第3話

「あら、おかえりなさい」

 俺と優希をどかしてさっさと入店した海音を迎えたのは、相変わらずなナオさんの声だった。

「さっきはすみません。この馬鹿が」

「いいえ。大丈夫だった?」

「この通りですね」

 海音、俺に続いて優希とあずささんが入店したのを見て、ナオさんが微笑んだ。

「あら、可愛いお客さんだこと。いらっしゃい。ゆっくりしていってね?」

「あー、その。本当に大丈夫ですか?」

「あら、大丈夫よ。アキちゃんの妹ちゃん、よね?」

「あ、はい」

「ナオさん」

 4人で来店したにもかかわらずテーブル席ではなくカウンター席に向かったのはわざとだ。海音の呼び掛けに反応したのは呼ばれたナオさんと、優希。

「なぁに?」

「この子、ゆうちゃんです」

「へ?」

「はじめまして、ゆうです。その節は大変お世話に……」

「ちょっと待って?ゆうちゃんって……ゆうちゃん?」

「えーっと、SNSで色々話を聞いて貰ってた……」

「そうよね。アキちゃんの……?」

「アキって、これですか?一応これの妹、です。あぁぁ、兄貴が本当にご無礼を……!」

 まさかのコレ扱い。ちょっと凹む。

「まて、別に無礼は働いてな」

「ちょっと黙って」

「はい」

「なるほどね」

 ナオさんが突然納得したといわんばかりの顔で頷いた。

「アキちゃんはシスコンなのね。えぇ、そうよね。今までもなんとなく気付いてはいたのよ?でも、まさかこんな形で突きつけられるとは」

「待ってください。シスコンではないですよ……なぁ?」

 振り向いた先では我関せずな顔でさんと会話をしている海音がいた。

「あ?」

「ガラ悪っ」

「いや。シスコンだろ。誰だよ、数時間前まで妹に嫌われたくないって愚図ってたやつ」

「愚図ってない」

「それも、なんだけどねぇ」

「え、まってナオさん。聞きたくない。聞いちゃ駄目な気がする」

「アキちゃんと話してる時のカイちゃん、ゆうちゃんににそっくりじゃない」

「は?」

 声を出したのは俺じゃなく、海音だ。俺はただただ絶句している。

「あ、見た目じゃないわよ。二人の会話がねぇ……。普段アキちゃんとカイちゃんが話してる感じとまるっきり一緒だなって、思っちゃったのよ」

「あぁ!それ、私も思ってました。アキさんをイジってる時のゆうとカイさん息ぴったりで」

 呑気な声でナオさんに合意したのはさんだった。

 そして、そんなさんをみて、ナオさんは目を細めて微笑んだ。

「兄妹で好みもそっくりなのね」

「へ?」

「カイちゃんって、ゆうちゃんと彼女を足して2で割った感じじゃない?」

「あ、あぁぁ」

 言われてみれば、なんとなく納得できる自分がいて。思わずその場で崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。

「おい、邪魔」

 海音はやっぱり俺にだけ辛辣だった。


 一通りナオさんに報告した後はテーブル席に移動させてもらった。何しろ大所帯なので。カウンター席を占領するのは憚られた。

 でだ。常連客が来る度に、俺のシスコンエピソードが暴露されていくわけだ。俺としては全くそんなつもりはなかったのに。ナオさんだけでなく、常連客共通の認識だったなんて聞いてない。

 優希とさんに対する祝福と、俺がただただ恥ずかしいだけの話と、後

「で?アキちゃんとカイちゃんはいつなのよ」

 という冷やかしだ。海音はやっぱり我関せずを貫いていた。

「今日の俺はただの付き添いなので」

 なんて綺麗な笑顔ですべてをシャットアウトしていくこいつの社交テクニックが羨ましい。

「○○さんはどうなんですか?」

 なんて、仲のいい常連さんが来る度に名前を変えて強制的に話を切り替えるぐらいしか出来ない俺を助けてくれてもいいのではないかと思うのに。

 そう言うときに限って、優希やさんと話をしているのはわざとだろう。

 恨み言のひとつも言いたいが、本日は無理矢理家族の問題に巻き込んだ負い目があるから強くも言えず。


 嬉しくて楽しいのと同時に居たたまれない気持ちにもさせられる日だった。

 何が居たたまれないって、妹が知り合い全員に「兄がご迷惑を」なんて謝り倒していくのが一番居たたまれない。

 優希曰く、「ここは冷やかしで来ていい所じゃない」だそうだ。冷やかしじゃないと訴えては見たものの「私から見たら大してかわらない」とバッサリ切り捨てられた。

 常連さんたちは庇ってくれたけれど、兄妹だからなのか一切の容赦がなかった。

「いいのよ。ここはアライ歓迎の店だから」

「でも、兄貴の事だから要らないことまで聞いて回ったんじゃないの?」

「大丈夫よ。ちゃんとカイちゃんがついててくれたし」

「あーほら、もう。カイちゃんごめんね!」

「大丈夫、なんだかんだ言ってお行儀はよかったから」

「本当に?」

「『いざと言う時、大切な人達を傷つけたくないから』なんて言われちゃねぇ……」

 そう言ったのはナオさんか、他の常連さんだったのか。

「愛されてるねぇ」

 こっちは近くに座ってた常連さんだ。その言葉は優希だけじゃなく、海音とさんにも向いていた。

 優希はなんだか口をモゴモゴさせているし、海音は……うん。ムスっとした顔をしてるけど、あれは照れてるだけだ。さんは相変わらずニコニコと可愛らしく、優希を見つめ嬉しそうに微笑んでいる。

「あぁ!もう、愛してますよ。大事な妹達と友達ですからね」

 開き直る以外にどうしろと。


「ほらね。アキちゃんはちゃんと皆に愛されてるから、安心して?」

 ナオさんは優希に向かってそう微笑んだ。


 今日は本当に、酷くて、恥ずかしくて、楽しくて、嬉しくて。ここでは異物な筈の俺も、ちゃんと仲間に入れてもらえていたと知って。

 これ以上ないほど最高の一日だった。



A?……自称アライは幸せを噛み締める

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