第2話
勢いは相殺されたものの、転んだ瞬間何処かに引っ掛かったらしいストッキングには大きな穴が空いていたし、足には打ち身と血が滲んだ擦り傷が出来ていた。うつむき、その足をただぼんやりと見つめる。
「あー、その。可愛いと思うぞ」
無言の俺を気遣ってなのか、分かりやすいお世辞を言い出す備海に余計居たたまれない気分になった。
足は捻るし、足とストッキングはボロボロで。今日はもうヒールを履いて歩けない。というか、こんな醜い足を晒しながら歩こうとも思わない。ただでさえ、どん底の精神状態なのに、こんな追い討ちあんまりだと思う。
「そういうのいいから」
外見だけでなく、中身まで可愛くない俺は突き放すようにそう言う事しか出来なかった。立ち上がる気力すらない。
「お世辞じゃねぇから」
「だから、」
「お前さ、元々整った顔してるし。目も二重で大きいだろ。だから、そういう服装も化粧も似合ってる。可愛いよ」
「な……っ」
「だから、立て。ここ道の真ん中。……あ、もしかして足捻った?立てないなら肩貸すけど」
備海の言葉に思わず顔をあげ辺りを見回す……までもなく、遠巻きにされ注目を集めていた。そりゃあ備海も焦っておかしいことを言い始めるわけだ。この状態じゃ俺を見捨てて去ることも出来ないだろう。
「もっと早くいえよ!」
パニクった俺は、思わず理不尽に声をあげることしか出来なかった。
とりあえず、利用しているロッカールームに戻る。更衣室もついていて着替えが出来る女装専用のロッカールームだ。数十分前ここに足を踏み入れた時とは真逆の、どんよりとした気分でウィッグを外し、メイクを落として、着替えをする。ゆるふわな可愛いカーディガンとブラウスは、スッとしたシルエットのシャツに。ロング丈のスカートからパンツスタイルに。ヒールの靴はスニーカーに。鏡に写る俺は何処からどうみても男だ。
生まれてから何十年も付き合ってきた格好。わかってはいるけれど、男の格好をした自分には未だにもやもやとした違和感を感じる。いっそ、子供の時みたあのドラマの様に“自分は女だ”と声をあげて言えた方が楽だったのではないか。世間一般からみた俺は女装趣味の男でしかない。なんで俺は『男』なんだろう。周りから押し付けられる
どうしようもなく惨めで涙が出てきそうだった。
とはいえ、落ち込んでいるからといって、いつまでもここにいるわけにはいかない。少しだけ落ち着きを取り戻したところで外に出る。
「遅かったな」
そこには、とっくに帰ったものだと思っていた備海が立っていた。
「なんでいるんだよ……」
「足」
備海はガサガサとわざとらしく手にもったビニール袋を揺らしながら、俺の捻った足首を指差す。
「別に歩けないほどじゃ」
「なら、尚更だな。応急措置は早い方がいい」
どうせ、病院いかないんだろ?なんて言いながら、俺の腕を掴んで勝手に繁華街の方へと歩いていく。抵抗する間も与えない、鮮やかな手つきだった。
そのまま連れてこられたのはカラオケボックス。指定された個室に入るなり、備海はてきぱきと俺の足にテーピングを施していく。手渡された袋のなかには患部を冷やすための氷まで入っているのだから準備がいい。
「手際よすぎだろ」
「やんちゃな妹がいるからな。聞き分けがない奴の扱いにもなれてる」
聞き分けのない妹と同じ扱いなのか、とか言いたいことは色々あったが、言葉にはならなかった。
「軽蔑、しないのか」
「なんで?」
「おかしいだろ。男なのにあんな格好……」
「別にいんじゃねぇの?好きなんだろああいう服」
「でも」
「妹がさ。多分バイなんだよ」
なんでもない、普通の世間話でもするかのように備海は言う。
「お前、そう言うこと勝手に」
あまりにも平然とした顔で妹の性癖をカミングアウトするものだからこっちの方が焦ってくる。
「本人が隠してねぇから。学生時代から友達~とか言って家に彼女連れ込んでたし。両親もそういうのに寛容だからさ。俺も別に偏見はねぇの。ただの個性だろ」
「個性……」
「だから、恋愛も服装も。男とか女とか関係なく好きにすればいいんじゃねぇの?って思うわけですよ、俺は。お前、さっきの服普通に似合ってたし。可愛かったよ」
あまりにもさらりと誉められるから動揺した。そんなことを言われたのは初めてだったし、どうすればいいかわからない。
「……あんな格好してるけど、恋愛対象は女の子なんだ」
「俺もだよ!別に口説いてないからな!?」
「へぇ」
「なんだその顔」
「いや……備海クンは、そうやって周りを誑かしてんだなと思って」
「誑かしてねぇよ。事実だ事実。言っただろ。お前元々顔整ってんだよ。その顔で、あそこまで完璧に作り込まれちゃ可愛い以外に言うこともねぇし。あ、でも痴漢には気を付けろよ」
「……なんの心配をしてるんだ」
「いや、俺は松葉の事しってたからすぐお前だって気付いたけどさ。最初は普通に可愛い子が歩いてるな、って思って見てたからな。ちょっと、でかいけど」
動揺しすぎて思わず口から出たのは減らず口で、備海も普通に応戦してくる。会話の内容はアレだが、会話の乗りは高校の頃となにも変わらない。本当に軽蔑も何もしていないんだと思いしった。相変わらず口は悪けれど、昔から優しい奴だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます