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第1話

 私は未だに初恋を引き摺っている。

 初恋の相手は同性の友達だった。そして当時の私は、好きな男の子に振られて泣く彼女の悲しみに漬け込んだ。優柔不断で何をするにも人の影に隠れているような子供だった私は、いつでも人の前に立ち、私の事を引っ張って歩いてくれた優希の事が大好きだった。ずっと一緒にいたいと思う程に。誰にも取られたくないと嫉妬する程に。

 優希が私の気持ちに答えてくれた時は本当に嬉しかった。多分、あの日は今までの人生のなかで一番幸せな日だったと思う。

 でも、その幸せが長く続くことはなかった。優希はどこまでいっても優希だったのだ。裏表なく、いつでも元気にカラカラと笑う優希。そんな彼女が好きだった筈なのに。付き合い初めてからは、彼女のその気質か怖くて仕方がないものになった。

 同性が好き。それは、隠さなきゃいけないぐらいおかしな事。それなのに、優希は全く隠そうとしない。いつでも私に触れてきて、可愛いという言葉をくれる。二人きりの時なら嬉しかった。けれど、教室でも二人で街を歩くときでも、ところ構わず優希は私の手に、腕に、肩に、頬に触れてきた。

「好きならそれでよくない?周りになに言われたって関係ないでしょ?」

 それが優希の言い分だった。でも、私はそう思えない。影でこそこそ何か言われるもの嫌だし、嗤われるのも怖かった。優希の事は大好きだったけど、同時に私の事をわかってくれない彼女の事を憎いとさえ思った。

 結局、それが原因で喧嘩になって修復できない溝が生まれ、そのまま別れる事になったけれど。それでも私は優希の事が好きだった。

 未練たらしいと自分でも思う。勢いに任せ別れると言ったのは私なのに。心のどこかで引き留めてくれるだろうと慢心していたのだと思う。優希は優しいから。そういえば「ごめん」と謝って私の言うことを聞いてくれると。

 けれど、現実はそうならなくて。そのまま本当に別れる事になってしまった。その後の優希の世界は、私がいなくても普通に回っていた。

 どこまでも自分勝手だった私の自業自得だったのに、私にはその事実がただただ悲しかった。


 高校はあえて優希と違う学校へと進学した。好きだったから、これ以上私がいなくてもまわる優希の世界を見たくなかった。知らない男と付き合う優希を見たくなかった。

 女子高を選んだのは、単純に男がいなかったからだ。嫌悪感があるわけではないが、私がどれだけ望んでも、想っても手に入らないものを簡単に手にいれていく様を見るのは精神的に辛いから。隠す必要もなく、彼女と堂々と外を歩ける男という性が羨ましかった。

 高校生活は、特になにもなく過ぎていく。強いて言えば、優希と似た雰囲気の人と付き合って別れてを繰り返したぐらいか。私と同じ同性愛者の人だったり、優希と同じバイセクシャルだったり、中には異性愛者の女性にアタックをかけた事もある。

 我ながらあの時代は節操もなにもなかったと思う。

 そんな爛れた高校時代を経て、大学へと進学した。パートナーを取っ替え引っ替えしていた高校時代とは違い、大学の頃は特定の人と長く関係が続くようになっていた。サバサバしていてボーイッシュだった優希とは逆の、大人しくてふわりと笑うタイプの可愛い女の子。

 優希とは違って、振り回される事もなく、穏やかな日々が続いていく。その事に安心と、ほんの少しの物足りなさを感じていた。

 高校を卒業してからは、私も短くしていた髪を伸ばし始めた。伸ばし始めたのは、私が無意識に優希になろうとしていたんだと気付いてしまったから。ふと見た鏡に写った私服姿の自分が優希と重なった瞬間、未だ過去にとらわれたままの自分に気付いてしまったのだ。このままではダメだ。そう思った私は、まず服装を変えた。ボーイッシュに見えるものから、女性らしいふわりとしたシルエットのワンピースに。ショートカットの髪はすぐには伸びなかったけれど、少しでも女性的に見えるように毎日きちんとセットした。その髪がのびて、肩より長くなった頃だったろうか。

 彼女と二人で歩いていた時にナンパにあったのは。感じたのは嫌悪だ。断っても断っても話が通じない。嫌悪は次第に恐怖へと変わっていった。女子高出身で女の子としか付き合ってこなかった私は、こうやって男性に見下ろされてしつこく話しかけられるのは初めてだったから。

 どうすればいいのかわからないずパニックに陥りかけていた。

「その子達嫌がってるでしょ?わかんないの?」

 その時だ。見知らぬ女性が、私たちを守るようにナンパ男二人の間に立ちはだかったのは。

 どことなく優希を思い出させる、ショートカットの凛とした雰囲気を纏う女性だった。

「はぁ?」

 そう男に凄まれても全然引かず睨み返す姿が格好良く見えた。

 その後、女性相手に凄み、声を荒げたナンパ男達は、周囲から必要以上に注目を集めた事に気付いた様で。批難の視線に晒されながらスゴスゴと逃げるように去っていった。

「大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です。助かりました」

「ありがとうございます」

 私に続いて、その女性にお礼の言葉を言った当時のパートナーの声は震えていた。私は彼女を守れなかったのだと酷く実感した瞬間だった。

 その彼女に振られたのは、この一ヶ月後の事だった。この一件が直接的な原因ではない。原因は私にある。結局私は、いまだに初恋を引き摺っていて、彼女はそれに気付いていただけだ。ずっと前から。

 ナンパから助けてくれた女性を見て私が優希を思い出してしまったのがすべての原因だった。どうも、あの一件から私の様子がおかしくなっていたらしいのだ。自覚はなかったけれど。そして、心変わりを疑われ、振られた。

麗香れいかが見てるのは私じゃないでしょ?」

 彼女は自嘲気味に笑いながらそう言った。そしてそのまま、私の前から去っていった。

 なにも感じなかった。振られて悲しいとか、寂しいとか、そういうものは一切なにも。一年も一緒にいたのに。ただ、そうか、と納得をした。私が好きなのは未だに優希だけなんだと。

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