第42話 告げた真実
「もう大丈夫だから、下ろして」
「あっ────ご、ごめん!」
抱きかかえられ、互いの心臓の音さえも聞こえてきそうな、私達の距離。だけどそれは、私の一言であっけなく終わりを迎えた。
慌てた様子で、だけどゆっくりと私を下ろすオウマくん。とはいえ、これでこのまま終わりってわけにはいかない。
何しろ一度は逃げ出したとはいえ、元々私には、伝えなきゃいけない事があったんだ。魅了の力が完全には抑えられていないというその事実を、今度こそ伝えるんだ。
だけど私が口を開くより先に、オウマくんが深々と頭を下げ、言った。
「本当にごめん。今まで、たくさん迷惑をかけて!」
そうして頭を下げたまま、ピクリとも動こうとしない。ただ、緊張しているのか、肩が僅かに震えているのがわかる。
その様子は、たった今言い放たれた「ごめん」にどれだけ真剣な思いが込められているかを物語っているようだった。
だけど私は、それを見てただ困惑するしかなかった。
「いや、ちょっと待って。なんで突然謝るの。迷惑かけたって、いったい何の話!?」
せっかく頭を下げてもらったところ悪いけど、私には謝られる心当たりなんて何もない。
するとオウマくんは、ようやく下げていた頭を上げ、心細げな目で私を見る。
「だって、力を抑えるための特訓に付き合わせて、何度も生気を吸いとって、他にも何度も危ない目にもあって……」
「今さらその話? っていうか、気にすることじゃないって何度も言ったよね?」
どうして今になってそんな話を持ち出すのかわからない。だけどオウマくんは、否定する私に向かって、悲しげな声で、叫ぶように言った。
「だってシアン、最近ずっと俺のこと避けてただろ。それって、俺がたくさん迷惑をかけたてたからじゃないのか?」
「はぁっ!?」
それは違う。なんて言うか、全くの的外れだ。だけどそれを伝えようとした時、廊下の向こうから、ホレスが駆け寄ってきた。
「おーい、二人とも足速すぎ。俺は体力無いんだからさ、少しは考えてくれよ」
相変わらず、全く空気の読めないこの男。だけど私達の側までやって来て、ようやく辺りに漂う緊張感に気づいたようだ。
一度オウマくんをチラリと見てから、私に向かって言う。
「えっと、シアン。さっき、オウマくんが言ってたみたいだから、この際全部話すぞ。オウマくん、お前に避けられてるって、嫌われてるんじゃないかって、最近ずっと落ち込んでたんだよ」
「────ちょっと、先輩!?」
ホレスの言葉に慌てるオウマくん。だけど、再び私と顔を合わせたとたん、口に蓋をしたみたいに黙り混む。
「──そ、そうなの?」
言葉を失ったオウマくんに、恐る恐る聞いてみる。
もちろん私は、オウマくんを嫌ってなんていないけど、私が彼を避けているのは紛れもない事実なのだから、そんな誤解をするのも仕方ないのかもしれない。
沈黙の後、オウマくんはとてもゆっくりと、その首を縦にふる。そして、消え入りそうなくらいの小さな声で、ぼそぼそと呟いた。
「……話しかけても、すぐに距離を置かれるし、もしかしたら今までだって、ずっと無理して付き合ってたんじゃないかって思ったんだ。散々迷惑かけたんだから、嫌われても仕方ないかもしれないけど、だけどそれならそれで、一度ちゃんと謝らなきゃいけないって思って。でも、なんて声をかけていいのか分からなくて、それにいざ話そうとして、また拒否られると思ったら怖くて、こんな時、魅了の力をかけられたら話くらいはできるかなって、最低のことも考えたし……ああ、俺、何言ってるんだろう?」
自分でも、何が言いたいのかわからなくなっているのか、だんだんと言ってることが支離滅裂になってくる。ただ言葉を紡ぐ度に、その表情が、どんどん暗く沈んだものへと変わっていくのがわかる。
きっと、ホレスが言っていたように、今までだって相当落ち込んでいたんだろう。
だけど──
「それ、全部誤解だから!」
オウマくんが本気で悩み、落ち込んでいるのは十分にわかった。けど彼が思っているのは、全部勘違いだ。
誤解だってことを、そして、避けていた理由を、ちゃんと伝えなきゃ。
「その……避けてたのは本当だけど、オウマ君を嫌いになったって訳じゃなくて、むしろ理由を話したら、私の方が嫌われるかもしれない。いや、絶対に嫌うって言うか、軽蔑するって言うか……」
話しながら、私も私で、だんだんと言葉がつまっていく。全部伝えようと決めたってのに、いざ告げようとするとやっぱり怖い。これを話すことで軽蔑されるかもと思うと、上手く声が出てこなくなる。
このままじゃいけない。改めてそう思ったところで、躊躇いを振りきるように、大きく頭を下げ、叫ぶ。
「ごめん。今まで黙ってたけど、オウマくんの魅了の力、完全に抑えられたわけじゃないの。それをどう伝えればいいのかわからなくて、今まで避けてました!」
ああ、とうとう言ってしまった。
オウマ君は、これを聞いてどう思うだろう。今まで黙っていた私を、どんな風に見るだろう。
それを確かめるため、恐る恐る顔を上げ、彼の様子を伺う。
「…………は?」
そこにあったのは、キョトンとした表情。それに、間の抜けたような呟きだった。
あれ? なんだか思っていた反応と違うな。
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