第29話 覚えた魔法

 我が家の裏山にある、少しだけ開けた場所。そこに立つオウマ君は、スッと目を閉じ、集中するように一切の動きを止める。一方私はというと、茂みの影に隠れながら、じっとその様子を見ていた。

 もちろん、ふざけて隠れているわけじゃない。これは、オウマ君が自らの力を自由に扱えるようになるための、魔法の特訓だった。


 目を閉じたオウマ君はゆっくりと右手を上げ、見えないはずの私のいる方向を指差した。


「シアン、そこにいるよな?」


 呼ばれて私は、茂みの裏から顔を出す。するとそのとたん、側で様子を様子を見ていたホレスが声をあげた。


「よし、成功だ! 魔法の精度はどんどん上がってきているみたいだな」


 嬉しそうに叫ぶけど、そんな彼を私は冷ややかな目で見つめている。

 オウマ君が初めて私から生気を吸い取り、石ころの嵐を巻き起こしてから数日。今私達が何をしているのか、これだけを見てわかる人なんて、誰もいないだろう。


「ねえ、これって本当に効果があるの? やってることって、ただの隠れんぼじゃない」


 私がどこかに隠れ、オウマ君がそれを探す。私達がやっていることと言えば、まさに隠れんぼそのものだ。

 だけどホレスが言うには、これは立派な魔法の特訓だそうだ。魔法を自在に使えるようになれば、同じ悪魔の力である魅了も、制御できるようになるかもしれない。そんな仮説の下、物置から持ち出した資料を片手に練習してるんだけど、どうも今一つ緊張感に欠けるんだよね。


「何を言ってるんだ。これは由緒正しい、人探しの魔法だぞ。資料によると、インキュバスは一度吸い取った人間の生気を覚え、集中力を研ぎ澄ませれば、その人物がどこにいても探し出すことができるって書いてある。現にオウマ君は、ちゃんとシアンの隠れている場所を見つけたじゃないか」

「ほんとに? そんなの、たまたま当たっただけなんじゃないの?」


 練習方法としてこの人探しの魔法を選んだのは、資料に載っている中では一番簡単そう、かつ失敗しても被害が無さそうというのが理由だった。だけど、隠れている私を見つけられたら成功って、そんなの地味すぎない?


 だけど、そこで魔法を使う本人であるオウマ君が口を挟んできた。


「それが、そうでもないんだよ。確かに最初は、俺も半信半疑だった。だけどやってるうちに、なんとなくだけど、本当にシアンのいる場所がわかるようになってきた──気がするんだ。多分」


 最後は少し曖昧な言い方になったのは、まだまだ微妙な的中率だからだ。どんなに頑張っても、せいぜい6~7割ってところかな。

 だけどオウマ君本人がこう言ってるなら、少しは信じてもいいのかもしれない。


 オウマ君がそう言ってくれたのが嬉しかったのか、ホレスがさらに得意気に続ける。


「それにこれをやり初めてから、魔力そのもののコントロールも上達してるだろ。なあ、オウマ君」

「ええ、まあ……」


 オウマ君は小さく頷くと、再び集中するように目を閉じる。するとその周りの地面に転がる小石が、重力から解き放たれたように宙へと浮かび上がっていく。初めて私から生気を吸いとった時に偶然発動した、物を浮かせ、操る魔法だ。

 ただ、その時と今では、違うところもある。一度生気さえ補充してしまえば、人間の姿のオウマ君でもこの魔法が使えるようになったこと。そして、暴走する危険がずいぶん減っていたことだ。


「人間の姿のままできるようになって、いきなり暴走することもなくなった。って事は、前より力のコントロールが上手くなってるって証拠だろ」

「うーん、確かに」


 とはいえ、自由自在にってわけじゃない。


「くっ……うわっ……」


 オウマ君が時折声をあげ、その度に、宙に浮浮いた小石がゆらゆらと動く。思った通りに動かそうとしているけど、細かな操作となると、なかなか上手くいかない。これが、この魔法の現状だ。


 とはいえホレスの言う通り、これでも最初に飛んだ時と比べると、ずいぶん安定してきている。

 まだまだ完璧と言うには程遠いけど、そう言う意味では、少しずつ成果が現れてきてるって思っていいんだよね。


「不思議だね隠れんぼしていただけなのに、他の魔法も上手くなるなんて」

「物を浮かす空を飛ぶのも、種類は違えど魔法ってことには変わりないからな。一つを覚えれば、他も自然とコツを掴めるんだろうよ。これが、ずっと小石を浮かす練習ばっかりやってみろ。これだけ制御できる前に、暴走して大ケガしてたかもしれないだろ。俺はそこまで、いやもっと多方面から考えて、この練習方法を進めたんだぞ」


 ドヤ顔で語るホレスはスルーするとして、ぎこちないながらもだんだんと魔法を覚えてきているオウマ君を見ると、少し面白そうだなとも思ってしまう。


 その時、浮かんでいた小石が、一斉に地面へと落ちる。魔法を使うのは体力も集中力もいるから、時々こんな風に中断して、休憩を挟むんだ。

 それから、一息ついたオウマ君は、少しだけ複雑そうな顔をする。


「俺の本来の目的は、魔法を使うことじゃないんだけどな。普通になりたいはずなのに、だんだん人間離れしていってる気がするよ」

「うーん、確かに」


 無条件に女の子を魅了する力。それを制御することこそ、オウマ君にとっての最終目標であり、魔法の練習はあくまで、力をコントロールするための手段にすぎない。

 もちろん、忘れたわけじゃない。


「一応毎日、魅了の力よ収まれって強く思ってるけど、問題はこれで効果があるかどうかだな」


 人探しの魔法も、物を浮かす魔法も、心で強く念じることが発動の鍵になっていた。それなら、常に発動している魅了の力は、逆に収まれって念じる事で本当に収まるかもしれない。

 と言いたいところだけど、それで結果が出ているかとなると、これがまたなんとも微妙だった。


「要は、みんなのオウマ君に対する好きって気持ちが落ち着いてくれてたらいいんだけど、そんなのちょっと見ただけじゃ分からないからね」

「そうなんだよな……」


 これが、さっきやってた人探しの魔法や小石を浮かすのなら、的中率や安定感を見れば、少しは進歩しているかどうかが分かる。

 だけど魅了の力で操るのは、人の気持ちだ。目に見えるものでも数字で測れるものでもないから、どうやって確認すればいいのかいまひとつわからない。


「おまけに、私との仲が噂されたせいで、なんだか未だに変な空気があるんだよね……」


 私とオウマ君が仲がいいと、もしかすると付き合っているのかもと誤解されたのが、今から数日前の話。もちろん否定はしているけど、一度流れた噂は完全には消えてくれず、毎日のように、好奇な視線が突き刺さってくる。

 嫉妬にかられた誰かから、攻撃を受ける。なんてことがないだけ、マシと言うべきなのかもしれない。


 ただひとつ確かなのは、相変わらず女子からのオウマ君人気は高いままってこと。とても、魅了の力を押さえられているとは思えなかった。


「とりあえず、今はもっと練習して、力の制御を覚えるしかなさそうだね」

「そうだな。じゃあ、また練習の続き、手伝ってくれるか?」

「もちろん」


 オウマ君も気を取り直したのか、少しだけ表情を軽くし、再び練習に入る。まあ練習って言っても、主にやるのはまた人探しの魔法。傍目には延々隠れんぼするだけっていう、ひたすら地味なものだけどね。


「疲れたなら言ってね。私の生気、もう少しくらいなら分けてあげられるから」

「ああ。けど、今はまだ大丈夫だから」


 こんな地味な魔法でも、一回使うたびに大きく体力を使うらしく、十分に練習するためには生気の補充が必要不可欠だ。もちろん生気を吸われると、今度は私がひどく疲れるけど、それが私の役目だ。

 そう思うと、いくらでも協力しようって気になってくる。


 だけどこの時まだ私は知らなかった。こんな風に練習を重ねている影で、まさか自分に、あんな危機が迫っているなんて。

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