B
第1話
初めて好きになった人は男性だった。けれど、初めて付き合ったのは私と同じ性別の女性だった。初恋の人に振られたとき、側にいてくれたのが当時の彼女。
告白された時は戸惑ったけれど嫌悪は感じなかった。そのまま絆されて付き合うことになり、半年ほどお付き合いをして別れた。
別れた原因は認識の違いだ。その時好きになったのがたまたま同性だっただけ。そう思っていた私は、彼女とお付き合いする事も、自分がバイである事も恥ずかしいとは思っていなかった。けれど、彼女は違ったのだ。同性に牽かれる自分に罪悪感を覚えていたらしい。自分のセクシャリティを隠さない私に彼女が耐えられなくなるのは早かった。
私と付き合う事が『恥ずかしい』なら最初から告白なんてしてこなければよかったのに。当時はそう思った。今になって思えば、彼女は彼女で色々悩み葛藤している最中だったのだろう。
バイセクシャルをただの個性だと考える私の方が、世間一般から見れば少数派だったのだ。それを知ったのは彼女と別れて何年もたった後。私も当時の彼女も、恋をするにはまだ幼すぎたのだと、大人になった今では思う。
あれから15年。男女共に、何人もの人と付き合った。でも、今の彼女とお付き合いを始めるまで長続きする人はいなかった。
男友達と少し話していただけで『やっぱり男がいいんでしょ!?』とキレてきた元カノ。女友達と出掛ける事まで制限しようとしてきた元カレ。別に隠して付き合い始めたわけではないけど、バイである事が知られた瞬間に振られた事もある。
両性愛の何がいけないのだろうか。お付き合いしている人がいる時、他の人に目移りしたことはないし、私にだって好みはある。遊び感覚で恋人を作るほど貞操観念が緩いわけでもない。節操がないわけではないのだ。それなのに、男女どちらも好きになると言うだけで酷い言われようではないか。
異性愛者、同性愛者である彼ら彼女らと、両性愛者である私になんの違いがあるのか。
SNSでセクシャルマイノリティのコミュニティがあるのを知ったのは、前の彼女にバイだとバレて振られた時だった。
憤りを感じた勢いのままに登録したSNS。そこで出会った人達は親身になって私の話を聞いてくれた。
『辛かったですね』そう優しく声をかけてくれたのはアイというアロマンティックの女性で、恋をしたことがないと言う。恋することが当たり前なこの世界で、恋愛感情がわからないなんて生き辛かったに違いない。
感情のままに打ち殴って支離滅裂になった私の文章をきちんと読んでコメントをくれるアイさんは、その代わり……と言うわけでもないのだろうけれど、よく私の恋の話を聞きたがった。知りたいのだそうだ。愛を。恋愛なんて知らなくても、文章から見えるアイさんは優しく暖かい愛情溢れる人に見えるのだけれど、本人的にはまだまだ全然足りないらしい。
異性愛、同性愛、男、女。それ以外にも様々な性があることは、このSNSに登録して初めて知った。
バイセクシャルが同性愛者から拒絶される理由を教えてくれたのはアイさん経由で知り合ったIくん。ゲイだと言う彼は自身の経験談を交えて分かりやすく説明してくれた。
まず、あげられたのは感覚の違い。価値観や性の不一致。異性ともお付き合いが出来る事実に、嫌悪を覚える人もいると言う。それから、遊び感覚で体の関係を持とうとする人達の存在。同性とするのは火遊びで、結婚相手には異性を求める。そんなバイも少なくはないらしい。
恋愛感情と性的指向は別物だというのは、このSNSに来てから知ったことだ。それを差別するつもりはないけれど、棲み分けはするべきだと思う。本気でパートナーを探している人達に、遊び感覚でちょっかいをかける奴の気が知れない。
私の悩みを聞いてくれたIくんは、私を傷つけないよう言葉を選び、親切丁寧に教えてくれた。
そして、今の彼女と出会う事が出来た場所も、このSNSだった。
「
不安そうに私の名前を呼ぶのはSNSをきっかけに付き合うことになった彼女のあずさ。
レズビアンな彼女とは最初からきちんと腹をわって話てから付き合い始めた。
「私はバイだけど、火遊びがしたいわけじゃない。あずさとは本気で付き合いたいと思ってる。生涯のパートナー候補として」
きっぱりとそう言い切った私に、笑いながら了承してくれた。
何度も喧嘩して、その度に話し合いを重ねてきた。ここまで続けてこれたのは、あずさが相手だったからだと思う。穏やかで優しい雰囲気を醸し出しながら、言うことはハッキリという彼女。私の話を真剣に聞いてくれる彼女。お互いに駄目を曖昧にしないからこそ、尊重し合えるいい関係を続けることができた。
そして私達は今、『
今日、私は私の両親に生涯のパートナーを紹介する。
私の両親は多分、私がバイセクシャルである事に気が付いていると思う。大っぴらに話すことはなかったけれど、隠してもいなかったから。私が自分のセクシャルについて隠す必要がない『個性』のひとつだと思っているのは、両親が性に対する問題に寛大な人達だったからだ。
それでも、改めて両親にカミングアウトするのは緊張する。これはただの予行練習。本番はこの次、あずさのご両親にご挨拶にいく時。そう思っていた筈なのに。実家の門扉がこんなにも重たいものになろうとは。
そっと重ねられたあずさの手を握る。お互いに握りあった手がガクガクと尋常じゃなく震えていて思わず笑い合った。
「行こう」
彼女の手をぎゅっと握って、玄関を開ける。その音に気付いた母が居間から顔を覗かせた。母は間違いなく繋がれた私達の手を見ていた。けれど、何も言わなかった。
「おかえり」
私とあずさを見てそう言った母。居間に上がれば、テーブルを拭いていた父が私達を見上げた。
飲み物を用意しようとする母を止めて座ってもらう。これ以上ないほど緊張した私に、両親の体も強張っていた。
あずさと共に両親の目の前に座った私は改まる。
「お父さん、お母さん……あのね」
数分後私達を迎えた祝福の言葉に、笑いながら皆で泣いた。多分この話しは何年たっても笑い話として食卓を彩るだろう。
B……バイセクシャルは迷わない
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