第3話
健治と由香さんの結婚式、つまり愛衣と再会してから二年という月日が経つのはあっという間だった。
「ねぇ
愛衣が真剣な顔で選んでいるのは純白のウエディングドレスだ。
二年前のあの日から一か月後。俺と愛衣は正式に結婚を前提としたお付き合いを始めることになった。何時間も話し合いに話し合いを重ねて出した結論だ。正直、前途多難な始まり方だったと思う。
愛衣と幸せになりたいと思っていた俺と、俺の幸せだけを考える愛衣がの考えが見事にすれ違っていたから。俺の幸せには愛衣が必要だと理解してもらうまでにかなりの時間がかかったのだ。
アロマンティックな自分を『普通』にカウントしていなかった愛衣は俺に『普通の幸せ』を掴んで欲しかったらしい。まぁ、今となっては笑い話にしかならない話ではあるけれど。当時は相当堪えた。
でも、多分俺が愛衣の立場なら同じことをしていただろうから、その気持ちは分かるような気がする。
そんな紆余曲折があって、なんとかお付き合いにこぎ着けた俺はまず、愛衣の「吉野くん」呼びを禁止した。結婚を前提のお付き合いなのだから名前で読んで欲しいと。
「聡くん」
初めてそう呼ばれた瞬間、愛衣を捕まえる事が出来たんだとようやく実感することができた。
それから先も、決して平穏だったとは言えない。他人を優先しすぎる愛衣は何度も身を引こうとして、潰れそうになった。
それは、俺も同じだ。押していい場面と引くべき所の匙加減がわからずやり過ぎたり、わずかなSOSを見過ごしてしまう事も多々あった。俺と、恋がわからない愛衣との間にはやっぱり見えない溝が常にあったのだと思う。その溝を埋めるのに随分時間がかかった。
でも、俺は諦めたくなかったし愛衣もそれにちゃんと応えようとしてくれた。
駄目だと思ったときな何度も由香さんや健治に頼って頼って頼りまくった。前回と同じ失敗はしたくなかったから。
二人には頭が上がらない。こっちも喧嘩した時助けてもらってるし、なんて笑ってくれてはいるけれど。本当に二人の手助けを得られなければ今日この日は来ていなかったと思える程助けられているのだ。
だからだろうか。プロポーズが成功した日の俺と愛衣以上に、結婚の報告をしに行った日の由香さんの方が喜んでいた気がする。
愛衣と二人で話し合い結婚式は挙げないことにした。変わりに親しい友人だけを呼んだささやかなパーティと、ウエディングフォトを。
撮影用のウエディングドレスを選ぶ愛衣は幸せそうにふわりと笑う。
そんな愛衣を見て、俺も幸せを実感する。
「可愛いよ」
「さっきからそればっかり!ちゃんと見てる!?」
「見てるよ。さっきのは愛衣って感じがして似合ってた。でも、いつもより大人っぽい雰囲気になるこっちも可愛いなって」
愛衣は最近、俺に対してちゃんと怒るようになった。俺の顔色を伺う回数もぐんと減っている。いい傾向だと思う。
それに、こういう、なにか言いたいけど返す言葉が出てこないムッとした顔も可愛いと思ってしまう程度に、俺は愛衣にやられている。
「すみません。これも試着できますか?」
にやけそうになる顔を誤魔化すように、俺が手に取ったのは、実は最初から目をつけていたドレス。多分愛衣に似合うと思う。
「それ……最初から決めてたでしょ」
「違うのも見てみたかったから」
愛衣も俺が指差したドレスを一目見て気に入ったのがわかった。嬉しそうなでも複雑そうな、そんな顔。
「折角試着出来るんだからさ。愛衣が気になったのも着てほしくて」
その度に仕事が増えるスタッフさんには悪いと思ったけれど、一生に一度の事だから。後悔はさせなくない。多分、愛衣は俺がコレと言えば他のを見ずに決めてしまうと思ったから。
自惚れではなくて。それぐらい、愛されている自信があるのだ。
最大級の『好き』を俺にくれて、俺の恋を受け取ってくれた彼女だから。
恋愛を知らなくても、愛情が無いわけではない。好きという気持ちがたとえ恋愛感情じゃなかったとしても、家族にはなれる。
いずれ、子供は欲しい。それはお互いに考えている事だった。でも、急ぐことではない。愛衣の嫌悪を引き出さない速度でゆっくり時間をかけて進めるつもりでいる。
もし駄目だったとしても、その時は他の方法を話し合えばいいだけだ。今の時代、方法はいくらでもあるだろう。
どういう形で生まれてきた子だったとしても、俺と彼女の子供は絶対に可愛い。それが、血の繋がらない子だったとしても、だ。その決意は変わらない。愛衣と俺が育てる子なら可愛いに決まっている。
どんな形になるにしろ、想像するのは我が子を甘やかしすぎて、子供と共に愛衣に怒られる未来。
親愛、敬愛、家族愛。呼び方はたくさんあるけれど、そこにあるのは、間違いなく愛なのだ。
恋愛が基盤となった夫婦ではない。けれど、強い絆と愛は間違いなくある。こんな家族の形があってもいいのではないだろうか。
俺の奥さんは、悩み多きアロマンティックの、けれどとても愛情深い可愛らしい女性だ。
S……ストレートはアイと誓う
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