第2話

「単刀直入に言わせて欲しい」

 式が終わったあと、俺は愛衣を連れて近くのカフェに来ていた。道中も、そして席についてからも。二人っきりになった瞬間からお互い、何を話ていいのかわからず無言が続いている。声をかけたのは俺なのに。なにをどう切り出せばいいかわからない。考えに考えて、そして……開き直った。

「好きだ」

「え?」

 案の定、急な展開に突いてこれなった愛衣はキョトンとした顔で俺をみている。

「俺は今でも愛衣が好きだ。俺達、やり直せないかな……」

唐突だ、とは自分でも思う。けれども、他に何をどう言えばいいかわからなかった。

「無理、だよ」

 言葉に躊躇いはあったものの、愛衣からの返事は考える間もなく即答だった。それはそうか。取り返しのつかない間違いを犯したのは、俺だ。

「そう……だよな。ごめん。俺が愛衣を傷付ける様な事したのに……」

 本当は、みっともなく縋ってしまいたかった。許してくれと。でも、それが出来なかったのは愛衣の事が好きだったからだ。自分を律してでも、愛した女性を困らせたくなかった。

「違うの!」

 自分ではわからないが、よっぽど酷い顔をしていたのだろうか。尻すぼみな言い訳を続ける俺の言葉を遮った愛衣は、思いの外必死な顔をしていた。

「違うの。悪いのは私。……私ね、愛がないの」

愛衣の言葉に息を飲む。これは。多分この台詞を言わせたのは、俺だ。

「それは、違う。そうじゃない。俺は、そんなこと」

 俺が過去に言葉が愛衣の心をえぐったのだと思った。しかし、酷く動揺する俺の姿を見て、愛衣はただ首を左右に降る。

「吉野くんに言われたからじゃないんだよ。親からも散々言われた言葉だし」

「それは、」

「聞いて」

 口を挟もうとした俺を止めたのは愛衣の固い言葉だった。

「私ね。人の事を好きになれないみたい」

「え?」

「あ、もちろん、友達の事は好きだし、吉野くんのことも好きだった。……すごく。すごく好きなつもりだった。でも、私、恋愛がわからないの」

 愛衣の言葉の意味がよくわからない。

「わからないって?」

「吉野くんの事は尊敬してたし、好きだった。でも、それは多分恋じゃない。これからもずっと、誰かに恋をすることはないと思う」

「そんなの……」

「アロマンティックって言うんだって」

「え?」

「恋が出来ないセクシャリティ。私ね、多分世界で一番吉野くんが好きだった。でも、吉野くんが私にくれる好きとは違うの。私には吉野くんが欲しいものをあげることが出来ない」

 そう言った愛衣は、酷く辛そうな顔をしていた。多分、俺より断然苦しかったんだと思う。今も、今までも。

「聞いていい?」

「え?」

「恋愛出来ないっていうのは、男が怖い、とかそういう?」

「こわい……うん、それもあるかもしれない。けど。そういうことじゃなくて。……そうだな……シンデレラ、みたいな」

「え?」

「シンデレラを見て、『私もこうなる』って思う人は多分いないでしょう?作り物の夢物語だってみんなわかってる」

「うん」

「私にとって、恋愛ドラマも友達の恋バナも……由香の結婚式も、全部それぐらい現実味がないんだよね……。うん、でも、凄く羨ましい、とは思う」

「羨ましい……」

「だって、みんな幸せそう」

「愛衣は今、幸せじゃないの?」

「幸せ……だよ」

 全然幸せじゃなさそうな顔で、全部諦めたみたいな顔で。そんなこと言わないで欲しい。

「俺じゃ、愛衣を幸せに出来ないのかな」

「私は、吉野くんに何も返せない」

「返さなくて、いいんだよ。違うんだ」

 愛衣は微かに首をかしげて俺の言葉の続きを待っている。

「愛衣はさっき、俺の事が世界で一番好きだったって言ったけど」

「うん」

「今は?今はもう、その気持ちなくなっちゃったかな?」

「すき、だと思う。また、昔みたいに。友達に戻れるんじゃないか、って期待した」

「それならさ。もう一回、俺と付き合ってみませんか」

「でも、それは」

「誰かと付き合うのは嫌?」

「だって。何も返せない」

「返さなくていい。俺が愛衣といたいだけなんだ」

「でも、それじゃまた」

「由香ちゃんの事、羨ましいって言ってたよね」

「それは……」

「間違ってたらごめん。でも、それって、結婚願望があるって事なんじゃない?」

「それはっ」

「愛衣。それは悪いことじゃないと思うよ」

「え?」

「愛されたいって思うのも。結婚したいって思うのも、全部普通の事だよ」

「でも、私は。愛がわからないのに、誰も愛せないのに。そんなの」

「本当に、愛がないのかな?」

「え……」

「愛衣が俺にくれてた好きはちゃんと愛情だったと思うよ。今更だけどさ。恋愛じゃなくても、愛だったんじゃないのかなって。恋愛しなきゃ、お付き合いできないのかな?結婚しちゃ駄目?俺は、そんなことないって思いたい」

 愛衣がそんなに苦しむくらいなら。そんな世間一般の決めたルールなんていらない。そう、思ってしまった。

「返さなくていいって言ったけど、ごめん。あれ嘘だ。俺は、見返りに愛衣が欲しい。愛衣の“好き”が欲しい。世界で一番の」

「でも……」

「ねぇ、愛衣。俺と、結婚を前提にお付き合いしてもらえませんか」

「でも、私、」

「もちろん、愛衣が嫌なこととか怖いと思うことはしない。約束する。だから、考えてみてくれない?」


 その後、俺は強引に話を進めた。本気で愛衣との将来を考えるなら、これぐらい強引じゃないとダメだと思ったから。同じ失敗をするかもしれない。でも、その時はちゃんと、愛衣の話を聞く。その前に、ちゃんと愛衣の拒絶を見逃さない。

 今のところ、愛衣は本気で嫌がってはいなかった。……と思う。愛衣が終始気にしていたのは『俺に恋愛感情を返せないこと』だけだ。たとえ形だけだったとしても。世界で一番俺が好きだったといってくれた愛衣。その言葉があれば十分だ。

 とりあえず、1ヶ月。その期間はお試しで。愛衣にとっては俺との今後を考える期間。俺にとってはアロマンティックとはなんなのか、調べる期間を作った。

 その後、お互いの考えを擦り合わせる。その上でフラれたら俺は、そのときこそ外聞も考えず愛衣にすがり付くかもしれない。それぐらい、愛衣の事を愛してしまった。なにしろ、五年、ずっと片思いしていた相手だ。そう簡単に諦めるだなんて出来る筈がない。

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