第6話 突然の来訪
「──では、本日はこれにて失礼します。急に訪ねてきてお時間をとらせてしまい、申し訳ありません」
「いえ、滅相もありません! どうか、くれぐれもよろしくお伝えください!」
オウマ家の使いの方がうちにいたのは、僅か半時程度の短いものだった。お父さんが、全身全霊で声を張り上げながら、去り行く姿を見送っている。
対応はお父さんとレイモンドがしていたから、いったい何を話したのかは知らない。だけどオウマ家と言えば、貴族の中でも名門だ。そんなところが、うちみたいなところにいったい何の用だろう?
私も、同じく席を外していたジェシカも、興味を引かれずにはいられなかった。
と言うわけで、先方が帰るとすぐに、二人揃ってお父さんに詰め寄り、まずはジェシカが訪ねる。
「オウマ家と言えば、家柄は元より、商売でも成功されて、今や飛ぶ鳥落とす勢いの名家ではありませんか。そんなところ使いの方が、どうしてわざわざこんなしがないところを訪ねてきたのですか?」
「しがないって……ジェシカ、言ってることはもっともだけど、できればもう少しオブラートに包んでくれると嬉しいな」
「はっ──申し訳ありません。つい本音が……」
主と使用人でもフランクな会話ができるのが我が家の良いところだ。お父さんはジェシカの言葉に苦笑しながらも、決して怒る事なく、一言告げただけで話を進める。
「まず言っておくと、今回はただの挨拶みたいなもので、何の用事で来たのかさっぱりわからん。ただ、明日オウマ家のご子息が来られて、改めて詳しい話をされるそうだ」
「ご子息って、エルヴィン=オウマ君のことだよね。明日ここに来るの?」
明日は学校も休みだから、多分それに合わせたんだろう。だけど彼がこの家に来るなんて、まるでイメージできなかった。
「ああ、そう言えばシアンと同じ学校だったな。あまりにも住む世界の違う人達だから、すっかり忘れていたよ。もしかして、仲がよかったりするのか?」
「ううん。今日ちょっとだけ話をしたけど、今まで喋った事もないし、向こうは私の名前も知らなかったよ。この件と私は、関係ないんじゃないの?」
お父さんは金策のため、あちこちの貴族や有力者と繋がりを持とうと奔走している。もしかしたら、そんな話が曲がり曲がって先方へと伝わったのかもしれない。今日初めて話しただけの私よりも、そっちの方がよっぽど可能性がありそうだ。
だけどそれを聞いたお父さんは、すぐさま首を横に振った。
「いや、あちらが言うには、お前も是非話の場にいてほしいとの事だ。わざわざ名指するくらいなんだから、やっぱりシアンに何か理由があるんじゃないのか?」
「えっ、そうなの? うーん、でも、わざわざうちに来る心当たりなんてないしな……」
私とオウマ君との間で起きた出来事と言えば、ぶつかった事とお弁当をもらった事くらいしかない。
「まさか、やっぱりあのお弁当返してって言うんじゃないよね」
「どういう事だ?」
「それがね…………」
このまま一人で考えていても埒があかない。事情を知らないお父さん達に、今日の昼休みに起きた出来事を──彼とぶつかった結果、とっても豪華なお弁当をもらったことを話すと、暫しの沈黙の後、皆が揃って難しい顔をする。
「なるほど、そんなに豪華な弁当を全て平らげたか。食べ物の恨みは怖いと言うし、返せと言うのも十分あり得る話だ。ちなみに、中身はどんなだった?」
やっぱり、最も可能性が高いのはそれだろう。だとしたら、おかずの内容もしっかり伝えておいた方がよさそうだ。
「えっと、まずは分厚いお肉があった」
「おおっ!」
「それから、エビもあった」
「なんと!」
「あと、なんか高そうなお魚も入っていたっけ」
「羨ましい!」
一つ一つあげる度に、お父さんとレイモンドとジェシカが、それぞれローテーションで声をあげていく。そして覚えている全ての料理を言い終えたところで、お父さんが震えながら拳を握りしめた。
「なんて事だ。私がこの三日間食べたものよりもさらに豪華そうじゃないか。これが格差社会と言うやつか!」
「やっぱり、そんなの作るとなるとたくさんお金もかかるんだろうな。もし本当に返せって言わせたらどうしよう」
「いや、しかしうちだって、いくら豪華とはえ、たかが弁当一つ用意できないほど落ちぶれちゃいないぞ。しばらくの間、我々の食事がさらに質素になるだけだ」
今の食費もかなり切り詰めているつもりだけど、それがさらに質素になるのか。それは、相当辛いかもしれない。
だけどそこで、レイモンドが口を挟んできた。
「お待ちください。ですが話を聞くと、元々はあちらの不注意ですし、お弁当だって自らよこしてきたんじゃないですか。それを今頃になって返せと言うのは、あまりに理不尽じゃないですか?」
「うむ、確かにそうだな。例え相手が誰であろうと、そんな不条理な要求に屈するわけにはいかん。そもそもそのオウマ家のご子息というのは、そんな身勝手な事を平気で言ってくるような奴なのか?」
言われて、改めてオウマ君を思い出す。とは言っても、今日まで接点なんてまるでなかったのだから、彼のことなんてほとんど知らないけどね。
それでも、一度冷静になって考えてみると、とてもそんなことを言って来るような人には思えなかった。
「多分、違うと思う。話してみた感じだと優しそうだったし、ぶつかったこともちゃんと謝ってくれた」
「うーむ、それなら、弁当を返せという話ではないのかもしれんな」
だけどそうなると、いよいよどうしてオウマ君が我が家に来るのかわからない。
「いったいどんな理由があって訪ねてくると言うのだ? そうだ、もしかしたらお前に一目惚れして、交際を申し込もうとしているのかもしれないぞ。大衆向けの娯楽小説にも、そんな身分違いのロマンスがあるだろ」
「お父さん、現実逃避しない」
突飛なことを言い出した頭の中では、それならあわよくば資金援助も期待できるのではないかという、都合のいい妄想が同時に展開されているのだろう。
「相手はイケメンで学校一のモテ男なんだから、可愛い女の子なら選り取りだよ」
「し、しかし万が一と言うことも……」
「無いから」
夢見がちなお父さんに現実を突きつけると、隣でジェシカが小さく、「まあ、イケメン」などと呟いている。そう言えば彼女の趣味は舞台を見に行くこと、正確には、舞台に出るイケメンを観賞することだったっけ。
「先方の用件次第では、アルスター家存続の危機と言うことも考えられますからね。この屋敷での最後の思い出に、是非ともそのイケメンの顔をこの目に焼き付けないと」
いや、ジェシカ。サラッと我が家を終わりにしないでよ。
だけどそれを聞いて、レイモンドが思い出したように言った。
「そう言えば、妙なことを言っていましたな。確か、お嬢様以外の女性は外してほしいと」
えっ? なんなの、そのよくわからない条件は?
私が首を傾げていると、ジェシカもまた別の意味で困惑していた。
「それじゃ、わたくしはどうすればいいのですか?」
「そうだな、明日は一日休暇ということにしようか。お好きな舞台でも見に行って、たっぷりとイケメンを観賞してきてください」
「そんな、まだ見ぬイケメンが……」
ガックリと膝をついたジェシカは、それはそれは残念そうだった。
それにしても、今日初めて話した私の家に訪ねてくるだの、他の女性を外してくれだの、何の用だかさっぱり見えてこない。結局、全ては明日分かるだろうと言うことで今回の話し合いは終了した。
お父さんは、「どうか悪い話ではありませんように」と、両手を組んで祈っていた。
そして、いよいよ迎えた翌日。我が家の前に、それはそれは豪華な馬車が止まった。オウマ家の馬車だ。
私とレイモンド。それにお父さんは、揃って玄関の前に立ち、それを出迎えていた。
「ほ……ほほ、本当に来た。いいかシアン、レイモンド、まずは落ち着くんだぞ。とにかく落ち着くんだ。落ち着いた対応さえ心がければ、例えどんなことがあろうと……」
「お父さん、落ち着いて。お願いだから」
隣でこれだけパニックになられると、こっちは逆に冷静になってしまう。
そうしているうちに馬車の戸が開き、中から昨日訪ねてきた使いの人が、そしてその後に、オウマ君本人が現れた。
「急な話にも関わらずお時間をとっていただき、ありがとうございます」
学校で話した時とは違ってって、畏まった口調で、お父さんに挨拶をするオウマ君。
服装も、普段学校で見ている制服でなく私服で、それも一目で上質なものとわかる。
パティやファンの子が見たら、間違いなく声をあげるところだ。
「いえ、滅相もございません! このような場所にお越しくださって、恐悦至極に存じます!」
「は、はぁ……」
お父さん、だから落ち着きなって。オウマ君、少し引いちゃってるじゃない。
とにかく、それから二人を家の中の応接室へと通して、昨日あれから大急ぎで用意した、お高い紅茶を私が淹れる。ジェシカが休みをとっているから、私以外に淹れられる人がいないのだ。
「どうぞ」
「ありがとう。同席してくれって頼んではいたけど、予定とかなかったか?」
「大丈夫。気にしないで」
クラスメイトという距離感からか、お父さんへの挨拶とは違って、普段通りの口調になるオウマ君。もちろん私も、お客さんとはいえ、わざわざ畏まられるよりもその方が楽だ。
一方お父さんはと言うと……
「そ、それで……ほ、本日はどう言ったご用件でしょうか?」
今なお、娘の同級生相手にガチガチに緊張していた。
とは言え私だって少しは緊張している。オウマ君はいったいこれから何を言うのか、静かに彼の言葉を待つ。
そして、ほんの少しの間を置いた後、オウマ君が言う。
「アルスターさん。あなた方を、高名な悪魔祓いと見込んでお願いがあります」
…………は? 今なんと?
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