第41話 盗み聞き

 一大行事である聖夜祭のパーティーも、全ての生徒が楽しみにしているわけじゃない。例えばダンスのパートナーが見つからない人の中には「けっ、リア充同士勝手にやってろ!」なんて思ってるのもいるし、そこまではいかなくても、興味がないって人はそれなりにいる。


 ホレスも、そんな興味がない側の一人で、しかも彼の場合、徹底して我が道を行くマイペースさがそれに加わってくる。


 その結果、彼はパーティー会場に赴くこともなく、普段からホームとしている歴史研究部の部室で、今日もインキュバスの研究に没頭すると言っていた。簡単に言うとサボりみたいなものだけど、パーティーの最中は自由行動が認められているから、ホレス的にはセーフらしい。


 まあ、その辺は私にしてみればどうでもいい。それよりさっさと事情を話して、まずはオウマくんを探すのを手伝ってもらおう。


 そう思いながら、歴史研究部部室の前までやって来と、中から明かりが漏れている。やっぱり、ホレスはここにいるみたいだ。

 だけど扉に手をかけたその時、中から話し声がしていることに気づいた。


「俺が言うのもなんだけど、オウマくんはパーティー行く気はないのかい?」

「興味ないですよ。元々、いい思い出のある行事じゃないですから」


 聞こえてくる声とその内容から判断すると、中にいるのは二人。一人はホレス。そしてもう一人はオウマくんだ。


 図らずもオウマくんも一緒に見つけてしまったけど、中にいるのが彼だと分かったとたん、扉にかけていた手が止まる。本当はすぐに入って色々話さなきゃいけないけれど、思いもよらないところで見つけてしまったせいで、まだ全然心の準備ができてない。


 そうして逡巡している間にも、さらに中からの声は聞こえてくる。


「いい思い出がない、ね。聞かなくてもだいたい想像がつくけど、大方魅了の力のせいで、何人もに言い寄られてたんだろ」

「そんなところです」


 聖夜祭と言えば、この学校に限らず男女間の距離が縮まるイベントが盛りだくさんだ。魅了の力を駄々漏れにさせていたオウマくんは、女の子からのアプローチを断るのにさぞかし苦労していたことだろう。

 そんなことを思っている間にも、話はさらに聞こえてくる。


「けどさ、もう魅了の力は押さえ込めるようになっただろ。なのにこうしてここにいるってことは、女の子と仲良くしたいとかは思ってないの? モテすぎて嫌になったとか?」


 そこまで聞いて、より一層聞き耳を立てる。盗み聞きなんてみっともないのはわかっているけど、今のオウマ君が女の子に対して、恋愛に対してどう思っているのか、なぜか無性に気になった。

 これも、やっぱり私自身が彼に魅了されているからなのかな?


 ゴクリと唾を飲み込み、オウマくんの言葉を待つ。


「別に、嫌って訳じゃないですよ。だけど、特別女の子と仲良くしたいとか、ましてや恋愛とか、今は全然考えられないだけです。この理由だって、だいたい想像がつくでしょう」

「まあな」


 ────っ!

 聞こえてきた言葉に、思わず息を飲む。

 恋愛なんて、全然考えられない。それは、考えてみれば納得できることではあった。今まで魅了の力にさんざん振り回され、何人もの女の子に言い寄られてきたんだ。力をコントロールできるようになったからといって、すぐに恋愛しようと思えなくても無理はない。

 

 だけど、意図せず知ってしまったそれは、私を動揺させるには十分だった。


 気がつけば手が震えていて、それまで触れていた扉が、ガタガタと音をたてて揺れる。するとそれに気づいたのか、中から聞こえてくる声がピタリと止んだ。

 しまった。そう思ったけど、もう遅い。中から慌ただしく物音がしたかと思うと、勢いよく扉が開かれ、同時に声が届く。


「シアン。いつからそこに……」

「えっと……」


 出てきたのは、オウマ君だった。驚いた顔で。私を見つめ聞いてくるけど、それに答える余裕はなかった。


「────ご、ごめん!」


 ただ一言それだけを叫ぶと、後は逃げるようにしてそこから走り出す。ううん。逃げるように、じゃなくて、完全に逃げ出したんだ。


 本当なら、盗み聞きしていたことを謝らなきゃいけない。何より、魅了の力がまだ抑えられていないこと、ちゃんと伝えなければいけない。

 だけどそれ以上に私の頭をいっぱいにしているのは、オウマ君が、恋愛なんて考えられないっていう事実だ。それだけが、頭の中をグルグルと回っていた。


(恋愛する気が無いなら、もしも私が好きだって言っても、ダメなんだよね)


 気がつけばそんな考えが浮かんできて、ズキリと胸が痛んだ。

 この痛みも、きっと元を辿れば、魅了の力にかかっているからに違いない。植え付けられた恋心が、こんな失恋にも似た感情を引き出しているんだろう。


 だけど、いくら自分にそう言い聞かせても、実際に込み上げてくる痛みは、ちっとも和らいでくれない。オウマくんから逃げているはずなのに、その反面、今すぐにでも彼の元へと戻りたくなる。


 自分の中にある感情の置き場が分からなくて、その戸惑いが、また新たな痛みに変わっていく。


「──うわっ!」


 ぐちゃぐちゃに考えながら走っていたせいか、気がつけば足が絡まり、大きく視界が揺れる。

 転ぶ、そう思った時だった。


「シアン!」


 私を呼ぶ声と共に、体制の崩れた私の体が、フッと浮いたような気がした。


「──大丈夫か?」

「う……うん」


 返事をしながら、ようやく自分が抱きかかえられていることに気づく。そして、かかえている相手というのは、望んだ通りの人だった。


「オウマくん……」


 彼の名を口にしたとたん、自分の手に、ギュッと力が入るのがわかった。

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