第3話

「私と付き合ってみない?」

 薫さんがそう言ったのは三度目のデート中だった。

「えっ」

 告白をするなら私からだと思っていた。薫さんは私の事を友達だとしか思っていない。そう思っていたから。

「あ、初恋の人の事を忘れろって言ってる訳じゃないんだよ?その気持ちも全部含めて今の麗香ちゃんがあるんだから」

「でも……」

 好きだと自覚しながら、私が今まで薫さんに想いを伝えられなかったのは優希への気持ちがまだ消えてはいなかったから。薫さんの事は好きだけれど、きっと優希を忘れることは出来ない。そんな中途半端なまま告白してもまた、今までと同じになってしまうと思っていた。

「私も。多分あの子の事忘れられないから。でもね、麗香ちゃんの事を好きだと思ったのも本当。私は、あの子以上に麗香ちゃんの事を好きになりたい。そう、思っちゃったんだよ」

 『あの子』は多分、結婚するという薫さんの想い人だ。薫さんは前を向こうとしている。それなら、私も薫さんと一緒に前を向く努力をするべきなのかもしれない。

「私も……薫さんの事、好きです。多分、初恋を忘れることは出来ないけど。私も、前を向いて歩きたい。……薫さんと」

 私の中途半端な告白を聞いて薫さんは嬉しそうに笑った。


 それからは、絵にかいたように順調だった。今までに無いほど穏やかで満ち足りていた。大学時代に感じていたのとは比べ物にならないくらい。

 愛して、愛されて、お互いの傷を舐め合い癒し合う。それでも、薫さんといれば虚しいと思わなかった。学生時代のパートナー達とは違って、薫さんの事を本当に好きになっていたんだと思う。気付けば、ふとした瞬間に優希を思い出す回数も減っていた。

 幸せだと思った。こんな満ち足りた生活が出来るとは思っていなかった。それは、私だけじゃなくて、多分薫さんも同じだと思う。薫さんが私をみる目は凄く優しいから。

 付き合い初めて数年。私にとって薫さんはなくてはならない人になっていった。


 

「麗香?」

 そんな時だった。街中で偶然、私の初恋に遭遇したのは。

「……優希」

「久しぶり」

 大人になった優希は昔の面影を残しながら、穏やかな顔で微笑んだ。

 そんな優希の隣には、髪の長い女性らしいという言葉がぴったり当てはまりそうな女性がいた。多分、今のパートナーなのだろう。その手はしっかりと優希の手と繋がっていた。

 優希は今でも優希なんだなと、少しだけ懐かしくなった。

「久しぶりだね」

 優希は優希で薫さんの存在に気付いたのか、ハッとした顔で薫さんへと頭を下げていた。邪魔したと思ったのかもしれない。

 薫さんは「いいよいいよ」と、少し慌てた様子で頭を下げる優希に話しかけている。その姿が少し可愛い。

 私はその瞬間、優希ではなく薫さんを見ていた。

「ねぇ、優希。今、幸せ?」

 そう聞いたのは無意識だった。聞くまでもないのだろうけれど。なんとなく、聞いてみたいと思った。

「うん、幸せ。すっごく」

 優希は薫さんから私へと向き直り左手をあげる。ついでに彼女さんの左手も。その薬指にはキラキラと真新しいリングが光輝いていた。

「今度、実家に挨拶しに行こうと思ってる」

 そう言った優希の顔は、見たことも無いほど真剣なものだった。

「そっかぁ。うん、頑張ってね」

 優希の家族ならきっとなんの心配もないんだろうけれど。優希はそう思っていないのか、それともその上でそうなのか。やたら緊張した面持ちで左手の薬指を眺めていた。

「うん」

 私の激励を聞いた優希の顔が僅かに綻んだ。好き、だったなぁ。そう思う。そして、薫さんの顔をみて思う。好きだなぁ、と。

「麗香は?麗香はいま、幸せ?」

 優希は、私と薫さんの顔を見比べながらそう聞いてきた。やっぱり、気付いていたか。薫さんが今の私の恋人だって。

「うん、幸せ。とっても、幸せ」

 優希に見せつけるように、薫さんの手を握る。薫さんは少しだけ目を見開いて、そして、私に微笑んでくれた。私の大好きな優しい瞳で私の事を見つめながら。

 本当に幸せだと思う。


 それからほんの数分だったけど、優希と二人で立ち話をした。優希の彼女と薫さんは、中学時代の友人だと言う私たちに気を使い、「積もる話もあるでしょう?」と少し離れて話をしている。きっとあの二人も、私と優希の関係はわかっていると思う。

 けれど、そんな二人には聞こえないように。小さな声で私は優希に言う。

「優希、ありがとう。あの時私をフってくれて」

「フラれたのは私じゃん」

 少しムッとした顔をした優希。そんな優希の言葉に私は首を横に降る。

「言葉にしたのは私だったけど、やっぱりフラれたのは私だよ」

「良くわかんないなぁ……」

「ふふっ」

 それで、いいと思う。優希は私の執着なんて知らなくていい。もうなくなった執着なんて気にする必要もない。首をかしげる優希に笑いながら私は私の過去へと手を降った。


「薫さん」

 優希達と別れ、私は薫さんへと向き直る。

「私は今、薫さんが世界で一番好きみたい」

 薫さんは一瞬だけ目を見開いて、そして、今まで見たこと無いくらい幸せそうに、嬉しそうに、微笑んだ。あぁ、本当に、幸せだ。

「え、まって、何処行くの?」

 私の手を引いて歩き始めた薫さんは、予定とは違う方向に向かっている。

「なんかさぁ、羨ましくやっちゃって」

 薫さんは握った私の左指を引き寄せて、薬指をスルリと撫でる。その瞬間、私の顔は火がついたように一瞬で真っ赤に染まり上がった事だろう。顔が熱い。

「ダメかな?」

「ダメじゃない」

 食い気味に答えた自分の勢いに、少しだけ間を置いて薫さんが吹き出した。

「ちょっと、笑わないでよ。酷い」

 そう言いながら私の顔も笑っていたと思う。


 あの時作ったペアリングは、20年経った今でも私の指で輝いている。きっと20年先も、30年先も。貴女と二人で生きていく。他になにもなくても。それだけで私の生活は満たされる。

「ちょっと、薫!いつまで寝てるの?今日買い物行くっていったじゃない!」

「んー、え……いま、なんじ……?」

「もう10時だよ」

「うそ……」

 15年前、一緒に暮らし始めた薫は思いの外ルーズでマイペースだったけど、そういうところも可愛いと思ってしまう。15年たった今でもだ。

 幸せに殺されそう。



L……レズビアンは愛を知る

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