第3話

「東雲大輝だいきです。よろしくおねがいします」

 初対面の時。笑顔で手を差し出してきた東雲を見て、不味いかもしれないと思った。

 身長が高く程よいバランスでついたしなやかな筋肉。男受けというよりは女受けが良さそうな甘めの顔つき。見ているこっちまで口許が緩んできそうな明るい笑顔。

 俺とは全てが真逆のタイプの人間だ。俺は昔からそういうタイプの人間に弱い。自分に無いものを持っている人に憧れや尊敬を感じる。今まで好きになった人達は総じてこういうタイプの男性だ。初恋の彼を含めて。

 しかも、仕事をする上で信頼関係を築いていかなければいけない相手。今までのように逃げるという手段も取れない。

 いっそ、性格が最悪だったりしないだろうか。そんなことを考えてかぶりを振った。性格が悪い男と二十四時間一緒に仕事をしなきゃいけないのも辛すぎるだろう、と。そもそも、第一印象で人が良さそうだと思った相手に何を望んでいるのか。人が良さそうだと感じてしまった段階で何を思っても無駄なのに。残念ながら、刑事という職業柄人をみる目はある方だった。


 案の定、東雲はいい奴だった。ノリは軽いがちゃんと相手を見て、相手の立場にたって物事を考える優しい性格をしている。

 初日だって、自分の感情を警戒するあまりうまく話せなかった俺に気を使い、話しやすい話題を提供してくれて、車内の空気を変えてくれた。多分人の機微に敏いのだろう。俺が空回りし続けた最初の数十分を除いて、話しにくさを感じることもなかった。

 元々好みのタイプで、話しやすく、性格も悪くない……というか普通にいい奴だ。その上信頼して命を預ける事ができる相手。

 仕事だと割りきったからと言って、好意が減るわけでもない。むしろ、知れば知るだけ信頼関係と共に好感度も上がっていくのだからたちがわるい。結局俺は、辛くなるのがわかっていながら、東雲の事を好きになった。

 自分の性と折り合いを付けたと言っても、恋をするのが辛くて苦しい事に代わりはないのに。


 俺が浅はかな行動をしはじめたのもこの頃だろう。言い訳にもならないが、完全に無意識だったのだ。

 好きな人が落ち込んでいたら慰めたくなるのが人間というものではないだろうか。それは、恋をしているから、とかではなくて。友達だとしても同じことだと俺は思う。

 胸糞の悪くなるような事件に遭遇したり、後味の悪い事件に遭遇した後。どことなく東雲の纏う雰囲気が暗くなる。俺より感受性が強いのだろう。

 いちいち全ての事件を気にしていたら仕事になんてならない。それをわかっていても、気持ちが引き摺られそうになる事件に遭遇する事はある。

 俺が“恋”に起因した事件が苦手なように、東雲にも苦手な分野があった。それだけの事。

 そういう時は、東雲が落ち着くまで黙って側にいて、東雲が吐き出す独り言にもにた呟きに耳を傾ける。そして、その時彼が求めているのもを渡す。言葉だったり、沈黙だったり、酒と美味しいご飯だったり。必要なものはその時々だったけれど、出来うる限り東雲が望むものを差し出した。

 そんな事が何度かあって、それが日常化していった自覚はなんとなくあった。勿論常日頃から甘やかす訳じゃないけれど、甘やかしていい時は何かしらやってしまっていた気はする。

 思い返してみれば、自分の分かりやすさに頭を抱えたくなった。気持ちを隠す気が全くないではないか、と。改めて言うが、無意識だった。

 そんなことをしたから、感受性の強い東雲は勘違いをしてしまったのだろう。俺の気持ちを感じ取って、自分の気持ちと混合させてしまったのではないか。それ以外に、東雲があんな目をして俺を見る理由が見つからない。


 結局一人でグルグル考えているうちに、定刻が来てしまった。

 逃げ出すとでも思ったのか、東雲は俺の腕をがっちり掴んだまま離そうとはしない。そのまま連れてこられたのはアパートの一室だった。

「適当に座って」

 通りがけに冷蔵庫を開け中から何か取り出していた東雲は手際よく、テーブルにビールと適当なつまみらしきものを並べなていく。俺はといえば、言われるがままテーブルを挟んで東雲の正面になる位置へと腰を下ろした。

 向き合う形になった所で東雲が背筋を伸ばして俺を見る。身構える間もなかった。

「あー、もう。まどろっこしいのは嫌いだからハッキリ言うけど、好きです。付き合ってくださ」

「ごめんなさい」

 混乱していてもとっさに言葉は出るらしい。俺は自分の感情に流される事なく、多少食いぎみではあったがしっかりお断りの言葉を口にしていた。

 正直に言えば、嬉しい。嬉しくないわけがない。初めて、好きになった人に『好き』だと言ってもらえたのだから。

 例えばここが二丁目の行きつけのバーで、相手が同じバーの客だったとしたら、俺は喜んでその申し出を受け取っただろう。でも、東雲は違う。俺に誑かされてしまっただけなのだ。

 そもそも、古い考え方が未だに残っているこの縦社会で同性カップルがどう見られるかなんて想像に容易い。俺が何か言われる分にはいい。俺のは自業自得だから。でも、それに東雲を巻き込むのは嫌だった。そして、万が一そうなった時に、好きにならなければ良かったと後悔されるのが怖い。それならば、引き返せる今のうちに引き返してもらうのが、俺の為にも東雲の為にもなる筈だ。

「ごめんなさいされても無理だわ」

 そう言い切った東雲は、まったく揺らぐことのない目で俺をみていた。「は?」と、思わず漏れた息が形となって吐き出された。あの一言で話しは終わりだったはずなのに。東雲の言葉の意味がわからない。なぜ、そこでまだ食い下がってくるのか。

「だって俺、お前の事好きだもん」

「それは、勘違いだ」

「勘違いじゃねぇよ。勝手に決めつけんな」

「決めつけてない。信頼関係と恋がごっちゃになってわかんなくなってるだけだろ。俺は男だぞ」

 自分で言った言葉がそのまま自分の胸に突き刺さる。

「恋するのに女とか男とか関係性ある?」

「あるに、決まってるだろう!?」

「っ!でも、だとしても。気持ち悪いって思われたとしても。仕方ないだろ!好きになっちゃったんだから!」

 なんて事を言うんだ。なんて事を言わせてしまったんだ、俺は。きっとこれは、ずっと俺が望んでいた言葉なのだろう。誰かに自分の性を認めてほしいと、ずっと思っていた。でも、こんな形で言わせたかったんじゃない。好きな人にそんな辛そうな顔で言わせたかった言葉ではない。

「きもち、わるいなんて思わねぇよ」

 それを言うなら俺の方がよっぽど気持ち悪い生き物だ。酷いことを言って、言わせて。気持ちを受けとるつもりもない癖に、嬉しいと思ってしまっているのだから。

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