第40話 聖夜祭
ライトリム学園の聖夜祭といえば、全校生徒はもちろん、その家族や卒業生までもが参加する一大行事となっている。
その内容は大がかりな立食パーティーといったところだけど、歴史ある学園だけあって、先に上げた生徒の家族や卒業生の中には、様々な業界での有力者も少なくない。そんな人達と、これを機に少しでも結びつきを持とうとする者、卒業後の進路について便宜を図ってもらおうとする者、あるいは純粋に会って話をしてみたい者と様々で、一種の社交界にも似た様相を呈している。
そんな中私は、周りの様子なんてお構いなしに、ただひたすらに食べることに精を出していた。
「あっ、これ美味しい。うちに持って帰りたいくらい」
出席する人が人なだけに、用意される料理も相当豪華だ。いかに我が家が金銭面での危機を脱出できたとはいえ、こんな機会にはたくさん食べておかなきゃ損だ。
「シアン、せっかくの場なんだから、もっと他にやることがあるんじゃないのか。例えば、せっかくドレスを新調したことだし、誰かとダンスとか」
そう言ってきたのは、保護者としてやって来たお父さん。
確かに、自由参加で行われているダンスは、このパーティーの一番の目玉だ。既に何人かはパートナーと一緒に踊っているし、私も普段着慣れている制服から先日購入したばかりのドレスへと変わっている。
だけど、正直そんなこと考えもしなかった。
「ダンスなんて、誰からも誘われてないからね。私以外にも、踊ってない人はたくさんいるでしょ」
例えばパティは、私と同じく色気より食気だし、オウマくんへの想いを消されたエイダさんだって、たくさんの取り巻きに囲まれながらもダンスには不参加だ。
「それよりお父さん、これ食べる?」
「まったく、いったい誰に似たんだか──まあ、確かにこれは旨そうだな。いただこう」
ボヤキながらも、料理はしっかり食べるお父さん。誰に似たかって言われても、それは間違いなくお父さんだよ。
というわけで、ダンスそっちのけで食べるのに夢中になる私達。けれど、そんな時だった。見覚えのない男の人が、私に向かって声をかけてきたのは。
「失礼。あなたが、アルスター家のお嬢さんですね」
「はい? そうですけど──」
多分、誰かの保護者なのだろう。その人は見たところお父さんとそう変わらないくらいの歳で、派手な身なりこそしていないものの、どことなく品の良い雰囲気が漂い、自然と人目を惹き付けるような存在感を放っていた。
ただ、その人がいったい誰なのか、どうして声をかけてきたのか、私には一向にわからない。これだけ目立つ外見なら、そうそう忘れるもんじゃないと思うけど。
もう、直接誰ですかって聞いてみようか。そう思ったけど私が訪ねるより早く、お父さんのが声をあげた。
「ややっ! これはこれは、大変お世話になっております!」
彼の存在に気づくや、もの凄い勢いで頭を下げるお父さん。なんだかこのまま、ははーっ、とか言って土下座でもしてしまいそうだ。
「シアン、お前も挨拶しなさい。こちらにおわすお方こそ、恐れ多くも我が家に資金提供をしてくださった救世主、ブラッド=オウマさんにあらせられるぞ」
お父さん、畏まりすぎて敬語がおかしくなっているから。
だけど、それでようやく、目の前の人が誰かわかる。資金提供をしてくれた相手。それに、オウマという姓。ということは……
「オウマくんのお父さん!?」
こうして会うのは初めてだけど、オウマくんから、そしてお父さんから、何度か話には聞いている。
我が家に資金援助をしてくださった大恩人となると、お父さんがここまで腰が低くなるのも納得だ。というか、私もちゃんと挨拶しておいた方がいいだろう。
「初めまして。シアン=アルスターです。この度は、大変お世話になりました。なんとお礼を言ったらいいか──」
だけど私のセリフは、全てを言い終わる前にやんわりと止められた。
「こういう場ですし、堅苦しい挨拶はなしにしませんか。それに、お礼を言うなら私の方です。あなた方のお陰で、息子は呪いとも言える血の宿命から逃れる事ができたのですから」
息子というのは当然オウマくんで、血の宿命とはもちろん、彼に流れるインキュバスの血の事だろう。だけどその言葉を聞いて、自分の顔が僅かに引き吊るのが分かった。
「あの力のせいで、息子は常々悩んでいました。私も親としてなんとかしてやりたかったが、息子と違って大きな力を受け継いでいない私には、どうすることもできなかった。それが今や、全て解決して、久しぶりに心から笑った顔を見ることができた。全て、あなた達のおかげです」
さっきまでとは反対に、今度はこっちが頭を下げられる。きっと、オウマくんのことをとても心配していて、それだけに全てが解決したことを、心から喜んでいるんだろう。
だけど私は、その姿を見て良心が痛んだ。
だって、実はまだ、完全には解決してないんだから。目の前にいる私が、今も魅了の力にかかっている最中なのだから。
だけど、そんな私の心中なんてちっとも知らないで、お父さん達は上機嫌に話を始める。そのにこやかな様子が、ますます胸を締め上げていくような気がした。
「ところで、息子の姿が見当たらないのだけど、どこか心当たりはありませんか?」
「えっ?」
不意に訪ねられ会場を見渡すけど、何しろ相当な人数だ。ざっと見ただけだと、とても一人を見つけるなんてできそうにない。
「あの。私、探してきます」
「いや、何もそこまでしてもらわなくても──」
「いえ。連れてくるので、待っていてください!」
半ば強引に話を進めて、逃げるようにその場を去る。このままじゃオウマくんだけでなく、この人まで騙していることになる。そう思うと、あの場にいるのが耐えられなかった。
だけどその一方で、もう本当に逃げようとは思わなかった。思えなかった。むしろ、考えていたのはその逆だ。
「オウマくんを探して、今度こそ、全部話そう。魅了の力、まだ完全には制御できてないって。私が、魅了の力にかかってるって」
誰に聞かせるわけでもない決意が、気がつけば声になって漏れていた。
この前伝えようとした時は、結局怖くて言えなかった。だけど、いくらなんでももう限界だ。今さらだけど、こんな大事なことをずっと隠し通すなんて、やっぱりできない。
全て伝えるため、この広いパーティー会場で、オウマ君の姿を探す──探す──探す────
「って、どこにもいないじゃない!」
あちこち探してみたけれど、オウマくんの姿は一向に見つからない。ようやく全てを伝える決心をしたって言うのに、肝心の本人がいないんじゃどうしようもない。
せめて、誰か他にオウマくんを探すのを手伝ってくれたら。だけどその後インキュバス関連の話しをするのを思うと、迂闊に人を誘うわけにはいかない。
そう思った時だった。頭に、ホレスの顔が浮かんできたのは。
魅了の力のこと、全て打ち明けるなら、今後再び彼の力を借りることになるかもしれない。というか、黙っていても向こうからやって来そうだ。だったら、今のうちに全てを話して、オウマくんを探すのだって手伝ってもらおう。
幸い、オウマくんと違って、ホレスが今どこにいるかは分かっている。
まずは彼と会うため、私はそっと、パーティー会場から抜け出していった。
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