第12話 女王の如き人
校内において、まるで女王の如き立場と威厳を持つエイダさん。そんな彼女のもう一つの特徴は、オウマ君に対して熱狂的なまでに好意を寄せていることだった。
オウマ君を好きな子は学校中にいくらでもいるけど、その好意の度合いは、見てるだけでいいと言うパティのような人から、絶対付き合いたいというガチのものまで幅広い。そしてエイダさんは、明らかに後者だった。
その強い思いと立場を駆使して、オウマ君の周りに女の子が集まる時は、彼女は常にそのすぐ近くに陣取っている。そして時には、彼女が直接指示を出し、周りの子を一歩下がらせ、オウマ君と一対一で話すことだってある。そして、今まさに、そんな指示が出されていた。
「オウマ君。少し、お話してもいいかしら?」
「何か用か?」
オウマ君は素っ気なく答えるけれど、その声には緊張の色が見える。わざわざ他の人を下がらせてまで話をしにきたんだから、何かあるかと思って身構えているんだろう。
緊張しているのはオウマ君だけじゃない。周りの子。それに教室にいる他の生徒達も、学校一のモテ男に、女王のごとき存在のエイダさんが、何を話すのか見守っていた。
そして、とうとうエイダさんが口を開く。
「来月あります聖夜祭、それについて、お話ししたいことがありますの」
「聖夜祭? それって、この学校であるパーティーのことか?」
聖夜祭と言うのは、ハイラント王国で広く信仰されている宗教の開祖が生まれた日を祝う行事だ。と言っても、今ではそれにかこつけて各商店がセールを始めたり、大きなイベントを企画して盛り上がろうなんて主旨が強くなっている気がする。
ここライトリム学園でも、その日は生徒だけでなく、保護者やOBも多数出席すると言う大規模なパーティーが予定されていた。
そしてそれを聞いた瞬間、私も、多分オウマ君も、見守っている誰もが、エイダさんが何を言おうとしているのか、だいたいの察しがついた。
「オウマ君、ダンスのパートナーがまだ決まっていないのではありませんか? もしよろしければ、私が相手を務めたいのですが、いかがでしょう?」
やっぱりそうか。
聖夜際パーティーの最大の目玉は、自由参加で行われるダンスだ。男女ペアになって踊るそれは、名目上は仲の良い相手と楽しく踊ろうみたいな軽いものだけど、実際は恋人同士でペアになるのが暗黙の了解みたいになっている。つまりここで一緒にダンスを踊ると言うのは、私達は恋人ですよと周りに宣言するようなもの。しかも学校の生徒はおろか、たくさんの保護者やOBが来ている前でそれを行うのだ。
元々、数多くいる女子達の中でも、常にオウマ君のそばをキープしてきたエイダさん。ここに来て、一気に勝負に出たのか。
だけどオウマ君は、それを聞いてすぐにこう返した。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、俺は誰とも踊る気はないから」
それは、少なくとも私にとっては予想通りのものだった。元々、このダンスもパーティーも本来は自由参加で、出なくても何の問題もない。女の子から好意を寄せられる事にさえ罪悪感を抱く彼が、この申し出を受けるはずがなかった。
だけどそれを聞いても、エイダさんは顔色一つ変わらない。
「あら、私では不満ですか。私とオウマ君なら、校内の立場としても家柄としても、釣り合うのではなくて?」
自信たっぷりにそう言うと、側にいた彼女の取り巻き二人が声をあげた。
「私も、二人ならお似合いだと思います」
「お二人なら、不満を言う者など誰もいないでしょう」
この二人も、多分エイダさんからこう言うように指示されているのだろう。オウマ君の魅了の力を考えると、二人だって彼に好意を抱いていてもおかしくはない。だけとエイダさんには、そんな思いを押さえても従わせられるだけの力がある。彼女はそういう人だ。
さっき、『二人なら不満を言う者など誰もいない』って言っていたけど、ある意味それは正しい。例え不満に思っていたとしても、エイダさん相手に面と向かってそれを言える人なんて誰もいないのだから。
だけどオウマ君がこれに頷くかというと、それは全くの別問題だ。
「釣り合うとかじゃなくて、さっきも言ったように、俺は誰とも踊る気なんてないよ。パートナーが欲しいなら、他をあたってくれないか」
もう一度、今度はさっきよりも強い口調で言う。これで、エイダさんは二度、しかも大勢のクラスメイトがいる中で、ハッキリと断られたことになる。これは、プライドを傷つけられたんじゃないだろうか。
だけどエイダさんは一向に動揺する気配を見せず、フッと息をつく。
「誰とも、ですか。それなら仕方ありませんわね。失礼しました」
おや? 意外にも、今度はアッサリ聞き入れてくれたようだ。とても、さっきまであんなに強く頼んでいた人とは思えない。
これはオウマ君も予想外だったようで、驚いた顔をしていたけど、それからエイダさんは教室を見渡すと、これまでよりもいくらか声を張り上げ、言う。
「誰とも踊る気がないのでしたら、誘っても意味はありませんわね。なら、これ以上無粋なマネはしませんし、誰にもさせませんわ」
それを聞いて、ようやくエイダさんの意図を理解する。
多分彼女は、こうして断られることをある程度覚悟していたんだろう。もちろん、一緒に踊りたいというのも本当だろうけど、彼が簡単には頷かないことくらいわかって当然だ。
自分が一緒に踊れないのなら、次にするべきことは何か。それは、牽制だ。
無粋なマネはしないしさせない。さっき彼女が、教室中に聞こえるように言ったセリフ。それは要は、「抜け駆けしてオウマ君を誘ったらタダじゃおかねーぞ!」って意味だ。
決して女の子になびこうとしないオウマ君でも、何人もに誘われたら万が一ということがあるかもしれない。そうならないように釘を刺すことこそ、こんな大勢の前でダンスを申し込んだ最大の狙いなのだろう。
どこまで本当か分からないけど、以前オウマ君に対して抜け駆けをした女子が、過激な制裁を加えられたなんて話もある。脅しとしては、その威力は十分。実際、それを聞いた女子生徒達の間に、戦慄が走ったような気がした。
「それでは、失礼いたします」
こうしてエイダさんは、クラスの女子全員、いや全校の女子全員に対する牽制を終え、最後までにこやかなまま去っていった。
断られた後もここまで堂々と立ち振る舞うことで、大したことじゃありませんよってアピールもにもなるんだろう。元々確立していた地位もあって、彼女を大っぴらに笑う人はいそうもなかった。
彼女がいなくなった後も、なんだか教室中に圧が残っている気がするよ。
だけど今回のことで一番ダメージが大きかったのは、やっぱりオウマ君なんだろうな。
遠目に彼の表情を伺うと、やはりと言うべきか、どこか苦しそうに見えた。
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