第23話 覚悟を決めて

 生気を吸い取る。それは、オウマ君が力のコントロールを覚えようとする際に、真っ先に挙がった練習方法だった。


 今のままだと、少し力を使っただけでもすぐに体力が尽きて息切れするオウマ君。だけど生気を吸って回復すれば、それもなくなる。もっと、効率よく練習することができる。

 それに、インキュバス最大の特徴のひとつが、この生気を吸い取る力だ。これを鍛えることで、魅了を含めた力全体のコントロールも、より効率よく覚えられるかもしれない。そう、ホレスは推測していた。


 だけど、肝心のオウマ君がそれを良しとしなかった。


「生気を吸い取るって、だけど俺は……」


 私の言葉を聞いて、しばらくの間声もなく押し黙っていたオウマ君。

 やっと口を開きはしたけれど、やっぱり出てきたのは、躊躇うような言葉だった。


 彼がそこまで頑なになる理由は、私にだって分かる。


「オウマ君は私を心配してくれてるんだよね。と言うか、傷つけるんじゃないかって思って怖がってる。違う?」

「──っ!」


 インキュバスの力で、人に迷惑をかけたくない。今まで見てきたオウマ君には、いつもそんな思いが根底にあった。

 そんな彼にとって、人から生気を吸い取るなんてことは、絶対にやりたくないだろう。それは、今の動揺する姿を見ても明らかだ。


「そうだよ。少しくらいなら大丈夫って言われても、シアン本人が構わないって言っても、それでも俺は、やるのが怖い。上手く力を制御できずに、大変な事になるんじゃないか。どうしても、そんな風に考えるんだ」


 そう言ったオウマ君は、微かに震えているようにも見えた。

 果たしてそれを気づかいと見るか、それともただの臆病と見るべきは分からない。誰だって、好きで人を傷つけたいなんて思くわけないし、彼が怖がる気持ちも分かる。だけど私は、ここであえて厳しい言葉をかけてみる。


「でもねオウマ君。そんなこと言ったって、今のままじゃ、力を使う練習はほとんど進めないよね。そうしている間、エイダさん達はずっと魅了にかかったままだよ」

「それは……」


 今のオウマ君に、これを言うのは酷かしれない。君のせいでたくさんの人に迷惑がかかっているんだと、突きつけることになってしまう。

 もちろん私だって、できればそんなことはしたくない。例えそれが事実であっても、本人が苦しんでいるのなら、必要以上にそれを責めたりなんかしたくない。

 なのにこれを言うのは、それが必要だと思ったからだ。


「エイダさん達だけじゃないよ。オウマ君が力の制御を覚えない限り、あんな事はこれから先もおこってくるんだよ」


 そしてきっと、オウマ君はその度に、自分のせいだと責任を感じて苦しむことになる。そんなのは嫌だった。


 だから私は、ちゃんと自分の力と向き合ってほしくて、前に進んでほしくて、その背中を押す。


「だからさ、どうせ何をやっても誰かに迷惑をかけるなら、少しでも何とかなりそうな方をやってみない?」


 オウマ君は相変わらず自分の力を嫌っていて、使うのを躊躇っている。それは、彼が今まで経験してきたことを思えば、無理もないのかもしれない。だけどそれじゃ、いつまでたっても同じことの繰り返しだ。それを変えるなら、今しかないと思った。


「だいたいさ、元々私に悪魔祓いの力があるから依頼してきたんでしょ。もう少し、私にも何かさせてよ」


 私が今やってることと言ったら、体力測定の手伝いくらいだ。オウマ君は悪魔祓いと見込んで我が家を頼って来たってのに、こんなんじゃたとえ魅了の力を抑えられても、胸を張って報酬なんて受け取れない。


 その点、生気を分け与えるって役目なら、私にしかできないことだ。

 オウマ君の話だと、生気を吸い取るとなると、より強く相手を魅了する危険があると言う。だけどそもそも魅了の力がきかない私なら、その心配はない。それに、人より多くの生気を持っているから、少しくらいなら、きっと大丈夫。

 私に流れる悪魔祓いの力が役に立つなら、できる限りのことはしたかった。


 オウマ君は、またしばらくの間、何も言わずに押し黙る。

 多分、迷っているんだと思う。本当に私から生気を吸い取っていいのか、悩んでいるんだと思う。

 だけどそれが、事態解決に向けた最善の方法なのだとしたら、多分出さなきゃいけない答えはもう決まっているのだろう。

 微かに震えた唇が、再び開かれる。


「人から生気を吸い取るのは、やっぱり怖い。それにもしかしたら、シアンに想像以上の負担をかけることになるかもしれない。だけど俺、やっぱりこのままは嫌だだから、ちゃんと力を押さえられるようになりたい。協力してくれるか?」


 そう言って、深く頭を下げてくる。

 それは、今までの彼にとって、考えられない決断だったのかもしれない。


 だけど私は、そこまで畏まらなくてもいいのにと思ってしまう。だって私の答えは、とっくに決まっているんだから。


「いいよ。って言うか、さっきからそう言ってるじゃない。だいたい、今のままじゃ、練習に付き合うって言ったって、私がやってることっていったら体力測定の記録係じゃない。どうせなら、もっと協力させてよ」

「シアン……」

「私なら、少しくらい生気を吸いとられたって、魅了されることも倒れることもないからさ。悪魔祓いは、インキュバスの力になんて屈しません」


 最後は、ちょっとふざけた感じで胸を張る。

 元々この依頼を受けた時から、多少の危険や厄介事は覚悟の上だ。力を使うための練習だって、生気を吸い取る役だって、とことん付き合ってやろうじゃないの。もっとも、本当の悪魔祓いは、自ら進んで生気を渡すなんてしないだろうけどね。


「ありがとう。俺、やってみるよ」


 そんな私を見て、オウマ君はようやく、ホッとしたように笑ってみせた。

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