第7話 気は確かなの!?
かつては悪魔祓いの名家としてその名を馳せたアルスター家。だけどそんなものは、何代か前にはやめてしまっている。
そんな我が家に、悪魔祓いと見込んでお願いがある?
オウマ君、気は確かなの?
「えっと……それはつまり、祭事や祈祷と言った類いのものですかな。失礼ですが、それなら私どもよりも教会に依頼された方がいいのでは……」
お父さんがやんわりとした口調で言う。そうだよね、悪魔祓いって言っても、実際やることと言ったらそんなものだよね。
だけどそんな思いは、すぐに裏切られることになる。
「いいえ。今回依頼したいのは、そう言った類いのものではなく、悪魔に対する専門家であるあなた方にしか頼めない事なんです」
「と、言いますと?」
そもそも、うちはとっくに専門家なんかじゃなくなってるんだけどね。だけど、彼がいったいどんな理由で悪魔祓いなんて胡散臭いものを訪ねてきたのか、その理由が気になったから、ここはあえて突っ込みはせず続きを聞いてみる。
言いにくい事なのか、オウマ君はほんの少しだけ躊躇うように押し黙って、だけど再び決意したように改めて口を開き、言った。
「俺の中には、ある悪魔の力があるんです。その力はとても強くて、俺自身では抑える事はできない。だけど、高名な悪魔祓いであるアルスター家なら、この力を制御する方法を知ってるんじゃないか。そう思って、訪ねてきた次第です」
「…………へっ?」
彼の言葉を聞いて、短く間の抜けた声があがる。そしてその後は、しばらくの間沈黙が続く。私もお父さんもレイモンドも、誰も何も答えられなかったのだ。
だって、悪魔の力とか、それを制御する方法とか、あまりにも突飛で、とてもじゃないけど信じられない。
「あの……つまりそれは、どういうことでしょうか?」
とりあえず、もう少し詳しい話を聞こうと思ったのか、ようやくお父さんが沈黙を破る。
するとオウマ君は私の方へと目を向けた。
「えっと……アルスターさん?」
「はい、なんでしょう」
私より先に、お父さんが返事をする。いや、確かにお父さんもアルスターだけど、今オウマ君は明らかに私を見て言ってたじゃない。
どれだけ緊張で周りが見えなくなってるの。
「ああもう、ややこしい。私のことは、シアンでいいから」
「じゃあ、シアン。シアンから見て、学校での俺はどんなやつだ」
「どうって……」
何、その質問?
そんなこと言われても、直接話したのは昨日が初めてだし、詳しいことなんて何も知らない。
とは言え何かと有名なオウマ君。客観的に見て思う事くらい、ならいくつかある。と言うか、ほとんどの人はこう思っているだろう。
「プレイボーイ、学校一のモテ男、ハーレム製造機ってとこかな」
「──っ! だよな、やっぱりそんな感じになるよな」
言った瞬間、オウマ君の肩が僅かに落ちる。
もしかしたら言い方がお気に召さなかったのかもしれないけど、本質的な意味では誰に聞いてもそんなに大きく変わることはないだろう。ほとんど常に女の子に囲まれている彼を評価するなら、どうしてもこんな言葉になってしまう。
「じゃ、じゃあ聞くけど、俺の周りにそこまで女子がいること、不自然だって思った事はないか?」
「不自然ねえ……」
わざわざこんな事を聞くなんて、いったいどんな答えを期待しているのだろう。一瞬モテ自慢かとも思ったけど、真面目に訪ねてくるその様子は、とてもそんな風には見えない。
何て答えようか迷ったけど、ここは素直に思った通りのことを口にする。
「いくらなんでも、ちょっとモテすぎじゃないかなって思ったことはあるかな」
オウマ君の顔がイケメンなのは間違いないだろうし、その家柄も相まって、女の子から人気が出るのはわかる。
だけどたとえどんなに顔が良くても家柄が良くても、人にはそれぞれ好みってものがあるだろう。モテるにしたって限度ってものがある。
なのにオウマ君の場合、多分学校にいるほとんどの女の子から好意を寄せられていると言ってよかった。いくらモテる要素が多いからと言って、その人気は限度を越えているような気がする。
「シ、シアン、なんて事を。申し訳ありません。娘がとんだ失礼を……」
その言葉を聞いてお父さんが慌てるけれど、当のオウマ君本人は、怒るどころかむしろ満足そうに頷いた。
「いえ、いいんです。実際不自然なんですよ。女の子の、俺に対する異様な好意や執着は。そしてそんな事になってる原因こそが、さっき言った、俺の中にある悪魔の力にあるんです。いや、力と言うか、血と言った方がいいのかも。俺の中には、先祖から受け継いだ悪魔の血が流れているんです」
「悪魔の血?」
悪魔と言う言葉が出てきたことで、ようやく元々の話との繋がりが見えてきた気がする。気がするのだけれど、なんだかとんでもないことを言ってない?
お父さんもそう思ったのか、耐えきれなくなったように口を挟む。
「ちょっ、ちょっと待ってください。先祖から受け継いだ悪魔の血って、なんだかそれだけ聞くと、あなたが悪魔の子孫みたいに聞こえるのですが……」
やっぱりそうなるよね。あまりに衝撃的な話だから、全然理解が追い付かないよ。なのにオウマ君は、ハッキリとそれを肯定した。
「ええ、そうです」
いや、そうですって……
それを受け止められないから私達はこんなにも戸惑っているんだけど。だけどオウマ君の話はまだ終わらない。
「オウマ家の先祖は、インキュバスと言う種類の悪魔だったと伝えられています」
「インキュバス?」
私は別に、悪魔に対して特別な知識があるわけじゃない。だけど彼の言うインキュバスって悪魔は、舞台や小説でも度々登場するような割とポピュラーなものだから、私でもその名前や特徴は何となく知っていた。
「確か、女の人を誑かして生気を吸い取る、ザ・女の敵って感じの悪魔だったっけ?」
「…………まあ、そうだな」
簡単な説明に、嫌そうな顔で頷くオウマ君。女の敵なんて言われたのがショックだったみたいだけど、世間一般に知られているインキュバスのイメージは、だいたいこんなものだと思う。
「女の敵ってのは置いておくとして、実際インキュバスには、女性から生気を吸い取る力と、あともう一つ、女性を魅了してしまう力がある。警戒されると、生気を吸い取るのも難しくなるからな」
そうそう。前に読んだ事のある小説で出てきたインキュバスも、その魅了する力を使って、たくさんの女性に囲まれていたっけ。
たくさんの女性に囲まれる。なんだかそれって、どこかで見た事のあるような光景だ。
「まさかオウマ君がモテるのって、インキュバスだからって言うんじゃないよね?」
「いや、その通りだよ。このインキュバス力のせいで、俺の近くにいる女はみんな、理屈抜きで俺に好意を抱くようになるんだ。本人どころか、俺の意思さえも関係なくな。けどアルスター家なら、代々続く悪魔祓いの家なら、その力を何とかする方法を知ってるんじゃないかと思って来てみたんだ」
これまたアッサリと認めてくれたね。こっちは、君の語る数々のとんでも発言でパンク寸前だってのに。
ここは一度、今まで聞いた話をまとめておいた方がよさそうだ。
「つまりこう言うこと? オウマ君の家は代々インキュバスって悪魔の子孫で、普段モテているのは、そのインキュバスの力を抑えられないせい。それで、私達に何とかしてほしいと頼みに来た。これであってる?」
「ああ。だいたいそんな感じだ」
すごい荒唐無稽な事を言ってる気がするけど、オウマ君は言いたいことが伝わったと、どこかホッとした様子だ。
一方私はと言うと、そんなそんな彼を見て、前に異国の本で読んだある言葉が浮かんだ。
「オウマ君。それってもしかして、中二病って言うんじゃ……」
「違う!」
どうやらオウマ君も、この言葉の意味を知っていたみたいだ。私が全てを言い終わらないうちに、怒号をかぶせてくる。
これに慌てたのがお父さんだ。
「こ、こらシアン! いくらなんでも、ヤバいくらい痛々しい中二病なんて、オウマさんに失礼じゃないか!」
いや、ヤバいくらい痛々しいとまでは言ってないんだけどね。サラッとそんな言葉が出てきたあたり、多分お父さんも同じようなことを思っていたんだろうな。
だけどしょうがないじゃない。自分の事を悪魔の子孫だとか、力が制御できないとか、思い切り中二病ワードだよ。
それでもオウマ君にとっては大層気にさわったようで、さっきまでの畏まった口調もいくらか崩れてきていた。
「あなた達だって悪魔祓いなんだし、俺が本気で言ってる事くらい分かるでしょう!」
「いや、それなんだけどね……」
どうやらオウマ君は、自分が悪魔の子孫だって設定はもちろん、私達のことも本物の悪魔祓として話を進めたいらしい。
ずいぶん遅くなってしまったけど、ここはハッキリ言っておいた方がいいだろう。
「うちは、悪魔祓いじゃないから」
「えっ──?」
よほど信じられなかったのだろう。まるで時が止まったかのように固まり、それからお付きの人を睨み付けるように見る。
「なあ、話が違うぞ。アルスター家と言えば、悪魔祓いの一族じゃなかったのか?」
「いえ、確かにそのはずです。記録では、多数の悪魔を退治した功績を称えられ爵位を授かったとされています」
そりゃ記録ではそうなっているけどさ、それって何百年も前の話だよ。
ここはもう一度、今度はもっとしっかりと、真実を教えてあげる必要がありそうだ。
「あのね、うちの先祖は確かに悪魔祓いだったかもしれないよ。だけど、そんなのもうとっくに止めてるよ。先祖の功績だって、ホラ話なんじゃないかって思ってる」
「なっ…………」
絶句するオウマ君。そこへさらに、お父さんが追い討ちをかける。
「そもそも、悪魔なんて非現実的なもの、本当に存在するのですか?」
私もお父さんも、オカルト的なものをほとんど信じていない。これでも一応、悪魔祓いの末裔ってことになってるんだけどね。
「ここに来たのは、間違いだったかも……」
そんな私達親子を見て、オウマ君は絶望的な表情で頭を抱えていた。
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