epilogue

第1話

「いらっしゃーい」

 普段なら私には全く縁のない筈の女装サロン兼バー。恐る恐る入店するなり、カウンターの中から声がかけられた。カウンターの中ということは、この人がNaoさんだろうか。凄く綺麗な人が佇んでいた。

「あ、はじめまして。アイです」

「まぁ、アイちゃん!はじめまして。ナオです」

 ネットの中だけの友人。それが目の前にいる。そんな状況に思わず緊張する。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ?」

「わかってはいるんですけど……」

「ふふっ、ささみちゃんもう来てるわよ」

「えっ」

「ささみちゃーん!」

Naoさんがテーブルの方へと声をかけた。

「アイさんだ」

 ひょこっと顔を出す見知った顔に、ホッとした。

 今日参加するのは、いわゆるオフ会という名目の集まりだ。ささみさんとは何度も顔を会わせているけれど、それ以外の人とは初対面。人見知り気味の私には若干ハードルが高い集まりだった。

「こっちこっち。アイさんの席はここね」

 私の人見知りをよく知るささみさんに言われるがまま、ささみさんの隣に腰を下ろす。

 隣にいるのがささみさんで一安心した。

「アイちゃん?」

「あ、はい。そうです」

「私はゆうです。で、こっちがカイちゃんで、あれが……うちの兄貴」

「え?」

 ゆうさんのお兄さん?突然現れた登場人物に思わず首をかしげてしまった。

「なんか、今日集まるっていったら勝手についてきちゃったんだよね。ごめん、害はないから」

「あ、いえ。よろしくお願いします」

「よろしく!」

 言われてみれば、ボーイッシュなゆうさんとなぜかNaoさんのお手伝いをしているお兄さんは雰囲気がそっくりだった。

「アキです。妹とカイがお世話になってます」

「何可愛い子ぶってんの?キモいんだけど」

「何勝手に保護者面してんだ」

 妹であるゆうさんはかなり辛辣な反応だけど、カイさんもなかなか。可愛らしい見た目に反して、低い声は若干ドスが聞いていたような……。

「カイー。お前可愛いんだからさぁ、もうちょっと可愛くしろよ」

「うるさい」

 この一瞬で大体3人の力関係がわかった気がする。アキさんお疲れ様です。とは、心のなかだけで思っておこう。あと、カイさんの印象がSNSと大分違う気が……。

「あー。アレ、対兄貴だけだから。普段は普通の優しいカイちゃんなんだけどね……。ほら、兄貴がアレだから……」

 アレばっかりだけど、なんとなくゆうちゃんが伝えたい事は分かる。

 ちなみに、ささみさんはもうすっかり馴染んだのかさっきからずっと笑っていた。

 確かに、ゆうさんは人懐っこくて凄く話しやすかった。アキさんも同じタイプみたいだし、ささみさんも割りと自分からぐいぐいいくタイプだから会話も弾んでいる。

 カイさんはアキさんに対する突っ込みだけ的確でみていて面白い。

 私はほぼ聞き役だったけど、それでも十分楽しい空間だった。

「はーい、みんな。本日の主役。紅葉ちゃんが来たわよ~」

「紅葉ちゃん!いらっしゃーい」

「わ、若い」

「それはそうでしょう……二十歳なのよ」

「あ、まって。何かがグサッと胸に刺さった」

「大丈夫、ささみさんも十分若いですよ」

「何が?態度?子供っぽいってこと!?よく言われます!」

「ささみさん、カイさんそんなこと一言もいってないでしょ!?絡まないの!」

「でも、アイさーん」

「なに?もう酒はいってんの?」

「まだ、一滴も飲んでないですが、なにか!?」

「ささみさん!」

「だってー」

「今のはアキが悪い」

「なんで!?」

「ちょっと!そっちだけで盛り上がらない!紅葉ちゃんが戸惑ってるでしょ!?」

「ごめーん!紅葉ちゃんこっち。ほんと、ごめんね、うちの兄貴が」

「まて、俺か!?」

「うるさい!一回落ち着きなさい!主役そっちのけで楽しんでんじゃないわよ」

 この会は紅葉さんが二十歳になったお祝いを兼ねて行われている。紅葉さんを立たせたまま、おいてけぼりにしている状況にNaoさんがキレた。

「ごめんね、紅葉さん」

 そこから、簡単に自己紹介が始まった。自己紹介か終わる頃には紅葉さんもすっかり打ち解けていて、ネアカの集団の恐ろしさを感じる。私、ここにいて大丈夫?そう思っていたら、目があったカイさんか力強く頷いてくれた。

 カイさんはカイさんで思うところがあったのかも知れないが、カイさんも完全にネアカ組である。僅かに感じる疎外感は全然薄れてくれなかった。


「Iくんから遅れるって連絡があったから、先に始めちゃいましょうか」

 一通り料理と飲み物を並べ終えたNaoさんが席に着いて言った。

会場はNaoさんの提案で、Naoさんのお店を貸しきりにしてもらっている。今日のNaoさんは、ホスト側でもあるけれどただの参加者だ。強いて言うなら、アキさんが働かされていた。急遽、しかも無理矢理飛び入り参加したから、とかなんとか。とりあえず、自主的にホスト側に回っているらしい。そんな、なんの気兼ねもなく騒げる会が始まった。

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