第4話
アロマンティック、アセクシャル。
吉野くんと別れてから知った言葉だ。きっかけはSNSで拡散されていた記事。偶然目についたそれは、恋愛できないという女性が書いた自分の体験談だった。
恋愛感情を抱けない、性的欲求を抱かないセクシャリティ。
この記事を見たとき、自分の中で今までのモヤモヤがすべて納得できるモノへと変わった。セクシャルマイノリティ。そう表現され、少数派として部類される人種だとしても。私だけじゃなかった。そう思えることが、ただただ嬉しかった。
漠然とした不安やどうしようもない孤独感。それが、自分を『アロマンチック』という型に当てはめることで、愛を知らないのは“仕方がないことだった”と諦められる。安心できる。
自分の『個性』を知ったきっかけが、ポジティブな書かれ方をした記事だったのも良かったんだと思う。
『恋をしなくても生きていける。結婚なんてしなくても私は幸せ』
そんなキャッチコピーで書かれた記事。記事の中を生きる女性は恋人を作るつもりも結婚するつもりもなくて、お一人様を最大限に謳歌している。けれど、全然不幸になんか見えなくて。満ち足りた生活を送っていた。少なくとも私には、集まってただ恋人や旦那の愚痴を言い合う女性達よりよっぽど幸せそうに見えたのだ。
結婚することが幸せだと思っていた私には、とても衝撃的な記事だった。結局誰かの敷いたレールに踊らされていただけだと思い知らされたから。
たしかに、誰かの敷いたレールの上を走るのは楽だった。周りと違う自分が辛くても、『普通』の枠内にしがみついていれば安心できた。
でも。その結果がどうだ。出来もしない恋愛に手を出して、相手を振り回し、彼の1年を滅茶苦茶にして傷つけた。最低な私のことなんて酷い奴だったと恨み、忘れてくれていればいいのだけれど、吉野くんは優しすぎるから。色々考えて落ち込んでいる姿が、容易に目に浮かんでしまう。吉野くんは何一つ悪くないのに、私のせいで苦しむのだろう。その事実が一番苦しい。
その癖、恋愛できないのが分かっていながら、未だ自分の中から消えてなくならない結婚願望には呆れるしかない。
願わくば。彼に恋をしてみたかった。恋愛をしてみたかった。結婚したい。我が子をこの手に抱いてみたい。『普通』でいたい。そんな願望だけが溢れてくる。自分には無理なこと。そう割りきってみても、ふとした瞬間、闇に飲み込まれそうになる。
そういう時、無謀にもまた同じことを繰り返そうとする自分に嫌気がさした。
好きになんかなれないくせに。相手の事を『条件』でしか見てない癖に。まだ心のどこかに、結婚できるのでは?なんて、したたかに企む私がいるのだ。そうして、中途半端に気を持たせるような態度をとり、デートに誘われた途端に嫌悪を感じ、やっぱり無理だったと距離をとる。
どこまでも自分勝手な行動だ。なんて嫌な人間だろうか。相手にもらった気持ちの一割も返す事が出来ない癖に。
そんな風に悩み、ぐるぐるとした思考に襲われていたときに出会ったのがセクシャルマイノリティの人達の為に作られたSNSだ。例の記事を書いていた女性のブログ経由で知ったこのコミュニティは思いの外、賑わったものだった。
中には出会い系みたいな使い方をしている人もいるらしいけれど、きちんと管理、カテゴライズはされているから変な使い方さえしなければ安全に利用でき、雑談や相談もしやすい。
そこで出来た友人がIさんだ。『アイ』という名前で登録した私と同じ読み方の『I』。アロマンティックでもアセクシャルでもなく、ゲイだと言うIさんと仲良くなったのは、偶々だった。
偶々、SNSを登録したタイミングが同じだった。偶々、Iさんが名前の読みが同じだった私の投稿した悩みを読んで、返信をしてくれた。その縁が何だかんだと続いている。
同年代で、なんとなく気があって、お互いの愚痴を聞いたり、聞き出したり、聞き出されたり。
こんな私にも、相談出来る相手ができた。私達の悩みは、リアルの友人には相談しづらい事が多い。解決しないものも、解決策を求めていないものも。ただ、吐き出したいだけ。ただ、誰かに話を聞いてほしいだけ。そんな時、お互いにそれをわかっているからこそ、適切な相談相手になってくれる。
暫くすると、Iさん以外にも話ができる友人は増えていた。バイセクシャルのゆうさんに、クロスドレッサーのカイさん、トランスセクシャルのNaoさん、クエスチョニングの紅葉さん、リスロマンチックのささみさん。他にもたくさんの人が相談に乗ってくれ、アドバイスをしてくれた。経験者の言葉は心に響く。
彼らの話を聞いているうちに、いつのまにか自分の結婚願望にも折り合いをつけ割りきることが出来るようになっていた。
傷の舐め合いだと人は言うかもしれない。確かにそうだとも思う。けれど、ここには今まで知らなかった……否、知ろうともしなかった世界がある。自分の中の狭い世界観が広がっていく場所だった。
顔も名前もしらない画面越しの関係。性別も性的指向もバラバラな人達。人と違う事を悩みに悩んで、生き抜いてきた人達。最大の悩みを隠す必要がなく、相手の名前も顔も何も知らないからこそ本音で寄り添い合えるこの場所は、世間一般から爪弾かれる私達にとても優しい。
今日も、彼らに支えられながら、私達マイノリティを爪弾くこの残酷で虚しい世界を、幸せに生き抜いていく。
A……アロマンティックは前を向く
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