第3話
「偏見はないけど……知りたい、とは思う」
「は?」
備海が今までのふざけた雰囲気を消し、真剣な目をして言った。
「言っただろ。妹が多分バイだって。両親も俺もそういうのに偏見はないんだけどさ。こう……なんていうか……なぁ」
こう、とかなぁとか。急にはぐらかされても。なんとなくぼんやりと言いたいことは分かる気がするが、結局何を聞きたいのか、肝心な部分が分からない。
「ウジウジすんな、はっきり言え」
「わぉ相変わらず男らし……あ、いやその。カワイイ?」
「めんどくせぇなお前。お前になに言われたって今さら傷つかねぇよ。その無理矢理取って付けたようなお世辞の方が傷つくからやめろ」
すごく考えに考え抜いたような顔で真剣に言葉を選んで会話を進めようとしてる奴から、悪意なんて感じない。
「でもさぁ!無意識に酷いこと言っちゃうかもしんないじゃん!」
「それは、『普通じゃない』相手だから気を使うのか?可哀想な俺に気を使ってくれてるって?」
「そんなこと言ってないだろ!?」
「そういう事なんだよ。お前が言ってるのは。マイノリティだろうとそうじゃなかろうと。悪気のない言葉で相手を傷つける事はあるだろ。俺だって多分お前に酷いこ言った事あるんじゃないか?多分、今だってそうだ。酷いこと言ってるよ。でも、それって仕方ない事だと思う。だって、相手がどうやって生きてきて、何を言われたら傷つくかなんて分かるわけないんだから。でも、俺らは“普通じゃない”から気を使わなきゃいけない相手だと思われてるんだな。……少なくとも俺は。こんな格好して何言ってんだって思われるかも知んないけど。わがまま、なのかもしんないけどさ……マイノリティだからって腫れ物扱いされるのは嫌だよ」
だから、隠してきた。親にも友達にも。おかしいと言われることも怖かったけれど。そうやって無意識な行動で、善意で、普通との違いを突きつけられるのは苦しい。
「……酷いこと言った。ごめん」
「酷いことは言われてない。備海は俺に気を使ってくれただけだろ」
「でもさ」
「だから。妹さんにも直接聞いてやれ」
「へ?」
「だって、俺は備海の妹じゃないから。何が嫌でどういう対応して欲しいのかはその子にしかわからない。さっきのは俺の話だよ。俺は、今まで通り普通に接してくれていた方が嬉しい。それだけだ。嫌なときは嫌だってハッキリ言うから」
「そうか……。うん、そうだな。わかった」
「で?結局お前は何が聞きたかったの?」
「あ?今解決した」
「あっそ。じゃあ、もう帰っていいか」
「まて、待ってください。まだなんも話してなくない!?」
「え……別に話すことないだろ」
「えぇ……それが久しぶりに会った友達に言うこと……?あるだろ?もっと、『久しぶり~!最近何してた~?』とか」
「見ればわかるだろ」
「わかんねぇよ!」
「女装してた」
「そう言うことは聞いてねぇ!」
「じゃあ何が聞きたいんだよ……」
「え?」
「やっぱり、帰っていいか」
「やだよ。だって今このまま帰したら、お前、俺の前から消えるだろ」
「は?」
「連絡先消して、拒否られて?ここにも二度と来なくなる。お前は徹底的に俺を避ける」
「……今までと対して変わらないだろ」
「確かに連絡もしなかったけど。俺は、お前と友達だと思ってんだよ。今日ここで会ったのもなんかの縁だろ?だから、これを期にまた連絡取り合いたいと思っていたんですが」
「なんで?」
「なんで!?えぇ……理由が必要なのかよ。じゃあ、可愛いから?」
「お前……馬鹿なの?」
「なんとでも言え。俺はさぁ、高校の時楽しかったんだよ。お前と話すの」
「今はこんなだけど?」
「なんも変わってねぇじゃん」
変わってない、だろうか。休みの度にこそこそ女装して。私服もギリギリ男性ものに見えるユニセックスを選んで。女々しく生きている。
素の俺は、男らしさとは真逆の存在だ。それを知られた相手の前で、今更男らしさを作り込める気がしない。
「どんな格好してようと、どんなしゃべり方しようと、どんな表情作ろうと、松葉は松葉だろ。話しづらいなら話しやすいしゃべり方に変えてくれていいし。無理もしなくてもいい。今までの全部が全部演技じゃないだろ?本質は変わってねぇ、と……俺は思う」
「お前、ほんとばかだなぁ……」
「今、そういう空気じゃなくね?備海カッコいい!好き!って感動してくれてもいいんですよ」
「ほんと、馬鹿」
「マジトーンの馬鹿はやめろ。傷つくから」
「備海は本当に、全然かわらないなぁ」
「それ、誉められてる?」
「誉めてる誉めてる」
「気持ちがこもってねぇ」
「どうして欲しいんだよ……」
「じゃあ、お前の話が聞きたい」
「は?」
「今までの話。言っただろ、偏見はないって。でも、理解できてるわけじゃないから。理解したい、と思う」
「楽しくないぞ」
「それでいいんだよ。俺はお前の事を知りたい」
「なんでお前、男なんだろうなぁ……」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
本当の自分について、知り合いに話すのは初めてだった。備海は俺の話を馬鹿にすることなく真剣に聞いてくれて、分からないと思ったことはその都度確認してきた。それに対して、話せる範囲で話す。それの繰り返し。
こいつは、本気でマイノリティについて理解しようとしているんだと思った。それは、妹の為かもしれないし、他の誰かの為かもしれない。単純に備海が知りたいだけかもしれないが、それでもいいと思う。
知ろうとしてくれる人がいる、それだけで救われる事もある。少なくとも、俺は。真剣に話を聞いてくれる備海の存在に、気持ちが軽くなるのを感じた。
来なければよかった。このカラオケボックスに入る前はそう思っていたのに、今では来てよかったと思う。
あっという間に退店の時間になっていた。
「なぁ、次はいつくんの?」
それじゃあ、と別れの言葉を口にするより早く備海が俺に聞いてくる。しっかりと、腕を捕まれている。逃げた前科はあるけれど、信用無さすぎじゃないか?
「ん?」
それに対して、なんでもないフリをして聞き返す。
「定期的に来てんだろ?なら、また飲もうぜ」
「いいのか?」
「お前、今日俺の話聞いてた?俺はお前と会いたいの」
「ごめん……俺、こういう格好してるけど、恋愛対象は女の子なんだ」
「俺もだよ!口説いてるわけじゃねぇからな」
「うん、知ってる」
本日二回目の馬鹿なやり取り。どこまで冗談なのか、若干焦ってもいるようにも見える言い訳に、笑いながらそう返す。
笑いすぎて涙が出てきそうだ。
「連絡先は変わってないから」
「俺も。また連絡するわ」
そういって別れてすぐ、確認のメールが来たときは思わず笑ってしまった。
備海、お前の妹はきっとお前みたいな兄がいて幸せだよ。
C……クロスドレッサーは照れ隠す
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