A?

第1話

『だから、一緒に来てくれないか』

 我ながら情けないとは思う。思うけれども。一人でうまく対応出来る自信なんてあるわけがない。

『なんで?』

 恥を忍んで送った長文のメッセージの返信はたった三文字だった。


 何があって、誰にメッセージを送ったかと言えば一言で終わる。妹がパートナーを連れて挨拶に来るというから、海音に同伴を頼んだ。以上だ。

 妹が来る旨を、長ったらしく言い訳めいた文章でデコレーションして海音に送りつけたのが一分前。その返事が気たのは送った後、秒だった。それはそうか。三文字だ。悩んでくれた気配もなくて凹む。

『暁斗クンは今まで何のためにお勉強してたんですかね?』

 追撃が痛い。返す言葉も無さすぎる。言われる理由はわかるけど。

 海音に連れられて初めてナオさんの店に行って以来、海音にくっついてナオさんの店に顔を出す様になった。

 二人でナオさんの店に行き、その日はそのまま“カイちゃん”をお持ち帰りする。……といっても、やましいことは一切ない。地方から来た友達を一人暮らしの家に泊めているだけだ。それを知ったナオさんや常連さん達から「今日もお持ち帰り?」なんてからかわれていたのが移った。

 そんなことをしているうちに松葉という呼び方にカイが混じるようになり、今では海音で落ち着いた。それにともない、海音も俺の事を暁斗あきとと呼ぶようになった。一切連絡を取り合わなかった大学時代には、こんなに仲良くなるなんて思いもしなかった。

 今はそんな話どうでもいいのだが。初めてナオさんの店に行ってから数年。今では、一人でフラりと入店出来る程度には、ナオさんとも常連さん達とも仲良くなっている。どうも『ツンデレなカイちゃんのパートナー』的な認識をされている気がするのだが、最近はもう諦めた。訂正してもキリが無さすぎる。


 それなのに、だ。俺は今、妹とそのパートナーに会うのを怖がっている。

 他人とは話せる。それが、身内になればどうだ。この体たらく。そりゃあ海音に呆れられるのもわかる。

『大丈夫、皆と話すのと同じだよ』

 一切反応を返さない俺を心配してくれているのか、海音からのメッセージが少しだけ柔らかい雰囲気へと変わった。

『こわいんだよ』

『暁斗はちゃんと出来るよ。アキと話すナオさんたちが嫌そうな顔した事、ないだろ?』

『でもさぁ』

 そう。俺はこわいのだ。妹と、そのパートナーに変なことを言ってしまい、嫌われるかもしれない。それが、怖くて仕方がない。

『言っとくけど、絶対暁斗より妹さん達の方が緊張してるからな』

『でも、向こうは二人じゃん!俺、一人。無理。海音、頼む』

『無理じゃねぇ。どう考えても友達を同伴させるような場じゃないだろうが』


 そんなやりとりりしたのが一週間とちょっと前か。今、俺の目の前には死んだ魚のような目をしたカイちゃんがちょこんと座っている。いや、ちょこんじゃねぇわ。大分男らしく荒々しく座っている。

「なんでだよ」

「えへっ」

「全然可愛くないからな」

 全く誤魔化されてはくれなかった。

 なぜ目の前に海音がいるのかと言えば、答えは簡単。迎えにいったからだ。カフェタイムで営業していたナオさんの店まで。家に来るのは断固拒否した海音だが、いつまでもうじうじしている俺に諦めたのか、妹が来る日に合わせてこっちに来てくれる事になったのだ。とはいえ、もちろん挨拶に同伴してくれる為ではなく、その後、俺の話を聞く為に。

「ナオさんの店で待っててやるからがんばれ」

と。

 そして俺は思いました。海音の事だから早めに来て待っててくれるんだろうな、と。これは、賭けだ。いなかったら諦める。でも、もし居たら……。

 そして、俺はその賭けに勝った。妹が家にくる予定時刻の二時間も前から、ナオさんの店でコーヒーを飲んでいた海音の姿を見つけたのだ。

「あら、アキちゃん?早いわね」

 事情を話していたナオさんは予定よりもかなり早い俺の来店に首をかしげている。けれど、あまり時間はない。

「あとでまた来ます」

 そう言って、海音の腕をつかみ、コーヒー代金を支払い店を出た。

「は?」

 可愛い格好をしたカイちゃんから、信じれないほど低い声が聞こえた気がするけれど、うん。

「もうヘタレの称号でも罵倒でもなんでも受けるから一緒にいてくれ!」

 思わず往来で叫んだ俺に抵抗を止めたのは海音の方だった。滅茶苦茶顔をしかめられはしたけれども。

「本当に、どうしようもないヘタレ野郎だな」

 その罵りも甘んじて受けよう。なにしろ否定しようのない事実だった。


 そうして、現在に至る。あと30分もしないうちに妹がパートナーを連れてうちに来る。

 ……はずなのだが、その前に俺は海音に説教をされている。高々妹が恋人を連れてくるだけだろう、と。なんでただの友達である俺が新幹線に乗ってまでその席に同伴することになるんだ、とも。

「ごもっともで」

 返す言葉が無さすぎる。3分に一回「へたれ」という罵りを聞いている気がするけれど、「はい」以外の返事も出来ない。


「あのさぁ。兄貴がそうやって罵られるの?好きでもなんでもいいんだけど。そういうの、今日じゃない日にやってくれないかな?外まで丸聞こえなんだけど」

 不意に現れた第三者の声。慌てて玄関のドアへと顔を向けると、そこにはいつの間にか妹が立っていた。

「チャイムを鳴らせ、勝手に入ってくるな!」

「家にいても鍵掛けといた方がいいと思うよ」

 ごもっともで。

「それから、俺は別に罵られるのが好きな訳じゃないからな」

 海音と妹の2人から嫌なものを見るような顔で見られた。結構凹むからやめて欲しい。

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