アイのカタチ

あおやま えこ

A

第1話

 昔から恋と言うものがわからなかった。

『~~くんが好き!』

『私は◯◯くん。愛衣あいちゃんは?』

 クラスの女子達が集まって、そんな会話を繰り広げていたのは小学生の頃だったか。小学生といえど女子が集まればそこにいるのは女だ。

まだ幼さいが故の無邪気さを持ち、直球な物言いで聞いてくる。好きな人がいて当たり前。恋をしないなんてあり得ない。そういう雰囲気が苦手だった。

 皆が言う『特別な男の子』なんていなかったから。正直に「いない」と答えれば、いないわけないと疑いの言葉が向けられる。そして、白状しろと追求される。追求されてもいないものはいなくて。どうしようもない時間が数分続いたりする。

 当時の私は友達と違う事がただ怖くて、周りと同じように誰かを好きにならなければと焦ったりもしたけれど、結局誰にも友達以上の感情を抱くことは出来なかった。


 年齢が上がれば恋愛経験がステータスとなり、友人達が恋愛経験でマウントの取り合っているのを感じた。いかに自分の彼氏が凄いのか、いかに自分か愛されているか。いかに自分が幸せか。勿論それだけではないけれど、会話の主軸にあるのはいつでも恋愛トークだ。

 恋人がいないのは可哀想なことで、恋をしないのは不幸なこと。そんな価値観で塗り固められていくのを感じた。

 愚痴と言う名の惚気合いが広げられる中、私は一人愛想笑いを浮かべて彼女達の話を聞く係。

年相応になれば、私も誰かに恋をして彼氏を作って結婚して……。そう思っていたのに、いつになっても誰かに恋心を抱く兆しは見えなかった。

 少女漫画を読んで、ドラマをみて、友達の話を聞いて。恋というのがどんなものなのか、想像をすることは出来るけれど、自分の内から身近な男性に対してそんな気持ちが湧いてくることはない。『普通』でいたいのに。どうすればいいのか分からなかった。


 高校を卒業して大学生や社会人になり、結婚と言う言葉が近くなってくるとますます友人達の恋愛トークには力が入っていく。

 恋愛するのが当然、恋愛しないのはおかしい、周りの雰囲気にそんな焦りだけが募っていく。酒が入って盛り上がる女子会で話せる恋バナのひとつもない。私も恋をしなければ友人達の輪に入れないような気がして。『普通』を外れるのが恐ろしくて。ますます追い詰められていった。

 何とかしなくては。焦る私は、無策のまま積極的に飲みの席に参加するようになった。

合コンというには緩く、仲間内の飲み会というには浅くて広い関係の男女が集まる飲み会。

 「参加するのは友達の友達だから安心だよ」と誘われ参加したのはその第一回目だったらしい。それから二回、三回、四回……と回数を重ね初期メンバーとはすっかり打ち解けた仲になっている。

 開催回数がもうすぐ二桁に上ろうとしているこの会では、毎回新しい人が参加すると自己紹介から始まる。少し酒が入った状態で始まる恒例行事だ。私の自己紹介が終わるタイミングで「愛衣は恋人募集中だから~」なんて友達がふざけ、「募集中で~す!」と笑顔で答えるのも恒例となっている。私だけじゃなくてパートナーがいない参加者全員が受ける洗礼みたいなもの。それだけで数分盛り上がれるのだから酒の力は凄い。

「彼氏いそうなのに」

 初対面の男性がいうソレが当たり障りない誉め言葉なのか嫌味なのかわからず愛想笑いを返すのも毎回のこと。

口では軽口を叩きながら、見定められている様な視線を、積極的にアプローチしてくる異性をただただ気持ち悪く感じた。

 異性に対する嫌悪があまりにも酷く、『もしかして私は同性愛者なのでは?』そう考え悩んだこともある。男性から好意を寄せられて嫌悪を覚えるのは、自分が女性を好きな人間だからではないのか、と。とはいえ、それまでの人生の中で女性を好きになったこともなかったし、女友達であろうとベタベタ体を触られる事には激しい嫌悪感を覚える。その他もろもろを考えても同性愛者だという可能性は皆無だと思う。


『好き』と言う気持ちがないわけではない。好きな食べ物や、好ましく思える色、好きな本や映画もあるし、歌手や俳優を好きになることだってある。

 男性芸能人を好きになる度に、きっとこの気持ちが恋なんだろうと想像して安心する私が心のどこかに佇んでいた。

 それでも、テレビの中の大好きな彼から少しでも人間味を感じてしまうとモヤモヤとした黒いものが胸の中にわだかまる。その度に、私の中から好きと言う気持ちが減ってしまうのが怖くて、完璧に作り上げられた仕事用の顔以外の情報は全て切り捨てた。

 やっぱり私は人を好きになれないんだ、なんて。そんな再確認はしたくなかったから。唯一感じる恋のような不思議な、心が暖まる気持ちを失いたくなかった。

 私の事を知らないテレビの中の彼らに抱くこの気持ちが恋なんだと自分に言い聞かせる。私は人を愛することが出来るのだと、言い聞かせる。

 ただただ、『普通』でいるために。

 いつか愛する人ができ、結婚して、子供を抱いて幸せな家庭を築く事だってできる。だから大丈夫。

 恋心を抱けないことが怖いのか、『普通』じゃなくなることが怖いのか、それすらも、もうわからなかった。

 ぐちゃぐちゃに矛盾する心に蓋をして全てを隠す。そうでもしないと押し寄せる不安の渦に飲み込まれてしまいそうだった。

 不毛なのはわかっている。芸能人に夢中になって現実を見ない女が世間でどう思われているのかも。それでも、私はみんなと同じように恋ができると安心したかった。いつか現れる愛しい人を想いながら、押し寄せる嫌悪を笑顔で圧し殺し続けた。

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