第2話

 あの人に再会したのはそれから更に一ヶ月と半月ほど経った頃だった。男子禁制のレズビアンバー。パートナーと別れた私はなんとなく一人でそこに足を運ぶ事が増えた。

 その日もいつも通りフラりと入店し、すっかり顔馴染みとなった店員にお酒を頼む。そのまま、いつも通りカウンターに座って話を聞いてもらいながら飲んでいた時だ。カラリとドアが開く音がしてその人が現れたのは。

 2つ席を開けて、私の隣へと腰を下ろしたのは二ヶ月半前私達をしつこいナンパ男達から助けてくれたあの女性だった。

「あっ」

 思わず声を出した私にその女性が振り返る。こんな所で出会えるなんて。思わぬ再会に驚き、恐らくは変な顔で固まっていただろう私を見つめ、彼女は「ん?」と首をかしげた。

「あ、いえ。その。ありがとうございました」

「えっと……」

 名前も知らないその人は、突然頭を下げた私に、戸惑っていた。

「あ、ごめんなさい。私、この前……二ヶ月と少し前くらいに貴女に助けてもらって。その、知らない男の人に絡まれてた時に……」

「あぁ!あの時の」

「その節は本当に助かりました」

「いいえ。大丈夫だった?一緒にいた子、大分怯えてたみたいだったけど」

「えぇ、まぁ……」

「あれ、なんか聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな。ごめんね」

 よっぽど微妙な顔になってしまっていたのか恩人に謝られてしまった。

「あー、違うんです。その、この前フラれちゃって」

 自棄酒なんです。そう続けながら、飲みかけのグラスを小さく揺すって見せた。店員さんとそういう話をしていた所だったし、別に隠すことでもないと思い正直に白状する。それより申し訳なさそうな顔をさせる方が嫌だった。

「あぁ……本当にごめん。無神経な事いっちゃったね」

「いえいえ。私の自業自得、だったので」

「それじゃあさ、寂しい独り身同士、一緒にどう?」

 私と同じようにグラスを揺らして笑う彼女に頷いた。

 かおるさん。歳は多分、私より少し上くらいだろうか。相変わらずショートカットが似合う、すらりとしたパンツスタイルで格好いい女性だ。優希に良く似ている様で、全く似ていない不思議な人だと思う。

 そんな薫さんがここに来た理由も、私と同じで自棄酒だった。なんでも、ずっと片思いしていた人が今度結婚するのだという。失恋した話をカラカラと笑いながら話す彼女はとても強い人だと思った。私には真似できない。

「どうやったら薫さんみたいに強くなれるんですかね」

「私は全然強くないよ。笑ってないとさぁやってらんないだけ。ほんと、なんで男の人が好きな子好きになっちゃうかなぁ」

「辛い、ですよね」

 報われない気持ちは辛い。私の場合は自業自得だったけど、その辛さはわかるつもりだ。

「麗香ちゃんもそう言う恋したことあるんだ」

「私は全然。初恋の人が忘れられないんですよ。今でも。彼女にフラれたのもそれが原因です」

 気が付けば、今までずっと心の奥に隠していた優希への思いを話しだしていた。

「分かってはいるんですよ。きっとあの子は間違ってない」

「でも、麗香ちゃんも間違ってはいないよ」

「そうですかね」

「偏見しかない世の中でカミングアウトするって相当勇気がいることだよ。いじめの原因にだってなり得るんだから。麗香ちゃんの初恋の人は本当に強い子だったんだね」

「そうですね。格好いい子でした」

 薫さんはうんうん頷いて私の話を聞いてくれる。

「薫さんみたいに」

「えぇ、その子の話聞いたら私なんてまだまだだよ」

「助けてもらったとき、本当に格好良かったですよ」

「そうかな」

「そうです。ヒーローみたいに」

「そう言って貰えると嬉しいね」

 ふふっと、顔を見合わせて笑う。そうやって、自棄酒を煽りながら二人で辛い気持ちを吐き出せるだけ吐き出し、励まし合った。

 別れ際、また飲もうと約束して、連絡先を交換したのは自然の流れだったと思う。

 次がある、そう思ったら嬉しかった。薫さんといた時間はとても居心地が良かったから。辛い話をしていたのに、最後には楽しい時間だったと思えるほどに。


 その次に会ったのも同じ店。お互い特に連絡はしていなくて、その偶然に笑い合った。次来るときはちゃんと連絡する、と。

 薫さんから連絡が来るようになったのは、そのすぐ後だった。最初はまた一緒に飲まないかという誘い。その次に誘ったのは私から。それがだんだん雑談になっていき、今ではすっかり飲み友達の枠を越えた話をしたりもするようになった。

『今度一緒に行きませんか』

 雑談のひとつだった。薫さんが見たいと言っていた映画は私も気になっていたもので。それなら、と声をかけてみたのだ。

 正直に言えば凄く緊張している。薫さんがどう受けとるかはわからないけれど、私にとってこれはデートのお誘いだったから。

『あ、いいね。行こうか』

 そう返事が来たときにはホっとしすぎて大きなため息が出てしまう程度には緊張していた。

 あぁ、私は多分薫さんが好きなんだ。この時になって初めて自分の気持ちを自覚した。

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