第28話 噂の影響
ほとんど全ての女子生徒の憧れであるオウマ君。そんな彼が付き合い始めたって噂は瞬く間に学校中に広まっていた。私もオウマ君も否定はしたけど、無責任な噂の広まるスピードは想像以上に早く、みんな完全に信じるわけではないにしろ、実際どうなんだろうって感じで、たくさんの人が私に好奇な目を向けてきていた。
こんな状況でオウマ君と話したりしたら、余計に噂を加速させるだけ。そう思った私は、その後学校ではオウマ君とは一切言葉を交わすことなく、お昼も久しぶりに一人で食べた。
だけど、いつまでも顔を合わせない訳にもいかない。何より学校が終わった後は、いつものように私の家で力を使う特訓をすることになっている。
先に家に帰ってオウマ君が来るのを待っていると、先にホレスがやって来た。
「噂は聞いたぞ。オウマ君と付き合ってるんだってな」
「それ、絶対に誤解だって分かってて言ってるでしょ」
それに、面白がっているよね。ジトッとした目で睨むと、ホレスはわざとらしく身を震わせた。
「そう怒るなって。それと、そのオウマ君と帰りに会ったんだが、今日は来るのが少し遅れそうだってよ」
「そうなの? なんで?」
「噂を聞いて、つけ回してくるやつらがいるんだと。そんな状態でこの家に来たら余計誤解されるだろうから、適当に撒いてから来るってよ。一応、この家に入る時も人目につかない裏口を使えって言っといた」
「うへぇ……」
どうやら噂の影響は、思った以上に大変なことになっているみたいだ。
そうして待つことしばらく。ようやくやって来たオウマ君は、まず私を見るなり、勢いよく頭を下げてきた。
「本当にもう、何て言って謝ったらいいのか…」
「いや、別にオウマ君が何かしたって訳じゃないんだし、顔上げてよ」
一連の騒動は、オウマ君にとってもかなり堪えたようで、このままだと頭を下げるどころか土下座だってしそうな勢いだ。なんだか、オウマ君の落ち込む姿も、すっかり見慣れた気がするよ。
「あんな噂が流れて、困ってるのはオウマ君も同じでしょ」
「だけど、それでも元はと言えば俺が原因だろ。何か変なこと言われてないか。例えば、またエイダ達から呼び出しくらったりとか──」
「えっと……」
エイダさんの名前が出てきて、少しだけ言葉につまる。
エイダさんとその友人二人は、授業が始まる直前になって教室にやって来たけど、その瞬間、その場の空気がヒヤリと凍りついたような気がした。
なにしろ、彼女達が昨日私を呼び出したことと、オウマ君がそれを知って助けに行ったことは、もうクラス中の人が知っている。エイダさん相手にそれを直接揶揄する人はいないだろうけど、彼女にしてみれば大層な屈辱だったに違いない。
それに加えて私達が付き合ってるなんて噂まで流れたんだから、いったいどんな風に思っていることか。
「た、多分大丈夫……だと思う」
実際、今のところ彼女達に何かされたわけじゃない。一度私と目が合った瞬間、鋭く睨み付けられた気がするけど、それだけだ。他の子達にしたって、時々突き刺さるような視線を感じることはあるけど、直接何かされたりはしていない。
多分、オウマ君が私を守ってくれたって話も一緒に広がってくれたおかげで、誰も迂闊に何か仕掛けてこようとはできないんだと思う。
正直不安はあるけど、それを振りきるように、できるだけ明るい声を出す。
「何が起こるかなんて分かんないんだから、今心配したってしょうがないじゃない。だいたい嫉妬なら、オウマ君の持ってるインキュバスの力を抑えられたらマシになるかもしれないよ。分からないことで悩むより、今はそっちを考えようよ」
エイダさん達がオウマ君に執着しているのも、元は魅了の力で好意を植え付けられた結果だ。ならそれを何とかすれば、自然とやっかみもなくなるかもしれない。
その言葉で、オウマ君もいくらか気を取り直したみたいだ。今まで不安げにしていた表情が、キッと引き締まる
「確かにそうかもな。なら、今まで以上に頑張らないと」
すると、今まで私達の会話を聞いてるだけだったホレスが、ここぞとばかりに言ってきた。
「そうと決まれば、早速力を使う練習だな。ジャンジャンやっていこう」
「ホレスは、ただ面白いものがみたいだけでしょ」
こんなマイペースなのが側にいると、真剣に悩んでいたのがバカらしくなってくる。
苦笑する私とオウマ君だけど、練習すること自体は賛成だ。
「また、少しだけ生気をもらってもいいか? 今度は、昨日みたいに暴走しないように気をつけるから」
「もちろん」
遠慮がちに聞いてくるオウマ君を迎え入れるように、私はそっと両手を差し出す。
だけどそこで、ホレスがこんなことを言い出した。
「そういえば、昨日言ってた、悪魔が使う魔法について書かれた本だけど、あれから見つけたんだ。中には、力を使う練習にピッタリなのもあったけど、試してみないか?」
魔法? 思わぬ言葉に、私もオウマ君も手を繋ぐのを止め、同時に丸くした目をホレスへと向けた。
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