはおいしい。

「まだやってるのかな」

 あいつはエレベーターの中で不安そうにそう言った。なんで神戸まで来て東急ハンズにあんなに時間をかけるのか。ちょっと寄るだけだったんじゃない。

「見てたら楽しくなっちゃって」

 しかもその後に神戸牛を食べに行きたいって。そばめしとほかにもいろいろ食べたじゃない。店がわからなくてずいぶん捜したし。

「あれはおやつだよ」

「異人館街でケーキも食べたんだよ」

「あれはお茶とセットだから」

 エレベーターが開くと、和服の女性が立っている。僕たちを待っていたようだ。

「今からでも大丈夫ですか」僕が女性にきいた。

「大丈夫ですよ」女性は微笑みながら答えて、僕たちをカウンターの席に案内してくれた。時間が遅いせいか他に客はいないようだ。

「ねえ高そうだね」

「もう戻れないよ」

「そうだね、でも大丈夫。まかせて」

 そう言ってあいつはロースとヒレのコースを一人前ずつ注文する。

「お飲み物は」女性が優しくきいてきた。

 あいつは赤ワインを僕はビールをグラスで注文した。しばらくすると白い帽子に白衣の男性が肉をトレーに乗せてぼくたちの前に。何やら肉について説明をしている。あいつと僕は高級そうな神戸牛に目が釘付けに。

「まずはお刺身で」

 白衣の男性はそう言って薄く小さめにカットした肉に塩をのせてぼくたちの前に。口に含むと「溶けた」と思わず声が出てしまいそうになる。そして僕とあいつはおたがいの目を合わせる。

「刺身で食べたんだ」

 うらやましそうにマスターが言った。

「一口だけ」あいつが言う。

「ステーキも美味しかった。味付けは塩だけなのに」

「ヒレもロースも」

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