第2話

「ていうか、彼女呼ぶなら前もって教えてほしかったんだけど。一応こっちにも心の準備がさ」

 パートナーと挨拶にくると言っていたはずの妹は、遠慮の欠片もなく部屋に上がり込み、進めるまでもなく勝手に座り悪態をつきまくっていた。

 その隣でおろおろしている彼女は、どことなくカイと似ている気がする。これは多分、妹が尻にしかれているパターンだろう。ちなみに、最初からずっと戸惑っている彼女に座る様勧めたのは、俺じゃなくて海音だ。俺よりよっぽど海音の方が家主らしい。

 いや、それよりも、聞き捨てならない台詞が聞こえた気がする。

「彼女じゃねぇから」

「は?」

 目の前の妹は信じられないものを見る目で、後ろにいる海音からはジトリとした目で睨まれている。

「いや、ただの友達で」

「は?」

「松葉海音です。このバ……暁斗とは高校からの知り合いで」

「知り合い……?なんか距離遠くない!?」

 精神的にも、物理的にも。なんで彼女に座る様すすめた後、部屋のすみにまで移動したんだ。

「うるせぇよ馬鹿。へたれ野郎」

 海音の毒舌は妹とそのパートナーの前でも止まるところを知らなかった。

「ごめんね、このバ……暁斗が、緊張しすぎて一人じゃ無理だって。場違いなのはわかってるんだけど」

「あ、いえ。貴女が悪いわけでは……すみません、うちの愚兄が」

「いいえ、俺も突き放せなかったから」

「俺?海音……さん?」

「あー、こんな格好してるけど、一応男なんだ」

「おい、兄貴」

 和やかに会話していた筈が一変、妹の口からとんでもなくドスの利いた声が飛び出した。

「わざわざ来てもらった友達になんて格好」

「あ、違う。ごめん。いや、着替えさせてくれなかったこいつが悪いけど。この格好は俺の趣味……?だから」

 そう。店から海音を連れ出した俺は着替えの事など一切頭になくて。そのままこの部屋につれてきたわけだ。海音の着替えをロッカーに残したまま。まぁ、時間もなかったし仕方がない。けど、趣味とかそんな風に言わなくていいと思う。別に駄目な事をしている訳じゃないんだから。

「好きな格好すればいいだろ。可愛いんだから。好きな服来てなんか問題あんの?」

「この場合はあると思うけど」

 海音の視線がグサグサささる。確かに、何個かいらぬ誤解は受けたけれども。

「ないね!ごめん、野暮な事いっちゃった。海音さん滅茶苦茶可愛いよ!ね?」

「うん。素敵だと思います」

 妹の言葉に、妹の恋人も微笑みながら頷いた。あぁ、この子すごくいい子だ。そう思った。

「私、優希。備海優希です。馬鹿兄貴がお世話になって……本当にすみません。で、こっちが

生雲いくもです。よろしくお願いします」

 あずささんは俺と海音へと向き直って深々と頭を下げた。

「備海暁斗です。こちらこそ。愚妹がお世話になって……」

 俺も、それにならって頭を下げる。

「こいつ、馬鹿ですけど。そんなに悪いやつではないんで。末長く仲良くしてやってください」

「はい」


 そうやって、一通り挨拶を済ませた事でようやく、俺の肩から力が抜けた……気がする。それからは、まぁ、特に改まる事もなく。優希に遠慮の文字なんてあるわけない、とは思っていたけれども。それはもう我が家のようにくつろぐ妹と、苦笑いしながらそれを見守るさんは微笑ましいような気もしなくもない……優希はもう少しさんの慎ましやかさを見習うべきだとは思うが。


「ねぇ、海音さん。連絡先交換しない?」

 唐突に。本当に話の前後関係なく唐突に、優希が言った。我が妹ながら他人との距離の詰め方がおかしい。連絡先を聞くタイミングは今だったのか、とかそもそも連絡先を聞く必要はあるのか、とか。海音は俺の友達だ。

「うん。いいよ」

 スマホを取り出した妹に、悩むことなく頷いた海音に少しもやもやする。そして、肩をどつかれた。もやもやの原因である海音に。

 振り替えれば、鋭い目で俺とスマホを指し示し、ちらりとさんへと視線を送る海音がいた。あ、はい。なるほど。

「あずささん」

「はい!」

 自分のスマホを取り出してゆらゆらと揺らしてみれば、さんも嬉しそうににこりと微笑んでスマホを取り出した。

「うわ……」

「チャラい……」

 なんて、ドン引いた声が聞こえてきたけれども。知らない。

「あ、海音さんもそのSNSやってるの?」

「え?」

「ほら、それ」

 優希がなにやら海音のスマホ画面を指差している。

「優希、お前勝手に他人のスマホ画面覗き混むな」

「え、あぁ!ごめん!」

「いや、いいよ。優希ちゃんもやってるんだ」

「うん。ねぇ、そっちも教えてもらっていいかな?」

 今度は、さっきまでの勢いはなく恐る恐るだった。連絡先の交換を躊躇わない妹を躊躇させるSNSとは。

「いいよ」

「ほんと?やったー」

「はい、これ」

「ん?んん??まって、嘘」

「え?」

「カイちゃん!?」

「おい、優希。あんまりでかい声出すな」

 二人で話している途中、突然大きな声をだした優希に注意する。こっちもさんと連絡先の交換を終えて顔を上げると、唖然とした顔の妹と、首をかしげる海音がいた。

「なに?どうかした?」

 そう聞いた俺を見つめ、海音は困った顔で首をかしげている。

「あ、私!ゆうです」

 そう言って、優希は海音の目の前に自分のスマホを翳して見せた。

「え……、ゆうちゃん!?」

「かいとー、声」

「あぁ、悪い。じゃなくて。本当にゆうちゃん?……じゃあ、あの子が」

「そう。ありがとうカイちゃん!お陰で助かったよー」

「え、なに?」

 いきなり新密度の上がった二人についていけないのは俺だけでなくちゃんもだ。

「あー、兄貴ごめん。カイちゃんとはもう友達だった」

「は?」

「SNSでずっと相談に乗って貰ってたのが海音さんだったみたい」

「は?なに?お前こいつの相談にも乗ってたの?」

「あ、うん?優希ちゃんだとは知らなかったけど」

「カイちゃん、SNSと兄貴の前とでキャラ違いすぎない?」

「妹さんにこういうのもなんなんだけど……コレに気を使うのもねぇ」

「兄貴、ほんとカイちゃんになにしたの?」

「何にもしてねぇよ……」

多分。目茶苦茶睨まれてるけど。心当たりは、特に……ない、はず。

 いや、無理矢理部屋につれてきたり、腹を割りまくって話をしたり、着替えようとする海音を止めてカイちゃんのままの格好であっちこっち連れ回したり……あぁ、うん。いろいろしてた。


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