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第1話

「カイちゃん、この前道路で痴話喧嘩してたでしょう?」

 久しぶりに来た常連さんにそう声をかけたのは世間話のつもりだった。

「あのイケメンな彼氏君連れてきてくれるかな?って期待してたんだけどなぁ」

 常連のカイちゃんは数年前からよくこの店に通ってくれている。どうも、休日を使って地方から来ているらしく頻度はそこまで多くはないけれど、東京に来たときは必ず顔を出してくれていた。それなのに、ついこないだ見かけた日には来てくれなかったのだ。丁度見かけたのが、痴話喧嘩の末、派手に転んでいた所で。その後店にも顔を出してくれなかったから少しだけ心配をしていた。

「彼氏じゃないです。友達」

「えぇー、道の真ん中であんなにイチャついてたのに?」

「イチャ!?何処までみてたんですか!?あの……違うんです。あいつはストレートで。落ち込んで座り込んだ俺を立たせるためのおべっかというか」

「そうなの?その割にはカイちゃんに逃げられないように必死って感じだったけど」

「あー、それは……まぁ、色々と」

「そう……。話したくないなら深くは聞かないわ。ごめんなさいね、カイちゃんにも春が来たのかと思ったら嬉しくなっちゃって」

 失敗した。カイちゃんは“カイちゃん”になることに劣等感を感じている。昔からそう思っていたから。もし、その劣等感を打ち消してくれるほど素敵な人に出会えたのかと思ったら嬉しくなって踏み込みすぎた。

 私達は悪いことをしている訳でも、劣等感を感じなければいけないようなことをしている訳でもない。でも、世間はそれを受け入れてはくれないから。本当の自分を表現することに躊躇いを覚える人は多い。その事が昔から悲しかった。

 かつては、私もそうだったから。若い子が劣等感や罪悪感を抱かずに自分になれる場所。それを提供したくて始めたのがこの女装サロン、そしてカフェバーなのだ。それなのに、利用者にとって居心地のいい空間を私自らがぶち壊していたら本末転倒である。

「春、ではないですね。でも、理解者は出来ました」

 内心一人反省会をしていた私に、カイちゃんは苦笑いしながら答えてくれた。どうやら怒ったり気分を害した様子はなくてホッと安心する。

「学生時代の友達、だったんです。でも、もうずっと連絡もとってなくて」

 そこからカイちゃんはざっくりとではあるものの先日あった事の顛末を語ってくれた。

 学生時代の知り合いに偶然遭遇した事。女装姿を見られて焦った事。知り合いには女装している事を隠していたから、見られてパニックに陥ってしまった事。

 そして、その友達はカイちゃんの秘密を暴いてしまった罪悪感と、パニクった挙げ句派手にスッ転んでしまったカイちゃんを落ち着かせる為に道のど真ん中で、怒らせた彼女のご機嫌をとるかの如く「可愛い可愛い」連呼していた、と。

「え。ちょっと、足大丈夫だったの?」

 転んだ拍子に足首を捻って、ストッキングが破れ尚且つ擦り傷だらけの見た目が悪い足で歩きたくなくて男装に戻り、男装でこの店に来たくなくて来店を避けた。これが、先日カイちゃんがこの店に来なかった理由。派手に転んでいた、とは思ったけれど例の彼が勢いを殺し受け止めていたように見えたからそこまで酷いとは思っていなかった。

「すぐに手当てしてもらったのでもうすっかり。跡も残ってないですよ」

「それならいいんだけど」

「で、本題はここからなんですけど」

「なぁに?」

「今度、あいつ連れてきてもいいですか?」

「へ?」

 パートナーじゃない、と必死に否定していた割に、連れてきたいというカイちゃんが不思議で思わず間の抜けた顔になってしまったことだろう。あわてて取り繕う。

「あ、パートナーではないんですが。あいつ、俺みたいな人とか、マイノリティの人達の事を理解したいって必死に勉強してるらしくて。冷やかしとかそういうのではなくて、ですね」

 カイちゃんはどうも、私の表情を悪い方に取ったらしい。

「違うわよ?カイちゃんが連れてきたいって言う人なら、そういう酷い人だとは思ってないのよ。ただ、パートナーじゃないって必死に否定してたのに連れてきたい、なんて言い出すから驚いただけ。納得したわ」

「なんか、すみません……」

「いいのよ。……いいお友達なのね。羨ましくなっちゃう」

 知り合いがセクシャルマイノリティだと知った時、その事実を受け止めてくれる人はいる。けれど、知りたいと、必死に勉強までしてくれる友人なんて、どれくらいいるのだろうか。

「もしかしたら、失礼な事いっちゃうかも知れないんですけど」

「あのねぇ。悪意をもって言われるのと、理解したいと思って聞いてくれるのでは全然違うのよ?」

「そう、ですよね。俺も、そう思います」

 私の答えを聞いたカイちゃんは嬉しそうに微笑んだ。まるで、恋をしているみたいな顔で。でも、本人があれだけ否定している以上、突っ込んで聞くべきではないのだろう。

 無意識なのか、隠しておきたい理由があるのか。相手はストレートだと言っていたから後者の方が有力な気はするけれど、否定していた時の嫌そうな顔を思い出せば前者な気もする。でも、まぁ。他人の気持ちを無遠慮に暴くものではない。本人が違うというなら違う。それでいいのだ。

 抱えきれない気持ちを吐き出したくなった時に聞いてあげる。それが私の仕事だと、そう思っている。

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